第三九四話、バードストライク
魔人軍第一強襲飛翔兵連隊の編成は、同じ連隊と称しても一般的な歩兵連隊などと比べると、数が少なかった。
歩兵小隊が約五〇名からなるのに対し、飛翔兵小隊は十五名が定数である。
それが六個小隊、九〇名で一個中隊を形成し、中隊が三つで一個大隊。さらに大隊が三つで連隊となる。
一個飛翔兵連隊、定数八一〇名。これが一般的な歩兵連隊ともなると約一八〇〇名が定数となるので、人数の差は歴然である。
今回の城塞都市メルベン攻略作戦では、第一強襲飛翔兵連隊の飛翔兵の数は七九三名。定数に届かないのは怪我人や病欠のためであるが、それでも不足人数は最小限に留まっている。……実は、二週間ほど前だったら、連隊内で風邪が流行った影響で一〇〇名ほど離脱を余儀なくされていただろう。
それはさておき、森の中を逃走する狐人の部隊を追って飛ぶ飛翔兵の大部隊、それを監視する目が空にあった。
――敵大編隊……!
冬の空を飛行する鷹。シェイプシフター、その分身体だ。
魔人軍飛翔兵集団の後方より、徐々に高度を取りつつ、距離を詰めていく。
一羽二羽ではない。数羽、数十羽と逆V字の編隊を組んで、その数は時間と共に増大していった。
鷹の編隊は、魔人軍飛行部隊の後ろで、次々に合流を果たしていく。一〇〇……二〇〇――空中を二つの大集団が東へと進路を向ける。ひとつは翼を持つ魔人の連隊。そして数百を超える鷹型の大編隊。
やがて、魔人飛翔兵の中にも、後方の大集団に気づく者が現れる。
『……っ! 隊長、後ろに――!』
『何だ? ……うぉっ!?』
振り返った編隊指揮官が、自分たちの後方、数百メートルを飛ぶ鳥の大群に驚き、目を剥いた。
『何なんだ、この数はァ……!』
青い空をまだら模様に変えるほどの大集団。あまりの数の多さに唖然となる。空が黒く見える。
魔人軍の後方上空を占位する鷹型の大編隊――
一方、地上では、リアナ、ボーゲンら狐人ロングボウ部隊が森を疾走していた。それを追尾する魔人軍飛翔兵集団。
狐人らが通過したその場所で、地面がグニャった。
『タリホー!』
航空軍事用語で『目視確認』を意味するそれは、もとは狐狩りの狩人の掛け声だという。狐人たちが通過した後、そちらではなく後方の魔人たちにそれを向けるという皮肉。
『全羽、戦闘隊形に移れ!』
地面が爆ぜたようにも見えた次の瞬間、土に擬態していたシェイプシフターが一斉に鷹の姿となり、飛び上がった。
潜伏していたのは二個中隊、およそ二〇〇名の歩兵。それが一人、三羽の鷹に分離変身した結果、一気に約六〇〇羽となった。
それが一斉に地上から急上昇してくる様は、魔人飛翔兵らの度肝を抜いた。
『な、なんだっ!?』
鳥が一斉に飛び立つ時がある。何か危険なものが近づいた時や、身の危険を感じた時などだ。突然、飛び上がる鳥の大集団を前に、何か危険なモノがそこにいるのかと魔人兵の注意が向いたまさにその時、後方に占位していた猛禽たちが、攻撃態勢に入った。
『突撃!』
分身体である鷹は編隊ごとに、一本棒の隊形となり、魔人集団めがけて急降下、肉薄する。
グングン迫る有翼の魔人兵の背中。噴火した火山のように前方で飛び上がる鳥の群れに気をとられ、凶器が迫っていることに気づいていない。
視界の中で大きくなる魔人兵。背中の翼をはばたかせ、もっさりとした防寒着をまとう戦士たち――
体当たり、その寸前に身体の前面を硬化。次の瞬間、激突!
