第四〇一話、男女の営み
今夜は、一緒に寝ましょう、ね?
そう若い娘から言われたら、世の男の大半は自身と彼女の裸を想像し、身体を重ねるさまを想像するものではないのか。
想像できない、という者がいるなら、それは紛れもなく子供であると言えるし、その手の知識を欠片とも教育しなかった周囲の大人たちにも問題があるかもしれない。
だから、慧太はセラから、そのように言われた時、来るべきものがきたと思った。……よくここまでそれがなかったものだとも言える。
いわゆる男女、大人の関係。……大きな戦を前にして、と思う人はいるかもしれないが、むしろ逆だ。
大規模な戦闘の前だからこそ、想い人がいる者たちというのはより強い接触と行為を求める。それは生き物特有の子孫を残さねばならないという生存本能のなせる業なのかもしれない。
明日、死ぬかもしれない――という映画や小説でおなじみの愛の囁きも、ただキザった理由ではなく、本能から来るものだ。
生と死。己の死が近くにあればこそ、何かを残そうと言う気持ちは強くなる。戦争とは、合間合間に異性を求め、時に暴走するのも、そういった本能に近いところまで追い込まれてしまったが故なのである。……だからといって犯罪が許されるわけではないが。
慧太は、これまでセラに対して肌の接触以上はしなかった。
正式に?恋人同士といってもいい間柄である。だが亡国のお姫様に、生まれは凡人である慧太が付き合っていいものかどうか、仲間うちではともかく、周囲はとかく言いそうな組み合わせではあるのは自覚している。
お互いに戦争で忙しかった、という言い訳はある。これは慧太だけでなく、セラ自身も言い訳として使っている。
お互いに気を使った経過、性的な行為に発展しなかった――これまでは。
王都エアリアを巡る決戦。それはリッケンシルト国の戦いであり、セラの望むアルゲナムでの戦いからすれば、まだまだ本戦前の予選みたいなものだ。つまり先は長いのだが、命を懸けているという点では、戦場であるならどこでも同じ。怖くもあれば、不安になることだって当然ある。
だからセラが求めてきた時、慧太には、ただ一点を除いて拒む理由がなかった。……自分が人間ではなく、シェイプシフターである、ただその一点を除いて。
慧太に割り当てられた個人用天幕。
将軍だからということで、専用のものが作られている。しかも密談に備えて、ユウラが中での会話が漏れないないように魔法で細工を施していた。何せウェントゥス軍にはサターナやアスモディアら魔人がいて、その事実が周囲に漏れるのはマズイからだ。
結果的に、その防音処理のおかげで、派手に性の営みを行っても周囲に漏れ聞こえることはないというのは皮肉かもしれない。
セラは裸になった。慧太もまた同じだ。
ライガネンを経った頃に切った髪は、もう充分に伸びている。
女性的なラインを描く身体つき。セラが手で恥ずかしげに隠す胸のふくらみも、中々ゆたかに育っている。むしろ腕で押さえて込んでいるせいでその大きさが強調されているような。……アスモディアやキアハという例外が存在するせいで目立たないが、セラも結構あるのだ。服を着ているとわからないが、お腹まわりが筋肉質に引き締まっていて、実に健康的だ。
セラは恥ずかしそうだった。この手の経験がないのだろうというのは察せられる。おいで、と慧太がベッドへと誘うと、彼女はゆっくりとやってきて、そして慧太の胸に身体を預けた。
肌と肌がふれあい、互いに熱を感じる。外は寒いので布団をかけ、その中で抱き合うことしばし、近くで相手の顔を見つめる。
いいの?
