第四〇三話、進撃するウェントゥス傭兵軍
ウェントゥス軍を中心とする同盟軍は、王都エアリア東部に到達した。
ゼーエンのもたらした情報どおり魔人軍は、王都の外に軍を展開していた。
『重装歩兵二個連隊、歩兵同じく二個連隊、両翼に騎兵大隊……。航空偵察の報告に相違ありません』
ガーズィは望遠鏡を覗き込みながら告げた。すでに兜を被り、いつでも戦闘に望める状態だ。
エアリアから東側は、ほぼ高低差なしの平原が広がっている。ウェントゥス傭兵軍の本陣から、同じく様子を眺めていた慧太は呟くように言った。
「重装歩兵の中に、巨人兵の中隊がいるようだが……」
整列する敵軍団。その中にあって体高四メートル近い巨体が百人ほど並んでいる様はひときわ目立つ。魔鎧機が百機並んでいるようなもの、と言えばその威容も理解しやすいだろうか。……こちらの魔鎧機は四機しかないぞ。
『あれが正面から突っ込んできたら、なかなか厄介なことになりそうです』
「騎兵でもなぎ払わされそうだ」
『突竜隊か、航空戦力なら何とか』
「……やはり簡単には勝たせてくれそうにないな」
『まったくですな』
ガーズィは同意した。ユウラがやってくる。
「正面に展開するのは、おおよそ八千といったところでしょうか」
「こちらの約二倍か。とはいっても巨人兵を何人分として数えるかで戦力差はもう少し変わるだろうが」
慧太は空を見上げる。
本日の天気は曇り。雲のあいだからは日が差し込んでいて、今のところ天候が崩れる様子はない。
ケイタ――とサターナがやってくる。
「さっきの話だけれど、個人的な事情でワタシはシフェルを追うつもりだから、皆と行動できないわ」
「ああ、わかってる」
ここに来るまでの道中で、サターナから本国の分身体から受け取った情報を教えてもらった慧太である。
「親父さんの仇かもしれん相手だもんな。……援護をつけようか?」
「こちらの都合で好き勝手させてもらうのだから、これ以上お父様に迷惑をかけられないわ」
「……まだオレをお父様と呼ぶのか?」
「紛らわしいでしょうけれど、今のワタシにとっては、あなたは家族にも等しいわ。……だから、お父様でいいのよ」
家族にも等しい。
ああ、ほんと、わかるよそれ――慧太は思う。恋人とかそういう関係もすっ飛ばして、家族と呼んでも差し支えないほど互いのことがわかりあっている関係だ。記憶の結びつきは、長年連れ添った家族のように互いを理解している。
「こっちが早く済んだら、手伝いに行くわ」
「無理はするなよ」
「あなたもね」
サターナは踵を返す。入れ代わるようにやってきたセラだが、声をかける前に兵が駆けて来た。
『将軍、リッケンシルト陛下が到着されました』
「軍議の時間だな。わかった、各大隊長を召集してくれ」
『わかりました』
王都エアリア奪回に向けて、各軍を集めての最終確認である。慧太は、セラに頷き、ユウラへと視線を向ける。
「説明はオレがするけど、フォローはしてくれよ」
「はい、将軍殿」
青髪の魔術師は朗らかに笑うのだった。
・ ・ ・
ここで、ウェントゥス軍のおおまかな編成を記す。
主力となる歩兵部隊は、突撃兵第一連隊と呼称され、第一から第三までの突撃兵大隊で構成される。連隊長はガーズィが務め、各大隊の定数は三三〇人である。
航空第二連隊は、レーヴァが指揮する。ドラグーン、ワイバーン、タイラントの各航空戦隊と、陸戦可能な強襲降下兵大隊一個からなり、規模でいえば、他の連隊よりも小さい。
騎兵第三連隊は、コンプトゥス(小型竜)騎兵二個大隊(各二七〇騎)、バラシャスこと突竜騎兵二個大隊(各一〇〇騎)からなり、ダシューが率いる。
