第三七六話、ユウラと魔鎧機
「魔鎧機、ですか……」
ユウラは、淡々と言った。
フォルトガング城、本城にある執務室に慧太は、副団長である青髪の魔術師を呼んだ。
石造りの室内。家具は机と椅子のみのシンプルさだが、ウェントゥス軍が占領するまでは、魔人軍の軍旗がタペストリー代わりに壁にかけられていて、それなりに豪華な家具がそろっていた。が、あまり衛生面がよろしくなかったために、それらをすべて取っ払っている。
ユウラと一対一で対面した慧太は改まる。
「魔鎧機……アレーニェだったか。あれの話だ。たぶん、皆が気になっている」
突然、ウェントゥス軍の戦列に加わった新型魔鎧機。アスモディアが駆り、フォルトガング城攻略戦においては、城壁の敵を駆逐することで味方主力部隊の突入を支援した。
城門制圧のシノビ部隊と共に、称賛すべき活躍を示したのは間違いない。
だが出所について、サターナやもちろん、魔鎧機研究に一日の長のあるアルトヴュー出身の魔鎧騎士らも関心が強かった。
「皆さんを集めて、そこで話を求められると思ってました」
「そのほうがよかったか?」
慧太は机に肘をついて、手を組む。
「話し難いこともあるだろうと思って、皆より先に聞いておこうと思ったんだけどね」
「なるほど」
必要なら、慧太がユウラを庇うと暗に察したようだった。二十代半ばの青年魔術師が頷くのを見て、慧太は言った。
「あの魔鎧機は、どうしたんだ?」
「信じてもらえないかもしれませんが、アレーニェは僕が作りました」
「うん」
慧太は一言だった。驚くこともなければ、首を傾げたりもしない。
「あっさりしてますね」
「魔法に関しては、ユウラにわからないことはないと思ってる。そのあんたが作ったというのなら、そうなんだろう」
古代魔術の研究者。魔法の天才――そんな評判のユウラのことは、ウェントゥスの前身であるハイマト傭兵団にいた頃から知っている。いや、慧太にとって魔法はわからないことだらけではあるが。
――この天才は、とうとう魔鎧機を作るところまで達してしまったぞ。
そんな単純な感想を抱くのも、魔法について無知ゆえであるが、慧太自身もそれは自覚している。
「アルトヴュー王国で聞いたが、魔鎧機は大抵、発掘されるものだと聞いた」
「そうですね。かつての古代文明技術の遺産……その魔法技術がふんだんに用いられて作られた兵器ですから、現在の技術では再現できないものもあります」
アルトヴューでは独自に、鎧機を作り出すところまで来ているが、今のところ、魔鎧機には遠く及ばない代物である。
「だが、その魔鎧機をあんたは再現した」
「……」
ユウラの表情は硬かった。慧太は淡々と言う。
「これは凄いことだと思うんだが……もっと手放して褒めるべきだろうな」
「恐縮です」
魔術師は少し戸惑いのようなものを見せる。慧太が何を言わんとしているのか、測りかねているようだった。
「で、ユウラ。アスモディアに魔鎧機を与えたが、あんたの専用機はどこにあるんだ? 当然、あるんだろう?」
「いえいえ、僕の専用機なんて――」
「ないのか?」
慧太は、がっかりしたように肩をすくめた。
「オレがこの世界の人間ではないから言うが、魔鎧機とか、ロボット的なものっていうのは男の子の憧れだと思うんだ」
「慧太くんも、魔鎧機に乗りたい?」
「このまえ、アルトヴューの鎧機に乗ったときは、わくわくしたよ」
雑談するような調子で言った。ユウラは口もとに小さく笑みを浮かべた。
「慧太くん用の魔鎧機を作れ、と?」
「あれを動かすには、魔法的な才能もいるんだろう?」
オレには無理じゃないかな――慧太は首を横に振った。
「で、どうなんだ? あんたの専用機」
「ないですよ。魔鎧機を作ったとは言いましたが、簡単にできる代物ではありません。特に魔法式で作られた型は、強力な魔法動力が必要になります」
「魔法式……?」
「召喚型、というべきでしょうか。セラさんの白銀の鎧――スアールカや、ティシアさんのネメジアルマのように呪文詠唱で具現化するタイプのことです。古代文明時代には、機械と魔法を組み合わせた型が主に使われていたので、こちらは古代型、もしくは機械型と言われています」
「さすがだな、ユウラ。勉強になるよ」
慧太は素直に感心した。ユウラは首を傾げてみせる。
