第三七四話、それぞれの肩書き
ウェントゥス・獣人同盟軍が、フォルトガング城に乗り込んでいくさまを、慧太は予備隊と共に見つめていた。
セラがいて、ユウラがいる。サターナにリアナ、キアハと護衛の兵たち、ラウラら数名の獣人たちと戦況を見守っているのだ。
「……見ているだけというのも、じれったいものがあるな」
慧太は口に出していた。
ウェントゥス傭兵軍の将軍――それまでは傭兵団の団長で、最初は冗談半分だった将軍という肩書き。それが今では正規のものとして扱われている。もっとも、誰かに任命されたわけでもないから、『自称』将軍というのも少々イタイのだが……。
これまでは前線で戦ってきた。セラに出会い、ライガネン王国まで護衛した道中は、人数が限られていたから、戦いとなれば即出番が回ってきた。
ウェントゥス傭兵団が傭兵軍となり、魔人軍と戦い始めてからも、ハイデン村解放、グスダブ城攻防戦、先の獣人の聖域防衛戦で前線にいた。
だがここにきて、分身体の数も増え、獣人という味方を得たことで、慧太が前に出て戦う必要性は減った。
将軍――その肩書きにふさわしい振る舞いを。
軍隊を率い、自ら考え、戦場を選び、命令を出していく立場だ。前線指揮官として戦術に没頭することなく、戦略や、その上の政治的な見方も求められる。
ウェントゥス傭兵軍において、慧太より上の者はいない。強いて言えば、セラだろうか。アルゲナムの姫である彼女は、正式には傭兵軍の一員ではない。だが王族であり、慧太は彼女のために戦っていることを思えば、その意思決定に強権を用いることが出来る立場にはあった。……もっとも、セラはそのようなことをしないが。
傭兵軍の傭兵隊長、いや将軍か――その立場上、前線で戦うこともあるだろう。だがあえて矢面に立たなければ部下がついてこない、ということがない以上、上級指揮官として後方で指揮に専念するべきかもしれない。特に、人数が増えてきた今、そして今後とも増えていくことを思えば。
とはいえ――
「ここにいてはわからないな」
「城攻めですから、仕方ありません」
そう、しれっと言ったのは副団長のユウラだ。傭兵団だった頃の肩書きを使っているから、少々違和感がある。が、副官では指揮官個人の雑用係になってしまうので、副隊長ないし副団長ということなのだろう。……副将軍、などと言ったら、思い切り白い目で見られたのは、ちょっとした裏話である。
「だが、ここでは何があっても判断の下しようがないだろう。前に出る」
「あなたが陣頭指揮をとるまでもないのでは?」
ユウラは、困ったものを見るような目になる。
「ガーズィは優秀ですよ」
「知ってる」
オレの分身体だからな――慧太は、口もとをゆがめた。
「だが何事も経験だと思うんだ、ユウラ。オレは本格的な攻城戦というのを経験していない」
「……なるほど」
ユウラは顎に手を当て、少しわざとらしく言った。
「あまり前に出過ぎないように。それなら許可します」
「おいおい、まさかオレの行動にあんたの許可がいるとは思わなかった」
「あなたはウェントゥス軍の指揮官。要なのです。失うわけにはいきません」
「……わかった」
慧太は肩をすくめて見せる。どこかで聞いた台詞だな、と思う。
「なら、丸腰で行こう。それなら間違っても前に出ることはないだろう」
「ケイタが行くなら、私も行くわ」
それまでじっとフォルトガング城を見つめていたセラが、顔を向けてきた。ユウラはギョッとした。
「え、セラさん……? あなたもできれば最前線に出られるのを控えていただきたいのですが」
アルゲナムの姫君である。リッケンシルトの魔人軍を駆逐した暁には、彼女の故国へと赴くのだ。その時に肝心のセラがいなくては意味がない。
「前に出なければいいんですよね、ユウラさん?」
小首をかしげて、悪戯っ子のような笑みを浮かべるセラ。ね、ケイタ、と同意を求めるように見つめられれば、慧太は苦笑するしかなかった。
