第三八六話、トレーフルの攻防
町を囲む石壁。西門から中央へと伸びる石畳の上は、焼け焦げ、引きちぎられた魔人兵の死体が無数に横たわっていた。
大型盾で身を隠し、屍を乗り越え、通りをじりじりと進む魔人兵。飛来する爆弾付きの矢を盾が弾き、爆発による衝撃波を防ぐ。
土嚢の影から、シ式クロスボウに矢をつがえつつ、コノリーは振り返った。
『バリスタ、撃て!』
巨大なクロスボウのような形をした攻城用武器。発射される矢は、槍のように大きく、また威力も凄まじい。
シェイプシフター体から作られた矢は、魔人兵の堅牢な大型盾を貫くと、その向こう側で爆発した。
せっかく進んだ分を台無しにする一撃は、またも道に数人分の死体を投げ出させた。
自動的に弦を装填するシェイプシフター式クロスボウに矢をつがえ、ウェントゥス兵が言った。
『これなら幾らでも防げそうですね!』
『やめろ、エリックス。そいつはフラグだぞ』
コノリー中尉はクロスボウを撃つ。小型盾を構えつつ、ジグザグに道を駆けて迫る敵兵の脳天を撃ち抜く。見えない壁に頭をぶつけたようにひっくり返る魔人兵。
だが後続の兵がクロスボウを放ち、ウェントゥス兵を狙う。だが走りながらのそれは、命中性を著しく損なう。土嚢に矢が突き刺さるが、ウェントゥス兵らは慌てない。
こっち来んな、とばかりにウェントゥス兵の一人が手榴弾を放る。走ることで即席陣地まで接近した敵兵の身体が、爆発によって宙を舞う。
飛んできたのは砂か、あるいは敵兵の血だったのか。爆風が土嚢をかすめ、頭を引っ込めていたコノリーが再度、敵に備えた時、後方から味方兵が駆けてきて土嚢裏に滑り込んだ。
『中隊長、町の外の敵部隊、町を包囲しました! 敵歩兵が各門に接近中です!』
周囲の爆発音に負けじと張り上げられる声。
『ほらみろ、エリックス。忙しくなってきやがった! 伝令、各門に二個小隊ずつ配置。時間を稼げ!』
『了解!』
駆け込んできた兵士は、コノリーの命令を伝えるべく走り去る。
コノリーは騎兵中隊の指揮官だが、馬がわりの小型竜が兵に姿を変えているために、指揮下の部隊は実質大隊規模となっている。
『敵の新手!』
『くそ、次から次へと――!』
わかっている。この町を包囲する魔人軍は連隊規模。数では圧倒的に負けている。
『!? 奴ら、死体を盾にしてるのか!』
道に積みあがった魔人兵の亡骸を押しながら進む魔人兵の姿。ウェントゥス兵の爆弾矢と手榴弾を用いた防御に手を焼いたか、なりふり構っていられないようだった。上官からは爆発と破片の雨の中を進めと尻を蹴飛ばされているのだから、死に物狂いにもなるだろう。
『中尉! 側面が破られそうです!』
コノリーたちが中央の道を押さえているために、正面以外の道を選ぶ敵兵もいるのだ。
『そうなるだろうな。道はひとつじゃない』
町の建物は障害物にはなりえても、無数の通路が張り巡らされている以上、迂回するのは正しい。もちろん、コノリーはそれを踏まえて兵を配置している。だが、如何せん全てに備えるのは人数の都合上、難しいものがある。必ずどこかに綻びは出てくる。
まあ、それでも――コノリーは顔を上げ、近くの建物を見上げる。敵が町中に散った時のための第二の手だ。
二階建て民家の屋上から、ふらりと凧のような小物体がふわりと飛んだ。
それはムササビ型の分身体だ。それらが四、五体ほど民家の屋根から屋根へと飛び移ると、今度はその姿をネズミ型に変えて疾走する。
迂回路を進む魔人兵の列。それらの真上に来ると、ネズミは立ち止まり、屋根の端から球体――手榴弾を落とした。
カン、と石畳を弾んだ手榴弾は、魔人兵の列の真ん中で炸裂する。まったくの無警戒だった。敵は路地や道にいて、基本的に正面からぶつかると思い込んでいたのだ。
