第三九八話、王の来訪
リッケンシルト軍、一千の兵が城塞都市メルベンへとやってきた。グスダブ城を出て、ザームトーア城を経由しての移動である。
以前交わした取り決めどおり、伝書鷹を通じてリッケンシルト国ルモニー王と連絡を取り合っていた慧太である。メルベン奪回の報を報せた便で、リッケンシルト軍から返事があり、王都奪回のために出撃する旨が知らされた。
曰く、『王都奪回のかかった戦いに、我が国の軍が参加しないわけにはいかない』
慧太を驚かせたのは、今回の出陣に、ルモニー王自らが参加したことだ。ザームトーア城経由で、その報告を受けた慧太は、メルベンに到着する前に、王族一行が寝泊りできる場所の確保と清掃活動を行った。
「そんなわけで――」
慧太はメルベンの町中を歩く。
「せっかくリッケンシルトの国王陛下が来るのだから、顔を売っておくのは悪くないと思うよ、カシオンさん」
「あー、一国の王とお会いできるは、商人としてとてもありがたい話ではあるがね、ハヅチ殿」
ドロウス商会若頭、カシオンは面食らっていた。自分は今後の商売のための現場視察に赴いたのだが――もちろん重要案件をウェントゥス軍のお偉いさんに切り出すのもあるが――、まさかその場で、リッケンシルト国の王との拝謁の機会を得るとは……。
「今回のリッケンシルト解放の戦いでも大きな功労があったとお伝えしよう」
「重ね重ねありがとう」
どこか皮肉めいた調子でカシオンは言った。先ほどから一般人の姿はなく、獣人の戦士やウェントゥス軍の兵士ばかりが目に付いた。
「しかし、ライガネンからリッケンシルトは遠い。従来のやり方では、せっかく知己を得ても、有効活用しづらい」
「本当にそう思ってるのか?」
慧太は真顔だった。
「リッケンシルト国王から評価される商人――その噂だけで、あなたの商会の評判に箔が付く。直接利益はなくとも、国王御用達の評価だけで間接的に利益になると思うがね」
「……もし傭兵やめたくなったら、うちに来ないかねハヅチ殿」
カシオンもまた真顔である。
「ぜひ、来てくれ」
「いまは魔人軍との戦争で忙しい」
城塞都市東門へと足早に進む慧太。それを追うカシオン。
忙しいというのは本当だ。実際、カシオンが面談を申し込んだ時、リッケンシルト国王族ご一行が到着するからと、こうして移動している始末だった。
「なら、戦争が終わったら」
「いつ終わるのかな。むしろ終わらないほうが、商会は儲けられるんじゃないかな?」
「なかなか嫌味な男だな、君は」
カシオンは苦笑する。
東門に到着する。門は開かれている。そしてウェントゥス軍の儀仗兵が整列しており、さらにセラやユウラの姿があった。
「もし国王陛下にお会いすることがわかっていたら、もっとまともな格好をしてきたんだがね」
もこもこの防寒着姿であるカシオンはそう皮肉った。慧太も口もとに笑みを浮かべた。
「実用的な今の格好のほうが、ルモニー陛下には気に入ってもらえると思うよ」
「ハヅチ殿は、リッケンシルト国王陛下にお会いしたことが?」
「ああ。大変質素だが、お優しい方だよ」
来たぞ――東門の向こうに軍勢の姿。リッケンシルト軍が行軍隊列を組んでやってくるのが見えた。
・ ・ ・
リッケンシルト軍をメルベンに迎え入れたウェントゥス傭兵軍。
セラ、慧太らの出迎えを受けたルモニー、リッケンシルト国王は、ウェントゥス軍の活躍を褒め讃え、その苦労を労った。
リッケンシルト軍の将兵らをメルベンに収容しつつ、首脳陣は、同都市の行政を司るバーバル屋敷へと向かった。
その会議室では、王都エアリア周辺の地図が張り出され、王都奪回に向けての計画が練られていた。
ルモニー王と、リッケンシルト軍を指揮するコルド将軍が同席した上で、慧太たちは攻略方針について話し合った。
「王都の攻略に時間はかけない」
慧太は宣言した。
「つまり強攻だ。包囲したり、兵糧攻めなどは行わない。王都にいる魔人軍はわが軍より数で勝り、包囲しても逆襲されれば各個撃破されてしまうからだ」
「反対」
アスモディアが手を挙げた。
「確かに数の上では負けているから、全体を包囲することは難しいけれど、王都にこもった敵と戦うのもどうかと思うわ。むしろ、遠巻きに王都への外部補給ルートを断つことで駐留魔人軍を日干しにすべきではないかしら」
赤毛のシスターは地図を指し示した。
「王都周辺の都市集落を押さえて、王都を孤立化させる。どうせ敵は、王都から出られないんだし。仮に出てきたとしても、野戦になるから城攻めよりも戦いやすいわ」
と言うより――アスモディアは表情を険しくさせた。
「王都の防衛施設と第一軍と第四軍を一緒に相手にすべきではないわ。兵糧攻めにして自滅させるか、最低でも王都から引き離しての野戦を挑むべきよ」
「アスモディアって野戦信奉者だっけ」
サターナがそんなことを言った。アスモディアは首を振った。
「信奉者ってわけじゃないけれど……。第五……ゴホン、野戦慣れしているからというのもあるかもね。わざわざ守りを固めている場所に攻め込むのは好きじゃないの」
リッケンシルト王とその軍の将軍がいる前で、魔人軍にいたことを口にできない二人である。慧太は頷いた。
「実に悪くない案ではある。戦略的には、アスモディアの作戦案のほうが時間がかかることを除けば魅力的である。おそらく強攻するよりこちらの軍の犠牲は少なくて済む。だが残念ながら、政治的な理由からそれは却下だ」
「政治的……?」
アスモディアが首をかしげる横で、サターナが投げ槍に言った。
「王都の住民」
「エアリアにはリッケンシルトの民が多く残っている。兵糧攻めをとらない最大の理由は、長期戦になった場合、魔人軍より先に王都住民が犠牲になるからだ」
慧太は、視線をルモニー王へと向ける。
「王都駐留の魔人軍は、住民たちの食糧を転用することで、しばし生きながらえる。一方、食糧が尽きた住民は冬を越せずに全滅だ。……リッケンシルト国としても、そのような事態は避けたいと思われているはずだ」
聞いていたルモニー王は、片手を挙げた。
「王都の住民を見殺しにはしたくはない――私の本音はそれです」
ですか――温厚なルモニー王の表情が曇る。
「強攻で王都を陥落させられるでしょうか、ハヅチ将軍。さきほど、赤毛のお嬢さんが言ったとおり、現状の戦力で王都を攻めた場合の勝算のほどは?」
「お命じいただければ、必ず奪回いたします、ルモニー陛下」
慧太は恭しく一礼した。ルモニー王は目を丸くし、難しい顔でウェントゥス陣のやり取りを聞いていたコルド将軍もまた、びっくりした。
「何か策があるのですね……?」
「多少手荒な手も含めれば幾つか。何が一番被害少なくことを成せるかを検討し、後は実際の状況を合わせて最善手を選ぶだけです」
慧太のその言葉に、ユウラは頷き、セラもまた頼もしげな視線を向ける。
少なくともウェントゥス軍の主な幹部たちの顔に、悲壮感はなかった。反対意見を言ったアスモディアでさえ、「まあ、そうよね」と言わんばかりに穏やかである。
慧太は一同を見回し、大きく頷いた。
「では、王都エアリア奪回作戦の検討を続ける」
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