「ああ、そうだな」
残っていろ、とは、さすがに今の慧太に言えた立場ではなかった。実際、ユウラに諭されたときの言い回しが、自分がセラに言っているそれと似ていたから余計に。
――オレがセラを守ろうと前線に出ないように言ってきたけど、その時々で、内心ムッとしていたんだろうな……。
自分が言われて初めて自覚することもあるということだ。いくら彼女のためとはいえ……。過保護なんて言われるわけだ。自分はセラの親かよ、みたいな。
もっとも表情や仕草で、何となくわかってはいたが。
「ちょっと前線近くまで言ってくるよ、ユウラ。予備隊が必要なら、伝令を出す」
アルフォンソ! ――慧太が呼べば、黒馬姿の分身体がやってくる。慧太は、ちらとセラを見た。
「一緒に乗るか?」
「……! う、うん……」
一瞬戸惑ったようなセラ。慧太はアルフォンソの背に乗り、セラを後ろに乗せた。
フォルトガング城へと駆ける。
その姿を見送りながら、サターナは腰に手を当てた。
「見せつけてくれるわよねぇ」
「あなたは行かないのですか」
ユウラが聞けば、サターナは意地悪く微笑した。
「そこまで無粋ではないわよ、ワタシは」
「わたしは行く」
そう言ったのはリアナだった。
「ケイタがいる戦場にはいると決めてる」
そう言い残すや否や、狐人の暗殺者はひとり駆けて行った。
・ ・ ・
「悪かったな、今まで」
城へと向かう道すがら、駆け足のアルフォンソを操りながら慧太は、すぐ後ろのセラに謝った。
慧太の背中が間近にあって、落ちないように身を寄せるべきか迷っているうちに――周囲の目というものがあるのだ――その慧太から声をかけられ、きょとんとしてしまう。
「いきなり、何……?」
「んー、何っていうか……その」
無理はさせたくない、とか、待っててくれ、とか、セラのためだと言って、当の本人にとっては不本意なことを何度も言ったこと。
セラは率先して戦場に赴こうとしている。それはリアナのような戦闘が好きで、ということは決してない。
白銀の勇者の末裔として恥じないように振る舞っている。人々の希望として先頭に立って戦う。決して怯まず、勇気をもって立ち向かう。……ただ勇者の血を引いている、というだけで。
「あなたは、私を心配してくれる。いつも、そう」
セラの声。
「私を勇者扱いしない。私を守ってくれる……正直言うと、嬉しい」
だけど――
「あなたに全部頼ってしまいそうで……全部押しつけてしまいそうな自分がいて、それが嫌になるの」
ふと、背中に触れるような感覚。前にいる慧太には一瞬何かわからなかった。
「セラ……?」
「……失敗した」
何が?
「本当はあなたの背中に身体を寄せようと思ったんだけど……」
「寄せたほうがよくないか? 落ちるぞ?」
「できないわよ! みんなの目のあるところで……そんな、恥ずかしいこと」
ウェントゥス軍の将軍とアルゲナムの姫が相乗りしてくっついているなんて――
「あー……確かに、これから戦場行きますって感じじゃないなぁ。悪い」
慧太は再度詫びた。周囲の視線について、もう少し気を使うべきだった。真面目に戦っている兵たちの殺伐とした状況を考えれば、あまりよろしくなかったかもしれない。
やがて、フォルトガング城の城門に達した。門の脇に陣取るはティシアの魔鎧機ネメジアルマ。まるで巨人のように控えるその姿は何とも頼もしい。数名のウェントゥス兵が警戒配置についていて、慧太たちがやってくるのを見ると、すかさず分隊長が敬礼した。
『将軍!』
「通らせてもらうぞ」
騎乗したまま慧太が言えば、分隊長は頷いた。
『どうぞ。内側城門は右手、奥になります。先ほど、先発隊が突破したと報せがありました』
「わかった、ご苦労」
『お気をつけて』
兵たちに見送られ、慧太はセラを乗せたままアルフォンソを城の奥へと向かわせた。