『……何も前だけじゃないぞ』
あるウェントゥス兵は民家の二階の窓から、眼下を通過する敵兵を見やる。その背中めがけて矢を射掛けてやる。
これが市街戦の怖いところだ。視界が限られ、遮蔽の多い地形は、待ち伏せ側に圧倒的に有利となる。
何の準備もなく、戦闘に巻き込まれる形となった魔人軍は、思うようにウェントゥス軍を掃討できず、被害が続出した。
・ ・ ・
『まだ突破できんのか?』
魔人軍第三歩兵連隊のデグヴェル連隊長は、苛立ちのこもった声を出した。
トレーフル町の外に、仮の陣を設営した第三歩兵連隊。だが入ってくる報告はどれも芳しくはなかった。
突入した歩兵部隊は、西門から入って正面の道を攻めあぐね、前進もままならない有様だ。
『盾を構えたら、一気に突っ走って敵に肉薄せよ! 敵に二の矢を撃たせる前に距離を詰めろ。何人かがやられたとしても、数で押せば、必ず突破できる!』
こんな現場指揮官が言うべきことをわざわざ口に出さねばならないほど、デグヴェルは部隊の進撃具合に不満だった。
損害自体は、まだ軽い。突入している中隊がひとつ、大きく戦力をそがれたが、それ以外の部隊はまだ健在だ。我々は都市を包囲し、さらに四方から攻め込もうとしている。
――だが、ここでもたついている訳にもいかないのだ。
本番は、東部国境線に近いミューレ古城と、その周辺域にいるウェントゥス軍との決戦だ。こんな予想外の遭遇戦で、損害が増えるのはよろしくない。
『伝令! 砲兵部隊に要請。「突破口を開くため、外壁もろとも西門付近を砲撃せよ」』
デグヴェルは、伝令を走らせながら、別の伝令を呼んだ。
『西門に突入してる中隊長に、部隊を一時的に下げろと伝えろ』
味方の砲撃の巻き添えにするわけにはいかない。伝令が走り、デグヴェルは腕を組んで、折りたたみの野戦椅子に腰掛けた。
その表情は苦虫を噛んだように厳しい。
指揮官からの命令は、ただちに実行に移された。
第四軍からの派遣部隊である、車輪付き6ポルタ砲を九門装備した砲兵中隊が二つ、前進を開始。西門と、そのまわりの石壁を狙う位置に横列に展開した。
・ ・ ・
『敵兵が下がる!』
ウェントゥス兵の報告を聞いたコノリーは思わず小首をかしげた。
たしかに負傷者をつれて、西門の外へと魔人兵が逃げていく。まさか、攻略を諦めたのか……? いや、そんな馬鹿な――
『二名、様子を見て来い』
コノリーは、ウェントゥス兵を二名、西門へと走らせ、魔人軍の動きを確かめさせる。
戦場が静けさに包まれる。本当に敵兵が都市から引いたようだ。
傍らで、エリックスが土嚢に肘をついて、一息ついている。言葉はない。
石畳は黒ずみ、汚れ、魔人兵だったものの骸や、身体の一部が転がっている。
だが、唐突に町の外から重々しい轟音が複数聞こえてきた。
砲撃音――?
『くそ、伏せろ!』
刹那、外壁を砲弾が貫通した。衝撃音と共に、大小無数の破片が散弾よろしく吹き飛び、近くにいたウェントゥス兵に当たり、そして吹き飛ばした。
『そう来たか……! 後退! 下がれッ!』
町を囲む外壁は、所詮は盗賊や魔獣、小規模な外敵に対するもので、大砲の弾を防げるような本格的なものではない。
魔人軍砲兵部隊が、次々に大砲を撃ち込んでくる。砲弾が壁を砕き、民家の壁に大穴を開けた。飛び散る石の破片が跳ね回る。
壁に近いところにいたウェントゥス兵らが急いで引いてくる。砲弾が撃ちこまれ、そのうちの一弾が、ひとりの兵の上半身に直撃、その身体を真っ二つに引き裂いた。
『退却! 防衛ラインを下げる!』
コノリーは部下たちを下げつつ、町中央へと走る。立て続けに飛び込んできた砲弾が民家を倒壊させ、石畳を穿った。
魔人軍の反撃が始まった。
だが同時に、雲の向こうからも――




