第三九九話、魔人軍の構え
ウェントゥス・獣人同盟軍とリッケンシルト軍は、城塞都市メルベンを出て、王都エアリアへと向かった。
ウェントゥス傭兵軍三千、獣人同盟四百、リッケンシルト軍一千の、総勢約四四〇〇の軍勢である。
王都までは三日の道中。行軍中は、空中からの哨戒と獣人部隊による前衛警戒により、敵の待ち伏せや遭遇に備えた。
しかし、魔人軍は王都に引きこもっており、部隊規模での接触はなかった。
だが――飛翔兵の偵察兵に発見された。
「まあ、まったく敵も無警戒ということはないだろ」
慧太は、黒馬姿のアルフォンソの背に乗り、薄雲の下を飛行するそれに目を凝らす。
セラやユウラたちが同じく、敵の偵察兵を見上げる中、リアナが前に出た。
「もう少し近づいてきたら、撃ち落す」
「その前に、追い払われそうだ」
ウェントゥス軍の上空を二頭のワイバーンが飛び抜ける。魔人飛翔兵を迎撃しようというのだ。
「敵さんにもこっちが迫っているということは知られても構わない。どうせ、王都に着いた時に敵も守りを固めるだろうからな。ただ、しつこくこちらの陣容を探られるのは面白くない」
ウェントゥス軍を先頭に行軍は続く。その後も数回の敵偵察兵がやってきたがその都度追い払った。
二日後の夜。ゲドゥート街道を西進する軍は森を抜けた。この日はそこで野営し、明日には王都の見える位置まで進む予定である。
だが、ウェントゥス軍本営に、王都に潜入する部隊から報告がきた。
始まりの六人といわれるシェイプシフター分身体、リッケンシルト国の情報担当であるゼーエンだった。灰色のマントに、つばの広い帽子を被った青年は、挨拶もそこそこに慧太に告げた。
「エアリア駐留の魔人軍だが、大まかな防衛計画が決まったぞ」
野戦天幕内、ウェントゥス軍幹部が集まったその場。組み立て式の木の机の上に、王都全体の地図が広げられる。
「魔人軍の第一軍は王都の外に陣を張り、ウェントゥス軍を迎え撃つ予定だ」
王都を囲む外壁、その東側――こちらが迫る方向に第一軍が部隊を展開する。サターナは、ゼーエンを見た。
「つまり、敵は王都にこもらず野戦で迎え撃つつもりということ……?」
「彼我の戦力比では、向こうがこちらよりも優勢です」
ユウラは顎に手をあて、思案する。
「野戦でもこちらを倍する戦力で迎え撃てますから、そう悪い手でもない」
「ところがどっこい――」
ゼーエンは地図、王都外壁をなぞって見せた。
「第一軍は王都の外だが、積極的に攻めてくるつもりはないらしい。この外壁上に第四軍は無数の砲と対空用バリスタを配置している」
「あ――」
アスモディアとサターナが同時に声を上げた。
「これは、つまり……ワタシたちが前進したら、第一軍とぶつかる前に、王都の第四軍砲兵隊から滅多打ちにされるということ?」
「そういうこと」
ゼーエンは口をへの字に曲げた。
「そんな調子だから、地上を行く分にはウェントゥス軍は第一軍のせいで外壁にとりつけず、その外壁からは第四軍が撃ってくるから、第一軍に近づくことさえ難しい。砲撃で部隊が崩れたところを第一軍が前進してトドメ……そんな光景が目に浮かぶね」
腰に手をあて溜息をつくゼーエンに、隣に立つ慧太は問うた。
「対空用バリスタというのは?」
「こちらの飛竜対策だ。第一軍のシフェル嬢は、先のメルベンからの撤退を相当根に持っているようでね。……もっとも、バリスタ自体は当たり所が悪くない限り、撃ち落されはしないが、問題はこれに魔人の魔法兵が加わるということ」
「魔法兵?」
「火の玉や電撃、風の魔法を使う攻撃型の兵科よ。厄介だわ」
サターナが唇に指を当てた。
「魔人といっても様々な種族がいるけれど、一線級の魔法を使う者は種族全体で見れば多くない。けれどその分、魔法兵部隊はエリート揃い。……使う魔法の種類にもよるけど、飛竜でも落ちるわよ」
それは竜騎兵部隊による空爆にも制限が科せられるということだ。敵将シフェル・リオーネが飛竜にトラウマを植えつけられたというのも道理。随分と早い対抗処置である。
ユウラも困ったような顔を浮かべる。
