第四〇二話、一晩明けて
恋人であるならば、もっと深く繋がるというのは自然である。
セラは、慧太のぬくもりに包まれながら思う。
王族生まれのセラは、根っこの部分でプライベートでは殿方の意思を尊重するように教育されてきた。
慧太に身も心も捧げると決めたセラ。もちろん、彼が求めてきたなら喜んで身体も預けようと思っている。
経験はないし、いちおう教育係からその手の知識を少し聞いているが……あまり自信はなかった。本当のことを言えば、もっと本腰入れて聞いておくべきだったと後悔していた。
幸か不幸か、慧太は夜の相手をセラに求めてくることはなかった。……それはセラに魅力がないとかそういうわけではなく、はた目から見ても、慧太が物凄く多忙だったからである。
はじめは七人からはじまった傭兵団が、いまでは数千を超える軍となっている。その大半はジパングーという、どこにあるかもしれない国の人間たちで、それを慧太は手足の如く動かしている。
正直、彼に苦労を押し付けているようでセラは心苦しかった。だが彼に任せておけば、万事上手く行っていた。それに文句をつけるのは、自分のわがままではないかと思う。
支えてもらっている。だから私も彼を支えよう。
セラは思った。だから大きな戦の前に、彼のために何かできないかと考えた。以前、サターナとアスモディアと酒盛りをした時に話題になったことを思い出した。
慧太と寝たの、というそれ。男の人ってそういうので喜ぶのかしら――?
だが二人の時間を作るという意味でも、うってつけかもしれない。もし喜んでくれるなら、しない手はない。
ある程度の覚悟をもって、彼と一夜を共にしたが……。
――結局、私が彼に甘えたいだけだったのかもしれない。
慧太に撫でてもらいながら、セラは思うのだ。アスモディアのいうそれとは違うけれど、彼と身体を寄せ合って、そのぬくもりに触れているだけで幸せな気持ちになる。
ずっとこのままでいられたら。神様どうか時間を止めてください……なんて。
――そうもいかないんだよね。
国を取り戻すという使命。白銀の勇者の末裔として、アルゲナム王家の娘として、民を救わなくてはいけない。
――贅沢は言うものじゃないわね。勝つまでは。
自己犠牲精神は、セラの根幹にあたる感情であり、この期に及んでも健在だった。ひたすら耐え忍ぶ。それが自分の役割であり、みんなの幸福のためなのだと信じて。
――それでも辛くはない。彼が……ケイタがそばにいてくれるから。
ギュッと、彼の身体を抱きしめる。これまでセラを何度となく救い、共に戦い、辛い時や悲しい時に受け止めてくれた優しい身体。
「どうした?」
彼が聞いてくる。だからセラは心からの笑顔で応えるのだ。
「私は、幸せよ」
・ ・ ・
夜が明ける。
人が呼びに来る前に、慧太の天幕から出ようと思っていたセラだが、外の寒さを言い訳に、マルグルナが呼びに来るまで慧太と寝ていた。
そろそろまずくないか、という慧太の言葉に、ささやかな抵抗をして。
服を着るセラを手伝いながら、メイド服姿のマルグルナは、ベッドに座っている慧太を見てこう言った。
「昨日はお楽しみでしたか?」
「添い寝しただけだ」
慧太は、このメイドにして自身の分身体から、無表情ジョークを食らい、あからさまな態度をとった。マルグルナはセラを見やる。
「そうなのですか、セラ姫様?」
「ええ、やましいことは何一つなかったわ」
セラは自身の長い銀髪を両手で払った。マルグルナは小さく首肯した。
「朝食の支度はできておりますが、皆と食堂でとられますか? それともこちらでお二人だけでされますか?」
「どうする、ケイタ?」
セラが聞いてきた。慧太はベッドから立ち上がった。
「食堂でとろう。今日は敵の目前まで行くからな。軽く打ち合わせもしないといけないし」
「かしこまりました」
一礼して下がるマルグルナ。
支度を終え、慧太とセラは、野営地の一角の野外食堂へと足を向ける。……いやにウェントゥス兵が、こちらを見ているような。
ガーズィと会った。
「おはようございます、将軍。……姫様とは到らなかったのですか?」
耳打ちするように言うガーズィ。生真面目な彼にしては珍しく口もとが緩んでいる。
慧太の表情が固まる。ガーズィが言ったのは、セラとの昨晩の夜のことだ。それが漏れるとしたら、今しがた会ったマルグルナか、昨晩のサターナのどちらかだろう。いや、実際にしていないことを知っているのはマルグルナだけか。
「……兵たちがオレを見ていたのは、そういうことか」
ウェントゥス兵たち――分身体の情報ネットワークであっという間に拡散されてしまったようだ。
「お前が何を言いたいか、当ててやろうか?」
「いえいえ。ここはぜひ自分に言わせてください。……ヘタレですな、将軍」
「どうしてそうなるのか察しているのに、あえて『ヘタレ』と言いたかっただけだろう」
「それはもう。あなたの分身体ですから」
「ああ、オレがお前や兵たちの立場でもそう言う」
だから眉はひそめて見せるが、怒りはしない。ガーズィは微笑した。
「それでは将軍、ここで気分直しにひとつ……。昨晩は、サターナ嬢とアスモディアが大変盛り上がっていたようです。あまりに激しかったので、兵の何人かが何事かと確認しに行くくらいに」
「サターナ……」
昨晩、訪ねて来たことを思い出し、慧太はなお顔をしかめた。
「彼女に何かあったのか?」
真顔で言うので、ガーズィも何かあると察したのか笑みを引っ込めた。
「自分は知りません。あ、そういえばゼーエンが、サターナ嬢に手紙を渡しているのを見ました。おそらくそれ絡みでしょう」
「ゼーエンが?」
「はい。……それで、将軍にこれを」
そう言って、ガーズィは腰のポーチから紙切れを出すと慧太に手渡した。
「ゼーエンから預かりました。いま奴は、王都に戻っていますので、自分から将軍に渡すようにと」
レリエンディール国内の情報資料だそうで――とガーズィは言った。
「サターナ嬢も分身体をレリエンディールに派遣していましたから、奴が渡した手紙もそれだと思います」
「昨晩、彼女が訪ねて来たのはそれか」
「将軍のもとに来たのですか? サターナ嬢が?」
「ああ。……セラと到らなかった理由がそれだ」
「それは――お気の毒さまでした」
ガーズィは同情した。
そこへ「将軍、おはようございます!」と、ダシューとレーヴァがやってきた。二人ともニヤニヤしている。
「昨晩は――」
「あー、お前ら、いいから口を閉じろ」
ガーズィが低い声で言うと、ダシューとレーヴァのもとへ歩み寄り、二人の肩を掴んだ。
「お前らに大事な話がある。いらんことを言う前に、まず話しを聞け――」
「なんだよ、ガーズィ……」
「おい、なんだ」
二人は困惑しながら、ガーズィに連れて行かれた。
以後、誰も昨晩の件で慧太をからかうことはなかった。




