第三七五話、攻略後の場内
フォルトガング城は陥落した。
城門の開閉を握られ、最大の防御機能である城壁も無力化された魔人軍に勝ち目はなかった。
ウェントゥス・獣人同盟軍の戦死傷者は最低限。一方で魔人軍守備隊は壊滅した。……こういう攻城戦の場合、陥落したほうは早いうちに降伏したならともかく、天守閣あたりまでもつれると、大抵守備隊側は逃げ場がない上に抵抗するので全滅する。
この城の陥落によって、同盟軍は北方反攻の拠点を手に入れた。同時に、獣人らの森を守る盾でもある。魔人軍は、フォルトガング城を攻略しない限り、森に手を出すのが難しくなったのだ。
仮に城を無視して森に攻め込もうとすれば、制圧されたフォルトガング城から出てきた部隊によって挟撃されるリスクを背負うことになる。
魔人軍が再度、森に対して侵攻を企てた際、ワンアクション余計な手間をとらせる意味では、フォルトガング城は戦略に影響を与える存在である。盾ができたことで、獣人たちのウェントゥス軍への心象も少しよくなっただろう。
慧太は、ユウラたちに本城内に司令部を設置させると、自身はセラと共に城内の視察を行った。ちなみに、案内役はシノビ部隊の隊長を務めている影虎である。
その分身体は、三十代から四十代に見える、やや渋みのある顔立ちだ。黒い忍び装束をまとう、背の高い男の姿をしている。
本城の門を抜けると、庭を挟んで内側の城壁が見える。
だがその前に、本城入り口脇の石畳の敷かれたそこは野戦病院となっていた。攻略戦の際に負傷した者らが手当を受け、座り込み、また傷の深い者は横になっていた。
慧太たちの姿を見かけたウェントゥス軍の衛生士官が敬礼を寄越した。セラが口を開っく。
「何故、負傷者が外に?」
城の中の部屋を使えばいいのに、と暗に言えば、衛生士官――あくまで衛生兵としての役割を与えられただけで医者と呼べるレベルではない――は、事務的だが、穏やかな口調で答えた。
「まだ城内の清掃が終わっておりません。魔人兵らが使った後なので、どんな病原体が存在するかわかりませんので」
「要するに、傷口からヤバイものが入って怪我が悪化する可能性を避けたいということだろう」
慧太が後を引き継いだ。衛生士官は頷いた。
「ええ。まだざっと見ただけなのですが、ここの衛生環境があまりよろしくないようで。……おそらく見ていただければわかると思いますが、とても掃除しないまま使う気にはなれないような部屋ばかりですよ」
そうですか――セラは納得したようだった。負傷者たちを見やり、ふと呟く。
「獣人の怪我人が多いみたいですね」
「ジパングー兵は比較的軽傷者ばかりでした。深手を負った者は残念ですが戦死しましたので」
本当に戦死したのか、ジパングー兵=ウェントゥス兵については怪しいところではある。シェイプシフターの分身体である彼らは、物理的な攻撃で傷を負うことはない。ただ、まったく死傷者なしでは、周囲からその正体を怪しまれる可能性が高いから、嘘の死傷を演出している。
一方で、獣人兵たちの死傷者については本物である。
「とはいえ、戦死傷者の数が二桁で済んだのは幸いでした。普通の城攻めなら、三桁の損害が出てもおかしくありませんですから――」
衛生士官が言う横で、セラが深手を追って小さく呻いている山猫人の兵のそばに膝をつく。胸に巻かれた包帯は出血の影響で赤黒く染まっている。
「……しっかり」
銀髪のお姫様は、治癒魔法を使う。かざした手に柔らかな光が出て、苦悶の声を上げていた山猫人の呼吸が穏やかになる。
「助かります。なにぶん、我々には医者がいませんし、できることと言えば包帯を巻く程度の応急手当くらいしかできませんから」
衛生士官が慧太を見た。元より怪我人を演出していたウェントゥス兵である。医者の必要性は実のところ、これまでほぼなかった。だが、獣人兵が加わったこともあり、今後のことを考えると、本格的な医者を複数手配する必要も出てくるだろう。