「敵の飛翔兵部隊は壊滅させたので制空権はこちらのものかと思ったのですが……。飛竜による爆撃というこちらのアドバンテージが揺らいでしまいましたね」
「まったく使えないということもないだろう」
慧太は首を振る。
「敵の魔法使いが届かない高高度から爆撃するという手もある。まあ、命中率は悪くなる……かもしれないが」
いや爆弾自体に分身体の意識を持たせられたら、落下中に姿勢制御して目標に体当たりすることもできる。そう考えると、まだまだやりようはあった。
とはいえ――慧太は眉をひそめた。
「正攻法で挑んだら、実にマズイ展開になりそうだな。厄介な守り方をするな、魔人軍も」
「シフェルもそうだけど、第四軍のベルフェもいるからね」
アスモディアは引きつった笑みを浮かべる。セラがちらと視線をやれば、赤毛のシスターは、はっきりと苦笑した。
「正直、ウェントゥス軍でなければ、とても挑む気にならないわね。そもそも数で負けているんだから」
「ウェントゥス軍でなければ……?」
セラの言葉に、アスモディアは慧太へと視線を向ける。サターナ、ユウラも同様だ。その慧太は、王都の地図を眺めながら言った。
「ゼーエン、王都内に入り込んでいる我が軍は?」
「約一個大隊程度。俺の直属の工作部隊と、エサ箱作戦で補給部隊に紛れ込んだ連中が王都に潜伏している。……こいつらを動かすと言うんだな?」
「本当は、王都住民の保護に使いたかったのだが……ちょっと手を貸してもらいたい」
「将軍閣下の仰せのままに」
わざとらしくゼーエンは言った。ティシアが苦笑いを浮かべる。
「本当に、ウェントゥス軍には驚かされてばかりいますね」
金髪碧眼の魔鎧騎士の言葉に、同感とばかりにセラは「本当ね」と頷いた。ユウラは言った。
「まあ、こういう工作がしやすいように潜り込む、というのがエサ箱作戦の副次的な意義でしたからね。……それで、慧太くん。作戦は?」
「敵が王都の中と外にいるというなら、それを分断する」
まず、こちらの主力軍が王都外に布陣。外壁まわりを固める第一軍の注意を引く。
「その間にゼーエン、王都に潜入している部隊を用いて、外壁上の対空設備を制圧。――影虎」
「……ここにおります」
シノビ部隊隊長が、すっと影のように現れた。この会議に出席していると思ってなかった面々は驚いてしまう。
「お前の隊も王都に潜入して、ゼーエンたちを支援しろ」
「承知しました」
「あー、いいか、将軍殿」
ゼーエンが手を挙げた。
「第一軍と第四軍を分断するはいいが、外壁を制圧した後、俺たちだけで王都内の第四軍を抑えるのは厳しいぞ? ヘタしたら奪い返されて元の木阿弥ってやつだ」
「外壁を制圧してくれれば、こちらは飛行部隊が使える。援軍も爆撃も、思いのままだ」
「援軍……あー、わかった」
理解したのか、ゼーエンは首肯した。慧太は続ける。
「外壁を制圧したら、そこから王都の外の敵を攻撃しろ。主力軍が引き付けているから、敵の背後を突けるはずだ。第一軍を挟み撃ちにして撃滅したのち、主力軍が王都へ進撃。残る第四軍を討つ――とりあえず、大雑把なところではではこんなものか。……どうだ、ユウラ?」
「悪くない作戦です。おそらく個人の力技に頼る場面もあるでしょうが、今はこれ以上の案もないでしょう」
「……やっぱり個人技に頼ることになるか」
慧太は心持ち憂いを見せる。
作戦を考える立場として、例えばユウラの大魔法だったり、セラの魔鎧機を前面に押し出すような、そういう人材がいないと駄目な作戦を考えているうちはまだまだだと思っていたりする。
ユウラは快活だった。
「もともと数で負けていますからね。まともにやり合えば、すり潰されてしまいますよ。いかに策を巡らせようと、すべて上手くいくとは限りませんし」
青髪の魔術師は、セラ、ティシア、そしてアスモディアを見た。
「そんなわけで、皆さん方には相応の無茶をしていただくことになると思います。楽はできないので、覚悟しておいてください」
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