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シェイプシフター転生記 ~変幻自在のオレがお姫様を助ける話~  作者: 柊遊馬
西進! 王都への道 編

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第三八二話、反攻作戦


 王都エアリア、ハイムヴァー宮殿の会議室は、重々しい静けさの中にあった。


 上座の席につくのは、第一軍のシフェル・リオーネ。その左隣に第一軍の騎兵連隊を率いるサージ・ヴェランス。右隣には第四軍司令のベルフェ・ド・ゴール伯爵がいて、その副官アガッダが控えていた。

 いるのはこれだけだった。シフェルをはじめ、テーブルの上に広げられた報告書(レポート)を、それぞれ目を通していた。


 東部国境線の戦い、と名づけられた一連の戦闘は、ミューレ古城をウェントゥス軍に奪取されたことに始まる。国境線に展開する魔人軍部隊は、古城を奪回すべく南下したが、南側にいた部隊からウェントゥス軍によって各個撃破された。


 ミューレ古城を敵がどのように奪ったか、まるでわからなかった。古城の守備隊の生存者が一人もいなかったせいだ。

 ゆえに、報告は、救援に向かった第十七連隊、第八歩兵連隊生存者によるものとなっている。

 第十七連隊は、救援に向かう道中をウェントゥス軍に襲撃された。


 ここで目を引くには『ウェントゥス軍は、魔獣を使役する』というところだろう。


 サイズ的には中型竜であるそれを中隊規模で保有している。

 しかも他に、レリエンディールでは青狼と呼ばれるウェルセプタも部隊規模で用いている……。


 この青狼運用に、シフェルをはじめ一同は困惑した。それを使役するのは魔人軍だけだと思っていたからだ。

 各軍の斥候部隊で運用されているウェルセプタであるが、それ以上の規模で使っているのは、魔獣軍の異名を持つ第五軍だ。だが同軍はレリエンディール本国にいるため、リッケンシルトの前線にいるはずがない。仮にいたとして、友軍を襲う理由がないので、明らかに別の軍であるのだが……。


 考えられるとすれば、青狼がレリエンディールのある暗黒大陸以外にも生息していたか、あるいはよく似ている別の種であろう。


 次に交戦したのは、第八歩兵連隊だが、これについては指揮官の失点が大きい。

 美貌の天使、シフェルはその煌く金髪を乱暴に払った。


『シーヴェルがここまで無能だとは思わなかった』


 国境警備軍の先任指揮官であるシーヴェル第八歩兵連隊長――戦場にあって指揮官先頭も辞さぬ猛将である。やや猪突猛進なところはあるが、彼の部隊がひとたび本領を発揮すれば、堅い守りを誇る防御陣地さえ粉砕して突破口を開いたことだろう。


 彼が騎兵連隊を率いたら面白い、とヴェランスは思ったことがある。ただシーヴェルを乗せて走れる軍馬が存在しなかったのが、彼が歩兵将校に収まっている理由でもあるが。


『何故、彼は戦力の大半を投じて出撃したのか? クヴァラートを丸腰同然にして』


 ミューレ古城が敵に攻撃された――その時点で、何故、シーヴェルは国境の向こう側のアルトヴュー王国軍の動きを探ろうとしなかったのか。


 一方を攻撃したら、他方は攻撃しないという決まりはない。南側を陽動とし、北側――つまりクヴァラート方面への侵攻を主攻とする作戦だって考えられる。


 結果的に、クヴァラートをほぼ無防備にしたことで、国境線にアルトヴュー軍が現れ、シーヴェルは移動に割いた時間を無駄にした上で、引き返すはめになる。

 その後も、情報は錯綜さくそうし、第八歩兵連隊は国境線を南北に往復することになるが、その際もシーヴェルはマズい指揮をした。


 陣形にこだわり、隊列を整えるまで時間を無駄にしたのだ。


 部隊を方向転換する際、騎兵部隊を本隊の先頭に持ってきて、後方の補給部隊は本隊後方にいちいち移動させている。その結果、足の遅い補給隊が部隊後方に付くまでに、せっかく騎兵が配置転換を終えても、部隊が動き出せず、もたもたさせていた。


 どうにも杓子定規過ぎる。果断な彼らしくない采配だ。隊列維持にこだわるあまり、時間を無駄にし、しかもその隊列変更が状況変化のたびに行われたために、部隊全体が混乱しはじめ、迷子や敵の襲撃によって混沌に叩き落された。


 報告を読んだ後の、シフェルが抱いた感想は、いちいち指揮がもたついている印象だった。ミューレ古城にしろ、クヴァラートに戻るにしろ、どちらも救援のはずなのに部隊が少しも急いでいるようには見えない。


 最終的に、ウェントゥス軍に先手を取られ続け、春の侵攻作戦における戦力の一角をあっけなく失うことになった。……もしシーヴェルが生きていたら、処刑すべきほどの大失態である。


