第三七二話、専用魔鎧機
それを知らされたのは、つい先日のことだ。
シノビ部隊が最初の潜入を行っている頃、ウェントゥス軍本営で、フォルトガング城攻略のための作戦を練っていた。
正面からの城攻めの際、城壁の上から敵兵が雨霰と浴びせてくる弓矢などからが第一の障害となる。城壁という高低差は、下からの射撃を難しくさせ、通常の攻めでは攻撃側に少なくない被害を与えるのだ。
サターナ、アスモディアは空から城壁上の敵を攻撃する案を提唱した。元魔人軍の将軍である彼女たちの第三軍(旧第一軍)、第五軍では、竜騎兵隊を保有していた。シェイプシフターによる飛竜への変身は、それら竜騎兵隊としての行動も可能としている。
が、慧太自身は、その案に消極的だった。
それというのも、シェイプシフターの火に弱いという弱点に起因する。敵が普通に矢で迎え撃っている間は、シェイプシフター飛竜は、実際の竜同様、無敵に近い耐久性を誇る。だが、ひとたび火矢や魔法などで応戦されたら、それまでの堅さが嘘のようにやられてしまう。
もちろん、敵もその弱点は知らないが、通常の矢が効かないなら火矢なら、と思いつきで用いた一発が直撃した場合、面倒なことになる。あっけなく落ちる飛竜を見て、『敵の使う竜は火に弱い!』と、魔人軍に知れ渡るのが何より厄介だった。……一度露呈した弱点は、以後徹底される。そうなると次から作戦に投じるのが難しくなってしまう。
利点のひとつ――しかも空から攻撃できるという捨てるに惜しい手が潰されるのも痛手だが、最悪なのは、そこからシェイプシフターの軍勢だとバレてしまうことであろう。
故に、空からの飛竜による攻撃は魅力的であるが、敵に看破される率が少ない状況や戦場で用いるべきだと慧太は考える。
「慎重すぎない?」
アスモディアは言ったが、それに対する慧太の答えは。
「臆病なくらい慎重なほうがいい」
慢心、過信は身を滅ぼすのだ。切り札を切り札足りえるために、タイミングは見定めなくてはならない。
「城の設備の破壊は最小限にするというのがネックよね」
サターナは言った。
「それがなければ、魔鎧機に援護させればいいもの。ティシアのネメジアルマは、完全に近接仕様だから城攻めには向いていないけれど、味方の盾にはなるし、アウロラのグラスラファルは氷柱を投射できるから、取り回しのいい投石器代わりになる」
「投石器というより大砲ですね」
ユウラが口を挟んだ。
「セラさんのスアールカも光槍砲を持っているのですが……ちょっと威力があり過ぎますね。グラスラファルもそうですが、城壁への被害も馬鹿に出来ない」
「あれも駄目これも駄目というのは、よくないわ」
珍しくサターナが批判げに慧太を見た。
「肝心なのは、敵には最大、味方には最小のダメージで済ませること。制約をもたせて、味方の犠牲を増やすべきではないわ」
少なくとも使える手があるのなら――黒髪の少女はそう付け加えた。
空から城壁を叩くのが一番手っ取り早いがそれでいいのか。慧太は思案する。使える手があるのなら――その言葉に、視線を青髪の魔術師へと向ける。
「ユウラ……」
あんたの魔法でひとつ――それは半ば冗談にも近い思いだった。彼は、自分の魔法が必要以上に利用されるのを嫌う。いつもの如く、軽くお断りされるのがオチだと思った。
ところが――
「やれやれ、あなたは食えない人だ」
ユウラは軽くため息をついた。
「あれも駄目これも駄目で、こちらの手札を引き出そうとする……仕方ありませんね」
いったい何の話だ? 慧太は黙って彼の言葉を待った。どうやら、出てくる案を没にしている理由が、ユウラの手段を引き出すためと、勘違いされたようだ。だが、あの口ぶりでは何か名案があるようだ。
「魔鎧機を使いましょう。実は、皆さんに秘密にしていたのですが、先日、新型の魔鎧機をひとつ、古代魔術を用いて完成しました」
さらりとユウラは告げた。だが天幕内を駆け抜けたその発言は、まるで嵐のような衝撃を吹き荒れさせた。
「新型――」
「魔鎧機……!?」
この場で驚かなかったのは、ユウラとアスモディアだけだった。サターナは目を丸くした。
「いつの間に……というか魔鎧機を作るなんて、あなたはいったい――」
「古代魔術の研究者ですよ」
彼は涼しい顔でそう答えた。
それが、製作された魔鎧機中、最新鋭の機体となる魔鎧機『アレーニェ』が白日の下にさらされた日でもあった。
・ ・ ・