それは一筋の斬撃だった。肉を裂き、骨を砕き、生温かな血を迸らせる。
首が跳んでいた。魔人兵の。
先頭きった一羽が敵を一人仕留め、続く鷹たちも狙いを定めていた標的めがけて体当たり同然の斬撃を叩き込む。
バードストライク。
元は鳥が人工物に激突する事故のことを指す。高速で飛行する物体は、速ければ速いほど衝突した時の衝撃は凄まじい。それが小さな鳥といえども、当たり所によっては航空機の防護窓を砕き、機体表面を陥没させ、エンジンを吹き飛ばす。
小さな鳥でさえ、高速飛行中ならば凶器と化す空中での接触。
まして物理打撃に対して無敵に近い耐性を誇るシェイプシフターが魔人兵に体当たりするさまは、銃弾ないし砲弾が標的を貫く様に似ていた。飛行する航空機の翼をぶつけられたら即死間違いなし――それに匹敵する一撃が、魔人兵に襲い掛かったのだ。
『こいつら、何だ、突然!?』
空をまだら模様に変えるほどの大群が襲い掛かってくる恐怖。人間が、空から襲撃する飛翔兵の大部隊を前に抱いた戦慄を、皮肉にも飛翔兵たちは感じていた。
思いがけない異常事態が続き、混乱は加速する。
『全員、障害を排除せよ! 身を守れ!』
連隊長のエル・ブラは叫んだ。だがその指示はとても全体には行き渡らない。
ふだんは、事前に大雑把な攻撃目標や任務内容を説明した上で、いざそれを前にした時、手旗を持つ信号兵に指示を出し、そこから部隊全体へと伝える。
ゆえに、飛翔兵たちは頻繁に、信号兵を確認する癖がついているが、敵――と呼んでいいのか疑問符がつく鳥の大集団によって攻撃を受けたいま、すでに編隊内部へと食い込まれていた。
浸透されてしまったことで、暢気に信号兵を確認する余裕がない者が相次いだことが不幸であった。
まさしく混沌。
想定外の攻撃に、魔人飛翔兵は個々に判断し、迎え撃つしかなかった。
『狩りの獲物が、オレたちを狩るのか……!』
飛翔兵の多くは、鳥狩りの経験がある。
高速で移動する敵を想定しての射撃訓練の一環だ。だから空中にあっても、クロスボウで鷹を狙うことは不可能ではなかった。
だが――鷹の数が、多すぎる!
鷹は明確な殺意を持って体当たりを仕掛けてくる。逃げるのではなく、向かってくるのだ。
つまり、こちらも回避運動を強いられるということだ。のんびりと狙いをつけている暇などない。
軽装の革鎧――空中での移動や運動を考えれば、重量のある金属鎧など付けられない――で体当たりを食らえば、鋼鉄のハンマーでぶん殴られた程度では済まない。
その強烈な打撃は内臓破裂、骨折もありえる。……実際、翼をもがれ、首や手足を吹き飛ばされて、血を吹いて落ちていく味方兵たち。
四方から数羽単位で攻撃を仕掛けている鷹はまさに恐怖だった。
気づけば魔人兵らは追い回される者が続出した。
敵味方が入り乱れる。同士討ちのリスクが増えたことが、魔人兵の攻撃の手を緩めさせる。だが鷹はお構いなしに突撃を繰り返す。
これだけ飛行するもので溢れていれば、目標以外と衝突する者が相次ぐ。だが何せシェイプシフターは物理耐性ゆえに衝突しようが、一定の高度を失い落下しても、地面に激突する前に戦線へと復帰する。
もう、無茶苦茶だった。
一行に数の減らない敵。一方で鳥の大群に襲われるという未曾有の経験のなか、身体を吹き飛ばされ、もがれて墜落していく飛翔兵たち。
まるで死肉に群がる虫のように、鷹型の爪が、翼が、嘴が刃物となり、飛翔兵を切り裂く。
本能的な恐怖から戦場を離脱する者が相次いだ。
だが飛行型シェイプシフターは、それらに追いすがる。小型の上に、手足や防具といった余計な重量物がない分、空中での運動性は鷹型が遙かに優位。とくに上昇機動に関しては、デッドウェイトがない鷹型から、魔人飛翔兵が逃れるのは絶望的だった。
だが急降下となれば、重量がある分、魔人兵側が有利だった。
しかし、それも一時的なもので、結局のところ、地面がある限り、降下できる限界があり、やがては追いつく猛禽たちによって撃墜されるのだった。
第一強襲飛翔兵連隊は、想像だにしていなかった敵との空戦に巻き込まれ、壊滅した。
話数間違えたので修正。




