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シェイプシフター転生記 ~変幻自在のオレがお姫様を助ける話~  作者: 柊遊馬
西進! 王都への道 編

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第三八九話、城塞都市メルベン


 トレーフル町で再編成を終えたウェントゥス傭兵軍主力部隊は、城塞都市メルベンに到着した。

 かすかに雪が降りそうな天気の下、慧太は黒馬(アルフォンソ)の背に揺られながら、特に戦災の跡も見られない城壁を眺める。


 平地に存在するメルベン、それを取り囲む城壁の高さは八メートルほどか。ザームトーアやグスダブ、フォルトガングなどの高い城壁を見慣れていると、いささか低かった。

 その城壁の上には、ウェントゥス軍の哨兵が立っており、どの勢力が町を制しているのか一目瞭然だった。とはいえ――


「どうしたの、ケイタ?」


 同じく馬に揺られるセラが追いつきながら聞いてきた。その後ろには、サターナやリアナ、ウェントゥスの女性陣らと、ガーズィらウェントゥス兵が続いている。


「すごく今更なんだが、そういえばオレたちウェントゥス軍には軍旗がなかったなと思って」


 軍旗――その軍を現すシンボル、その旗である。

 アスモディアが「ああ!」と、手を叩いた。


「それ、前から気になってた!」


 この時代、組織というものにはそれぞれ旗がある。現代風に言えば、企業にロゴやマークがあるように、この世界にも小規模組織から傭兵団、軍隊、国とそれぞれ旗などがある。


 ――そういえば高校にも、あまりパッとしないマークあったな……。


 組織を露わす旗などに、あまり重要性を感じる前にこの世界に来てしまった慧太である。そもそも現代人の感覚だと、旗を持って戦う兵士というのは、戦国時代モノの映画やらの世界の話で、銃と砲の戦争の兵士はそんなものを持っていかない。


 ――ああ、でも部隊章っていうのは、いいかもしれない。


 ちょっと考えてみようと思う慧太である。

 城塞都市の門を潜る。血の臭いを嗅ぎ取った。ちらと見れば、門の脇の壁や石の敷き詰められた床に血の飛び散った跡がわずかにあった。

 傍目には何事もなかったように見えて、中ではしっかりと戦闘が繰り広げられていたようだ。


 門を抜けた先には広場があり、その先にメルベンの町並みが広がっている。

 だが町に入る前に、慧太たちを、ザームトーア大隊とユウラが出迎えた。


「お疲れ様です、慧太くん」

「制圧ご苦労さん、ユウラ」


 アルフォンソの背から降り、慧太は、青髪の魔術師に笑みを返した。北方より飛んできた時、慧太たちと分かれ、メルベン攻略を担当するザームトーア大隊のもとへ向かったユウラである。


「僕は何もしていませんよ。働いたのはザームトーア大隊の兵たちです」

「あんたが何もしないってことは、何も問題がなかったということだろう」


 慧太が振り返れば、セラ、サターナ、アスモディアが馬から降りてやってくる。


「報告を聞けるかな、ユウラ?」

「守備隊、そして逃げてきた魔人兵の掃討は完了しています」


 曇り空を見上げ、ユウラは言った。


「あと、メルベンにはおよそ一千人ほどの民が住んでいます。魔人軍の占領で人口が半分ほどに減ってしまったそうですが」

「一般人」


 慧太は一瞬、何ともいえない顔になった。セラなどは明らかに安堵していたが、サターナは逆に眉をひそめる。

 慧太は頷いた。


「せっかくの生き残りだが、ここから離れる用意をしてもらう必要があるな」

「……」

「王都の魔人軍の動き次第だけど」


 さてさて、その魔人軍ははたして次にどういう手で出てくるだろうか。王都に引きこもるか、あるいは――



  ・  ・  ・


  

 リッケンシルト国王都エアリア。

 ハイムヴァー宮殿、王座の間にて受けた報告は、シフェル・リオーネに衝撃を与えた。


 東部反撃作戦『二匹の蛇』は失敗に終わった。

 王都より出陣した第三歩兵連隊を主軸とする部隊と、東南部ザームトーア城を出撃した二つの部隊は、それぞれウェントゥス軍の反撃を受けて壊滅。

 しかもただ返り討ちにあったわけではない。

 ウェントゥス軍は、魔人軍の進撃に呼応するかのようにリッケンシルト国中央へと進出。王都から程近い城塞都市メルベンを奇襲し、逆占領を果たした。

 おまけに手薄となったザームトーア城も急襲され、奪い返されてしまった。


 これにはシフェルはしばし、放心状態となってしまった。まったく想定だにしていなかった展開、そして大敗北である。


 どうしてこうなった?


