第三八八話、送り狼作戦
魔人軍第三歩兵連隊本部を襲撃した四頭の竜――その先頭を行くのは慧太を乗せた竜形態のアルフォンソだった。
大気を切り裂き、力強く羽ばたくアルフォンソ。その眼下を流れていく魔人兵をフライパスしながら、地上を魔石銃で掃射。将校団とおぼしき騎兵を二、三人倒したところですれ違った。
さっ、と慧太は振り返る。後続の竜に乗るリアナは弓で、ウェントゥス兵は爆弾矢を撃ち込み、さらなる追い討ちをかけた。
戦況は圧倒的にウェントゥス軍が優勢だ。
ダシューの魔獣部隊が包囲する敵部隊を壊乱に追い込み、敵本隊の側面に降りたガーズィの歩兵中隊と、セラ、ティシア、アウロラ、アスモディアの魔鎧機が、数の差を物ともせず、動揺した敵兵たちをなぎ倒す。
低空を飛ぶレーヴァ隊は、空から獲物に襲い掛かる猛禽のように、比較的固まってる敵兵集団を優先して叩いていった。
やがて、魔人軍は敗走した。
先ほど、慧太の小隊が連隊司令部とおぼしき陣に一撃を与えたが、その時にはすでに逃げ支度を始めていたように思える。
すでに戦場を離脱する魔人兵が相次いでおり、組織的抵抗は不可能な有様となっていた。
敵の東部進出を阻止した。慧太は、作戦の第一段階が成功に終わったのを確信し、トレーフル町より北西――ガーズィ隊が降下した地点へとアルフォンソを飛ばした。
日が傾き、空色が夕焼け模様に変化していく。
降下、そして着地。ふわりと綺麗に降り立ったアルフォンソ、その背中から慧太は飛び降りた。
白い甲冑に黄緑のラインが入っているのは、ガーズィだ。彼は戦場を望遠鏡で観察していたが、慧太が来たことに気づくと、振り返って背筋を伸ばした。
『将軍、敵は後退を始めました。わが方の損害は軽微です』
「ああ、上から見てた」
慧太は頷くと、逃げる敵を追う魔鎧機を見やる。例によって先陣きって追いかけているのはアウロラのグラスラファル。その青き魔鎧機は氷の槍で敵歩兵を甲冑ごと吹き飛ばす。
一方、漆黒の魔鎧機、アスモディアのアレーニェが六本の足で戦場を疾走する様は、味方であるはずなのにやや不気味なものがある。
将軍――ガーズィの声に、視線を向ければ、東のほうから突竜バラシャスとその背に乗ったウェントゥス軍騎兵がやってきた。
獰猛なる突竜は二足歩行の肉食恐竜に近い姿をしている。頭までの高さはおよそ三メートル強。自然と見上げる形となる。……こんなものが隊列を組んで突進してきたら、馬の騎兵など恐れをなして逃げ出してしまうのではないか。
先頭のバラシャスから騎兵が降りる。白い装備に銀のライン――ダシューである。
『将軍、遅くなりました』
「ご苦労だったな、ダシュー。敵の包囲部隊は、お前の部隊でだいたいケリがついたな」
『いえ。集結に少々時間がかかってしまい、結果的に遅参となってしまいました。申し訳ありません』
「そうなのか?」
慧太は特に咎めることもなく、片方の眉を吊り上げた。ダシューは首を傾ける。
『先行させた連中には苦労をかけました。魔人軍を一手に引き受ける形にしてしまったので』
コノリー隊こと、第二騎兵中隊は、トレーフル町に立て篭もり、よく敵を防いでいた。
「なら、よく労っておくんだな」
分身体ではあるが、いちおう慧太の思考をベースに作られている。人間というのは褒められれば嬉しいもので、それは慧太とて同じ。分身体とはいえ褒められれば悪い気はしない。
『ケイタ』
拡声器ごしにセラの声が響いて、呼ばれた慧太はもちろん、一同が一斉に振り返った。
白銀の天使を模した魔鎧機、セラのスアールカが、低空を滑るように飛んできた。
『アウロラと歩兵部隊が、逃げる敵を追尾してる。ティシアがケイタの指示を聞きたいと言っているけど』
どこまで追っていいのか、あるいは追撃してもいいのか――ティシアが確認したいのを、セラが伝令役を引き受けたようだ。
スアールカが空を飛ぶことが可能な魔鎧機ならではなのだが、お姫様に伝令を頼むとは普通ではありえないと思う。……そしてオレもセラに伝令役を頼むというね――慧太は苦笑した。
「ほどほどに追撃しても構わないと伝えてくれるか? ただ深追いの必要はない。君が彼女の手綱を締めておいてくれ、セラ」
『了解』
ずいぶんと軽い口調でセラは返事すると、スアールカを飛ばし、西へと向かった。
――ああ、ひょっとして、オレ。いまお姫様に命令したのか……?