 結果的に、シフェルらリッケンシルト駐留軍は、北部、東南地方、そして東部国境線に戦線を抱えることになった。


『北部地域については、サージの案である焦土作戦でいいと思うわ』


 シフェルは、その形のよい顎に人差し指を当てる。


『残るはリッケンシルト残党と、東部国境のウェントゥス軍だけれど、わたしは東部国境を先に片付けるべきだと思う。それも可及的速やかに』

『ですが、お姉様』


 ベルフェは淡々と言った。


『東部は、アルトヴュー軍がウェントゥス軍の支援に動いているのです。仮に東部へ攻勢をかけた場合、アルトヴュー軍が援軍として現れる可能性が大かと。春以降ならともかく、現状食糧備蓄の厳しい今、それに対応できる規模の兵力を送るのは困難なのです』

『いいえ、ベルフェ。アルトヴュー軍は動かないわ』


 シフェルは断言した。


『もし動けるなら、連中はクヴァラート市を自ら制圧したはず。一度、国境線に現れて第八連隊を吊り上げたけれど、アルトヴュー軍は引き返している。何故だと思う?』

『……攻勢にかけるだけの食糧備蓄に乏しかったから、でしょうか』

『そう、奴らは牽制程度に部隊を動かすのがやっとで、クヴァラート市を攻めるだけの物資備蓄――体力と置き換えてもいい。それがなかったのよ。もちろん、これは季節が冬だったから、というものが大きいわ。もし他の季節だったら、連中とて国境線を越えて戦いを仕掛けてきていたはず』


 シフェルは、その青い目を細めた。


『春に我々が制限なく動けるようになる頃には、アルトヴュー軍も同じく行動できるようになるはず。つまり、いま東部国境線で戦えるのは、ウェントゥス軍のみということよ。叩くのなら今よ』

『それはわかるのですが、お姉様。……東部へ派遣できる戦力は、さほど多くはないのが問題です』


 ベルフェは眼鏡を光らせた。


『現状、東部に展開するウェントゥス軍の兵力について、推測ですが一個連隊程度の戦力があると思われるのです』


 ミューレ古城に一個大隊、クヴァラート市に同じく一個大隊。そしてその中間地点に一個大隊から、それ以上の戦力が分散配置されていると見られる。


『わが軍はすでに冬の間も戦闘活動を続けたために、余剰備蓄に限界が来ているのです。派遣する部隊規模によるのですが、仮に東部国境に一個連隊以上を送る場合、王都エアリアより西方にいるわが軍は、待機する以外に一切の作戦行動がとれなくなるのです』

『たとえ、そうだとしても、やらなくてはならない』


 シフェルの表情に精悍さが増す。


『ただウェントゥス軍は冬にも関わらず活動が活発よ。北部でやったことを東部の敵がしてくる可能性はある。だからこそ、早期に叩かなくてはならないの』

『北部域では焦土作戦をとって、戦線を縮小させるのです。東部では、焦土作戦を行わないのですか?』

『東部でそれをやると、こちらの進軍計画に支障が出る』


 アルトヴュー王国への大侵攻をかけるために国境へ移動する際の中継点として集落を利用する。それを破壊しつくしてしまうと、ウェントゥス軍の動きを封じられる一方、魔人軍が反撃する際も、集落再建などに時間と資材をとられてしまうことを意味する。

 東部大進攻を企てるシフェルとしては、到底承服しかねる話だった。


『本国からの支援は受けられないのですか?』


 ベルフェが重ねて問うた。シフェルは、不満げに鼻を鳴らした。


『いまからでは、充分な量が揃う頃には春になってるわ。備蓄が増えるのはいいけれど、いまというタイミングには遅すぎる』

『閣下』


 沈黙を守っていたヴェランス騎兵連隊長が口を開いた。


『東部への派遣兵力は如何なさいますか? 魔獣を使役する部隊が最大一個大隊ほど敵にあるとすれば、一個連隊では、いささか心許ないと思われますが』

『投入可能な戦力は全てつぎ込みたいところではあるのだけれど……』


 シフェルはベルフェを見た。


『一個連隊はともかく、それ以上送るのは難しいのよね?』

『……大胆に食糧配分の割り振りを変えれば、それ以上も可能です、お姉様。ただし、代償はあるのですが』

『言ってごらんなさい、ベルフェ』


 大胆な割り振りについて、シフェルは関心も露わにした。ベルフェは感情を込めずに言った。


『王都の住民を餓死させてもよいというのであれば、その分の食料を当てて第一軍の主力は動かせるようになるのです』


 現在、王都エアリアには、魔人だけでなく、元いた住民たちが奴隷として生活している。魔人軍は、これらの奴隷を生かすために食糧を供給している。

 ベルフェの提案は、それら労働奴隷の実質の死刑宣告だった。

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