 次に彼女にわいてきたのは怒りだった。天使を思わす美貌の魔人将軍の顔は激しい憎悪が浮かび、その日の執務をすべて放棄。ベルフェと、部下であるサージ・ヴェランスを執務室に呼びつけた。


『わたしは今でも信じられないのだけれど――』


 シフェルは机に肘をつきながら頭を抱えた。


『これはどういうことなの? どうして東部国境の敵を叩きに部隊を派遣したら、城塞都市と城をひとつ失っているの?』


 言葉を向けられたベルフェとヴェランス。どうして、と言われても、まだ状況把握が追いついていない。想定外の戦場となったトレーフル町での敗残兵からもたらされた戦闘報告と、ザームトーア城の敗残兵――それらの第一報を受け取ったばかりなのだ。

 シフェルが受けた報告以上のことを、二人も知らないのである。


 ベルフェは執務室の来客用の椅子に座ると、待機していた副官にお茶を淹れるよう命じた。魔鏡(めがね)幼女は、淡々と言った。


『詳細は報告待ちなのですが、いまわかっているのは、ウェントゥス軍は二つの連隊を撃破した上で、さらに攻城戦をこなし、それをわずか一日程度で制圧するという離れ業をやってのけたということなのです』

『それが信じられないの。何より不気味なのは、それを成し遂げる手口がわからない。だから納得できない。信じられない。いったいどんな魔法を使ったというの?』

『魔法……』


 思わずヴェランスは、そこの言葉を呟いた。魔法――確かに手口のわからない以上、もっともらしく聞こえはするが、実際の魔法というものを目にする機会がある者から言えば、そんな都合のいい魔法などあるのだろうか、となる。


『フォルトガング城でもそうでしたが、ウェントゥス軍は攻城戦が得意なのかもしれないですね』


 暢気のんきな口調でベルフェは言った。


『あいつらに攻撃されたらその日のうちに城を陥落せしめる――非常に興味深いのです』

『ええ、まったく。その方法をわたしも教えて欲しいくらいよ』


 今はその手がかりすらない。

 王都にたどり着いた敗残兵の報告。トレーフル町から逃げてきた者の証言では、城塞都市メルベンにたどり着いた時は、すでにウェントゥス軍が町を制圧していたという。そのため、どういう方法で町を奪ったのか、まるでわからない。


『ああ、そうだったわ。ザームトーア城はどう落とされたかわかっているんだったわね』


 ため息交じりにシフェルは言った。

 ザームトーア城から脱出した兵によれば、東部遠征で部隊が出払った隙を突かれた。ウェントゥス軍とリッケンシルトの連合軍が、城を包囲し、手薄な城壁を強行突破して内部に入り込んだのだ。


『リッケンシルト軍……連中を完全に侮っていたわ』


 シフェルは、ヴェランスを見やる。


『あなたの一個騎兵中隊での吊り出し――リッケンシルト軍だけなら、敵は躊躇ちゅうちょしたでしょうけど、そこにウェントゥス軍が加わったのは計算外だったわね』

『申し訳ありません』


 ヴェランスは姿勢を正した。自らの提案が招いた失態とも思える。ヴェランス自身も、ウェントゥス軍がリッケンシルト軍をたきつけて城攻めに参加する想像を何故できなかったのかと悔いが残った。


『あなたばかりを責めないわよ、サージ。わたしもリッケンシルト軍の戦意を読み違えていた』


 シフェルは憂鬱さを隠そうともしなかった。


『どう対処すべきだと思う? わたしは守勢に回らないように先手を打ったつもりだったけど、ウェントゥス軍はその先を行っている。敵を押し込むどころか、王都近辺まで押し込まれている……』

『すべては敵が謎なのがいけないのです』


 ベルフェはお茶をすすった。


『脱出した兵から、敵の編成や装備、それらを徹底的に聞き出し、敵の情報を得なければならないのです。ウェントゥス軍は、これまで対峙してきた敵の中でもとりわけ手強い』


 魔鏡(めがね)の奥で、緑色の目が光る。


『このまま情報不足のまま戦うのは危険そのものなのです』

『それもそうね』


 シフェルは頷いた。


『これまでウェントゥス軍と遭遇した者たちから再度、聞き取りを行いなさい。どのような些細なものも見逃さないように。すでに敵は、王都の近くまで――』


 言葉の途中だった。ズンと鈍い音と共に、ハイムヴァー宮殿が小さく揺れたようだった。

 いや、それは大気の震動がなせる技だったのかもしれない。

 宮殿の一角で爆発が起きた。兵向けの食堂から上がる煙――そこにいた守備隊兵も巻き込まれた爆発。そこに、トレーフル町とザームトーアから逃げてきた兵がいたことがわかるのは、その日の夜だった。

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