白銀の魔鎧機を見送る慧太。
ガーズィが言った。
『敵の撤退先は、おそらく城塞都市のメルベンと思われます』
王都から東に三日ほど。ここトレーフル町から西に二日ほどの位置にある城塞都市。かつて王都エアリアから脱出した避難民とリッケンシルトのアーミラ姫らが身を寄せた場所であるが、いまは魔人軍が支配する拠点となっている。
「では、作戦を次の段階へ移行する」
慧太は、ウェントゥス兵を率いる部隊長を見た。
「ザームトーア大隊に連絡。『送り狼作戦』を発動せよ」
『イェス・サー』
ガーズィは敬礼すると、伝令鷹を作り出し、それを南西方向へと放った。
・ ・ ・
坂から転がり落ちるような急展開だった。
トレーフル町での会戦から三日が経過。ウェントゥス傭兵軍の攻撃から逃れることに成功した魔人軍、デグヴェル大佐は城塞都市メルベンにいた。
戦場離脱を決意した際に、敵の攻撃で側近の半数近くがやられた。連隊を構成する兵たちは統制を失い、ただただ凶暴なるウェントゥスの牙から逃げるだけだった。
メルベンまでたどり着ける部下は、果たしてどれほどだろうか。
デグヴェルは、城塞都市を囲む城壁から、駆け込んでくる友軍兵を見ながら思った。
致命的な敗戦である。敵からは逃れられたが、王都に戻れば、シフェルの機嫌次第ではデグヴェル自身の処刑もありえた。
東部国境の奪回は、シフェルにとって失敗の許されない任務だった。未知の敵に対して、投じられた戦力はいささか不足に感じられたが、敵も兵站に苦労しているはずだから、充分に対抗できると思われた。
だが今にして思えば、都合のいい決め付けだと言わざるを得ない。冬だから、我々も大部隊を動かせないのだから、敵も同じはずだ、という先入観。ウェントゥス傭兵軍の兵站がどうなっているか、魔人軍の誰一人として知らないと言うのに……。
今、デグヴェルにできることは、トレーフル会戦を生き延びた兵を収容しつつ、今回の一戦で目にしたウェントゥス軍の戦力、ならびに戦術をシフェルと友軍のために伝えることだ。
次に奴らとまみえる兵たちのために。
疲れ果てた兵たちが、城塞都市の門をくぐる。ウェントゥス軍の追撃を振り切り、たどりついた兵たちは、おそらくこの三日の逃走で体力の衰弱も激しいはずだ。
敵部隊の追尾に備え、メルベン守備隊から警戒部隊を出している。ウェントゥス軍が現れたら、その後ろに友軍はいないだろう。城塞都市の門を閉じ、迎え撃つ。
――だが、果たして連中は、ここまで来るだろうか?
戦いにおける戦果は、追撃戦によって生まれる。逃げる敵を追いかける戦いは一方的なものだが、さりとて追うほうとて腹は減るし疲れもする。三日間、メルベンまで追いかけて、そのまま都市攻略、などありえるのだろうか。
デグヴェルの思案をよそに、城塞都市の門を抜けた敗残兵らは広場へと座り込み、用意された食事と水を受け取っている。多くの兵が薄汚れ、疲労の極致のような顔をしていた。兜や盾、武器など重いものを捨てた兵も多かった。そうしなければとても逃げ切れないのだ。
重々しい空気が漂う広場にあって、何の前触れもなくそれが起きた。
爆発。
デグヴェルも、敗残兵も、守備隊兵も突然起きた爆音にビクリとする。
『何事だっ!?』
動揺が走る。城壁の内側の爆発である。敵襲とは考え難い。では何が爆発したのか?
広場から悲鳴と怒号が重なり合う。剣戟が響き、突如として戦場が具現化する。
魔人兵同士が戦闘を始めた。傍目にはそう見えた。だがよく見れば、違和感に気づく。
二本の角を生やした強面の鬼魔人。鉄色の甲冑姿は、傍目には一般的な魔人兵と同じ色だから、気づくのが遅れた。
それはウェントゥス軍の兵士。敗残兵に成りすまして入り込んだ彼らは、機を見計らって、色をそのままに装備を変えると、広場で起きた爆発を合図に総攻撃に移った。
まったく戦う態勢ではなかった。守備隊も、本物の敗残兵も何故、敵が入り込んでいるのかわからないまま戦闘の引きずり込まれ、次々に討ち取られて行った。
『馬鹿な……!』
デグヴェル自身、どうしてそうなったのかまったく理解できないまま、城壁に昇って来たウェントゥス兵と遭遇し、剣を抜いたところで返り討ちに合うのだった。