魔鎧機アレーニェは、ユウラの最新作だ。
レリエンディールにも魔鎧機は存在するが、それらと比べるまでもなく、一番新しい機体であるとアスモディアは思っている。……いまいち断言できないのは、第四軍のベルフェ・ド・ゴールが独自に魔鎧機を作り上げているのではないか、という思いがあるからだ。
ちなみに、レリエンディール国内の魔鎧機と言えば貴族でも由緒正しい家系の者が稀に所有している。ただしこれは古い時代の遺産だ。かつての魔王が作り上げたモノが大半であり、家宝の如き扱いである。
当然、七大貴族の家系でもそれぞれ当主が引き継ぐ形で魔鎧機を所有している。……なので、すでに当主である先のベルフェは実は専用魔鎧機持ちだ。一方、当主ではないサターナやアスモディアは持っていない。
人間たち――アルトヴュー王国では、鎧機という魔鎧機もどきを製作していたが、純正の魔鎧については、ほぼ全てがかつて存在していたものの発掘品だ。ティシアのネメジアルマ、アウロラのグラスラファルも、純正品かそれの再現品と思われる。
アレーニェは、漆黒の騎士めいた外見だが、腰部のパーツが異様に大きい。これは脚部の可変機能の影響だ。
通常形態では二脚だが、腰部から脚部にかけての可変により六脚型となる。六脚型形態では二脚型よりも移動速度が速くなる上に、ほぼ垂直の壁すら駆け上がる。
武器は、穂先に高熱を纏わすヒート・グレイブことクロ・シャルールと、打撃武器と投射武器を兼ねた尻尾型兵装のフラム・クー。さらに脚部の隠し武器としてシス・ランスと呼ばれる小型刃を六本仕込んでいる。
いま、アレーニェはウェントゥス軍の先鋒として、フォルトガング城を襲撃していた。
城壁上の通路、歩廊を器用に六本の足で移動し、クロ・シャルールで敵兵をなぎ払い、城壁下の庭に集まる敵兵たちをフラム・クーの炎で焼き払っていた。全身を炎で炙られ、のたうつ兵士たち。
――いいわ、この尻尾! よく動く!
操者であるアスモディアは歓喜に震えていた。この機体を完全に扱いこなすには、純粋な人種では不可能だろう。何よりこの尻尾を動かすと言う感覚は、同じく尻尾を持つ者にしかわからない。
武器といいフォルムといい、アレーニェは、完全にアスモディア専用に作られている。時々、ユウラが陣地を抜け出して魔石を作っていたのは、魔鎧機を完成させるためだった。
レリエンディールにいた頃、当主専用である魔鎧機を動かしてみたいと思っていたことがあるアスモディアである。おそらくその可能性は低いと半ば諦めていたが、ここにこうして『自分専用に作られた』魔鎧機を与えられ、それを使えることに、彼女の胸は大きく弾んだ。
――家のお古などいらない。わたくしには、敬愛するマスターから授かった、このアレーニェがある!
アレーニェ頭部、兜の目にあたる位置にある溝で単眼が赤く光る。魔人兵がクロスボウや銃を手に駆けて来るのが見える。
――銃は使わせないように、シノビ部隊が細工したのではなくって?
その銃を持っている兵たちの姿に、しくじったのかとアスモディアは舌打ちしたい気分だった。フラム・クーでまとめてなぎ払ってしまえば簡単なのだが、あの銃は無傷で手に入れたいのではなかったかしら……?
クロスボウや弓を持つ魔人兵が矢を放ってくる。だがアスモディアのアレーニェは逃げもかわしもしない。矢程度の攻撃、魔鎧機の装甲を貫くことは不可能だ。
『……ん?』
唐突に、魔人兵の中で爆発が起きた。こちらは攻撃していないのだが、見れば、魔人兵たちの集団の中で、小さな爆発がいくつか起きている。
味方の攻撃が始まった――にしては、ウェントゥス軍主力は城門のある東南側から侵攻する手はず。アレーニェのいる北西側には友軍はいない。
――ひょっとしたら、シノビ部隊……?
アスモディアは迫る敵兵を灼熱の槍で溶かしながら、様子を見やる。すると魔石銃を構え、今にも撃とうとした兵士が爆発で吹き飛ぶのが見えた。
まるで、銃が暴発したような感じだ。……ああ、これはひょっとして――
アスモディアは察した。
魔人兵が持っている魔石銃――それは本物ではなく、シノビ部隊が変身できる分身体の身体を利用して作り出した偽物。使おうとした瞬間、手榴弾の如く爆発するようになっているのだろう。
――エグイことするわね、シノビ部隊も。
苦笑するアスモディア。その時、城の向こう側が明るくなり始める。日の出が近い。そしてそれは、ウェントゥス軍本隊の進撃開始の合図。