「それはともかく、アレーニェ一機こしらえるのに、結構大変だったんです。ウェントゥス軍の副団長としての役目を果たしながら、そうポンポンと作れるものではない」
「そう簡単に作れたら、戦況も覆してしまえるんだろうな」
「……ええ、魔人軍を蹴散らして、大陸を支配できるくらい容易く」
ユウラの表情が、暗いものになる。暗にそれを望んでいないのは顔を見ればわかる。
だが同時に、ユウラは、慧太が魔鎧機を量産しての大陸支配という言葉に、どう反応を返すか見定めようとする。……先ほどから個人的に魔鎧機に関心があるそぶりを見せていたから余計に。
「ずいぶんと怖い話だな、それは」
慧太は椅子にもたれた。
「機械兵器を大量に投入しているというガナンスベルグ帝国や、魔鎧機や鎧機の配備を進めているアルトヴュー王国とか……最終的にはそういうことになるんだろうか」
「あなたは、そういう力をウェントゥス軍には求めないのですか?」
ユウラの目は冷ややかだった。
――これは返答次第では、見限られるな。
慧太は察していた。いままで友としてきた副団長に、試されている。
「魔人軍との戦いで、魔鎧機が増えれば有利に事が運ぶだろう。その面で見れば、もし魔鎧機を量産できるならしたい、というのが本音だ。……だがあんたの答えは、たとえできるとしても、ノーだろう?」
自分を戦争の便利屋として使われたくない。過去何度か彼が口にしていたことだ。ユウラは魔法の天才で、その能力は単身で対峙した部隊のひとつやふたつ、簡単に吹き飛ばせる。だがそれができるからと得意になることはしないのがユウラだ。
兵器になりたくはない。戦争に利用されたくないというのが彼の本音だと思う。そういうのが嫌だから、辺境の獣人傭兵団に身を寄せていたのだろう。ユウラの過去について慧太はよく知らないし、傭兵団のルール上聞こうとも思っていないが、察してやることはできる。
「利用されたくないって気持ちはわかる。オレは無理強いするつもりはないよ」
「……ずいぶんと甘いですね、慧太くんは」
ユウラはそんなことを言った。だが表情は、非難するでもなく、どこか穏やかなものだった。
「勝つためなら手段を選ばない――特に劣勢な状況下では、個人の都合を顧みる余裕などない。なりふり構っていられないものです」
「他に手がないなら、そうなるだろうな」
幸いなことに、現在のウェントゥス軍は、魔鎧機がなければ魔人軍に勝てないという状態ではない。魔鎧機があれば便利だが、それ以外にもやりようがある。
「オレもそこまで追い詰められたら、あんたの言うとおりになるかもな」
「楽して勝つ主義ではなかったのですか?」
「うん、それは変わらない」
だが――慧太は、表情を曇らせる。
「強すぎる力は、新たな敵を生む。魔鎧機を量産して魔人軍を一方的に蹴散らしたら……その強すぎる力を巡って、人間たちはオレたちを『敵』として排除しようとするのではないか」
「……」
「あんたが魔鎧機を作れたのを自慢しないのも、それがわかっているからだろう? むしろ人間たちに、魔鎧機を作れる天才がいることを知られたくはない――あんたという存在は人間たちからマークされ、望んでもいない魔鎧機開発競争に巻き込まれる」
魔鎧機は陸戦において、最強の兵器といってもいいだろう。古代文明時代の発掘品しか再生できない今、独自に魔鎧機を作れる者は、どの国も喉から手が出るほど欲しい。自国の軍事強化……それが叶わぬなら、魔鎧機製造技術が他国に渡らないように排除。――少なくとも、幸福な人生など望めそうにない未来だ。
「……まるで見てきたように言うんですね」
「ん……?」
「いいえ、独り言です」
ユウラはどこか吹っ切れたような表情になる。
「慧太くん、これから一緒に酒を飲みませんか?」
「お酒? どうしたんだ、突然」
慧太は目を丸くした。ユウラが酒を飲もうと誘うなんて、これまで記憶にない。
「今は飲み明かしたい気分なんですよ。そしてもっとあなたと色々と話し合いたい」
友として。
その言葉に、慧太は笑みをこぼした。
「そう言われては、断る理由はないな」
元の世界では未成年だが――というのは、この世界で言うのは野暮か。リッケンシルト国の法律では、酒に年齢制限はない。……ただ強いて言えば、慧太は酒の味がわからないが。