さらに、魔人軍から鹵獲した6ポルタ砲などを使用する機動砲兵こと第一〇砲兵大隊。戦況に応じて変化対応する何でも屋こと、第一〇一即応大隊。潜入工作部隊である、影虎指揮の第零浸透大隊が存在する。
ウェントゥス軍本隊にはいないが、魔人軍補給部隊に浸透しているエサ箱作戦実行部隊がおり、特に王都エアリアには一個大隊規模の分身体兵が乗り込んで、影虎のシノビ部隊同様、作戦活動を行っている。
そして今回のエアリア攻略では、歩兵部隊が主力のリッケンシルト軍一〇〇〇と、獣人同盟(歩兵)四〇〇が参加する。
ただリッケンシルト軍は徴兵が半数以上を占めるために、その戦力としては過剰な期待はできなかった。
一方で獣人同盟の兵は、身体能力の高さや個々の戦技から、魔人兵と互角以上に渡り合えるものであり、一〇一即応大隊同様、戦況に応じて遊撃隊として活躍してもらう予定である。
約四四〇〇、ほか三〇〇程度の潜入工作部隊。これがウェントゥス・リッケンシルト連合軍である。
だが魔人軍は正面展開戦力で約八〇〇〇。さらに王都内に約六〇〇〇の兵が控えている。
ウェントゥス軍本陣で行われたミーティングの場には、セラや慧太らウェントゥス軍幹部のほかには、ルモニー・リッケンシルト国王、コルド将軍とその部下数名と、獣人同盟からラウラ・スゥほか数名が集まった。
また、ガーズィ、ダシュー、レーヴァの各連隊長ほか、その下の大隊長たちもいる。王都に向かったシノビ部隊の影虎やゼーエンはこの場にはいない。
慧太は、王都の攻略の計画、その作戦手順の最終説明を行った。
「まず潜入部隊による王都外壁上の制圧」
続いて航空第二連隊による航空攻撃と連動し、外壁の友軍と主力軍による立体的挟撃戦術で表の第一軍を撃破。
その後、主力軍は王都へ侵入、残る第四軍を中核とする王都守備隊を撃滅する――基本的な流れに変更はない。
コルド将軍が口を開いた。
「しかし、敵の戦力が大きく分散しているのは幸いだった。一万四千の戦力と一度にぶつかれば、こちらはひとたまりもなかったのではないか」
「何故、魔人軍はそうしなかったのでしょうか」
ルモニー陛下が、素朴な調子で言った。以前、軍事は素人と言った青年国王である。
ユウラは口を開いた。
「恐れながら、航空戦力を警戒しているのでしょう」
青髪の魔術師は、地図の王都東側一帯をくるりと指で囲った。
「ここは障害物のない平原ですから、上空から狙われたら身を隠す場所がありません。わずか数十の竜の攻撃で、その十倍の戦力が蹴散らされた記憶は彼らに深い警戒心を抱かせているのです。ある程度の兵力を王都内に抱え込むことで、まとめて攻撃を受けるリスクを避けたのでしょう」
「竜というのは、恐ろしいですね」
ルモニー陛下は、そう納得したようだった。……正直、この王様がウェントゥス軍の航空部隊が実際にどのように戦っているか知らないので、おそらく銀竜ことズィルバードラッケやそのほかの竜の伝説などから想像したのだと思う。
コルド将軍は腕を組んだ。
「外壁の敵を排除するまで、我らは敵とにらみ合うわけだが、仮に表の八〇〇〇が先手をとって攻めてくることはないだろうか? もしそうなれば外壁の友軍との挟撃も叶わない」
「その時は――」
慧太は言った。
「主力軍は後退して敵第一軍を誘い出し、航空攻撃を仕掛ける。王都外壁に配置された対空設備が届かなければいいわけだから、そのほうがかえって戦いやすい」
「なるほど」
コルド将軍は大きく頷くと、ルモニー王を見た。
「完璧です。ウェントゥス軍と共にあれば、勝利は揺ぎ無いものと確信いたします」
「そうですか……」
ルモニー王は穏やかな笑みを浮かべた。
「では、勝ちましょう。勝って、王都を奪還するのです」
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