いいよ。
恥らいながらも、健気な青い瞳を向けてくるセラ。その赤く染まった頬にふれ、そっと顔をちかづけ――
『慧太、ちょっといいかしら?』
おう――
外からサターナの声が響いた。思わずドキリと目を見開く二人。中からの音は外に漏れない一方、外からの音は聞こえる。何かあった時に対応できるためであるが、何ともマズイタイミングできたものだった。
「話があるんだけど――」
天幕に入りかけた漆黒のドレスをまとう黒髪の少女。ベッドから顔と肩口を出している二人の男女の姿を見やり、瞬時に状況を察した。
「ごめん! 本当に、ごめんなさい!」
「……仕方ない。何かトラブルか?」
慧太は自身の髪をかく。セラは先ほどよりさらに顔を赤くして、毛布の中に肩口を潜らせる。
「比較的重要な用件だったのだけれど、今でなくてもいいわ。明日、報告するから。……セラ、ごめんなさいね」
謝って、サターナは引っ込んだ。
慧太はあげていた頭を、深々と枕に沈めた。……うん、何というか、せっかくの雰囲気台無しにされた気分。
セラもまた恥ずかしげに苦笑している。高まりあった気持ちに冷や水を浴びせられ、正気に戻ったような感じだ。裸のままで、しかも肌を触れ合わせながらも、先ほどまでのムラムラしたような気持ちがわいてこなかった。
「……する?」
「ううーん、ケイタはしたい、の……?」
「ちょっとノらない」
「私も」
彼女にとっては初めての行為。相当覚悟はしていたところをフイにされたので、切り替えるのは難しいようだった。
セラは毛布のかかった身体を起こした。急に離れた肌のぬくもりが、妙に寂しい。
と、思っていたら、セラは慧太の身体にまたがるようになると再び上半身を倒れ込ませ、慧太の身体をまくらに横になった。
「寒いから、今夜はこのままでいい?」
「いいよ」
慧太の胸板に頬を寄せる彼女。その銀色の髪を、優しく撫でてやる。
結局、エッチぃことはお流れで、ただの添い寝になったが、ふとそれでよかったのではないか、と慧太は思った。
シェイプシフターと人間の行為って、どう考えても健全なそれとは違うような。
――獣とするのとは違うけど、傍目から見たら魔物とお姫様だもんなぁ……。
アスモディアあたりなら平然としてそう、と思ったら余計に苦笑いである。それに、ここでお姫様の大事なものを奪っても……果たしてそれでいいのか、という思った。
そもそも、子供ができないだろう?
彼女にとって、それはどうなんだ。セラは、慧太を人間だと思っているし。
そのセラは幸せそうな顔で慧太の上に寝そべっている。……この問題は、しばらく先送りだ、と慧太は心の中で呟く。
少なくとも、セラが国を取り戻すまでは。どう考えても面倒なことになりそうな未来。であるならば、彼女が使命を果たすまでは、そっとしておくべきだ。
・ ・ ・
「アスモディア! いる?」
サターナのぶしつけな声と共に、天幕入り口が開けられた。
「うわ、なに? いきなり……」
アスモディアに割り当てられた天幕――ベッドの上の彼女は当然のごとく全裸で、ひとりお楽しみの最中だった。なお、本来は二人用天幕であるが、アスモディアの個人的性癖ゆえにひとりで使っていた。
「……って、どちらさま?」
サターナの声がしたのに、入り口に立っていたのは長身黒髪の美青年。どこかサターナの面影はあるが、最近見慣れた少女の姿ではなく、背の高い、しかし逞しい胸板の男――何気に上半身裸だった。
「抱かせろ」
完全に男の声だった。アスモディアは「はぁ!?」と声を荒げた。
黒髪の青年はベッドに歩み寄ると、そのままアスモディアの身体に圧し掛かる。いきなりのことに、本来は男嫌いのアスモディアであるが顔を赤らめ、身を硬くする。
「って、サターナでしょう? なんで男の姿しているのよ?」
「色々あってムシャクシャしてる」
「……意味わかんないですけど!」
「苛めてやるって、いってるんだよ」
すっとサターナの化ける青年が、アスモディアの唇を奪った。さらにその大きな双房を荒々しく掴み――
「ん……ちょっと! 抱きたいなら男じゃなくて、女の子の姿でやってよ。わたくしが男嫌いなのは知って――」
「だから、この姿でやるんだよ。……お前はそういうのが好みなんだろ。ムリヤリってやつがさ――」
完全に八つ当たりだった。