「足りないのは、医者だけか?」
「包帯はあるのですが、薬や消毒などは足りません」
薬ね――慧太は首肯した。
「補給部門に手配させる――」
「おお、セラ姫、ケイタ殿」
少女の声。見れば、お供を連れた狐人の姫巫女、ラウラがやってきたところだった。
「手当てが必要な者たちがおるようだな。わらわたちも手伝うぞ」
「それは助かる。よろしく頼む」
「うむ」と頷いたラウラは、お供の巫女たちに怪我人の治療を告げると、慧太のそばへ。
「とは言うても、せいぜい軽度の怪我人に治癒術を施す程度ではあるがのう。致命傷を負った者は、助けられぬことも多い」
治癒魔法とは、身体の生命力に働きかけ、傷や病気からの再生を早める。だが即死してしまった者は助けられないし、生命力が弱っている者には効果が薄いという話を聞いたことがある。
「前線でできる治療なんて限界があるからな。仕方ないさ」
「ふむ……そちは、魔法が万能ではないことを知っておるのだのぅ」
ラウラは、しみじみとした口調になった。
「わらわは、姫巫女などと言われておる。多少、人より魔術の力があるが、別に奇跡の力を持っているわけではない。だが、過剰な期待を抱かれることもしばしばあってのぅ」
「魔法が使えない者から見れば、魔法使いは万能に見えるものさ」
「知らないが故、か。……はて、つい最近その件についてそちから教えを受けたばかりのような気もするが」
苦笑しながら、狐巫女の少女は、横たわる怪我人のもとへと向かう。隣で治癒魔法を行使している銀髪の騎士姫に声をかける。
「セラ姫、あまり力を使いすぎてはいかんぞ? そちが倒れたら事だからの」
・ ・ ・
負傷者たちの助けになりたい、とセラが言うので、ラウラや衛生兵たちに任せて、慧太は影虎と城の武器庫へと向かった。
シノビ部隊に与えた第二の任務、魔石銃関連物の確保、その結果報告のためである。
「魔人兵が持っていた魔石銃は、すべて偽物だったと聞いている」
開かれた武器庫の扉。見張りの兵に頷き、慧太は、影虎の後に続いた。
「その偽物銃は、君たちが入れ替えた」
「はい。魔人兵に銃を使わせないようにというご命令どおりに」
ウェントゥス・獣人同盟軍を迎え撃つために、武器庫にあった武器類はそのほとんどが持ち出されている。武器を置くラックや台だけが並んでいる倉庫は、少し物悲しさすら漂わせていた。
「銃を隠すか持ち出すか、というお話でしたが、隠してしまってはいらぬ騒動になると考えましたので、魔人兵には分身体を持たせました。こちらの味方を攻撃する際に爆発するように、と」
「連中は爆弾を持って配置についていたわけだ」
慧太が意地悪く苦笑すれば、影虎は表情を崩さず、首肯した。
「はい。戦闘中に爆発すれば、まわりの魔人兵にも被害や動揺を与えられますので、一石二鳥と考えました」
「ああ、さぞ驚いただろうな」
それで――慧太は、空っぽに近い武器庫を見回した。
「本物の魔石銃は?」
「奥に」
影虎は武器庫の奥へと進む。そして最深部の壁に触れると……ぐにゃりと壁が歪み、まるで広げられた布がまとまるように、影虎の手に集まる。壁だと思っていたとそれがなくなったことで、部屋の奥行きが五十センチほど広がった。
そこには魔石銃と、魔石の入った箱、装備ケースが山と積まれていた。
「ご覧の通り、魔石銃関係のものを部屋の奥に集め、部屋を狭めることで秘匿しました」
「なるほど。……しかし、魔人兵の中には、部屋が微妙に狭くなったことに違和感をおぼえた者はいたんだろうか」
「整備をする者が気づくかもしれないと考えましたので、室内の各武器棚を数センチ程度動かしてあります。棚の配置を全体的に狭くしましたので、あたかも元と配置が変わっていないように錯覚させられたと思います」
「よくやった」
慧太は、素直に影虎を褒めた。恐れ入ります――頭を下げるシノビ兵の隊長。
「魔石銃大小合わせて二〇〇丁。交換用魔石は四〇〇あります。これはあなたのものです、将軍」




