第三七一話、アレーニェ
シノビ部隊は、魔人軍にその存在に気づかれることなく、ウェントゥス軍本隊に帰還した。
本営天幕内で、シノビ部隊の代表二名が、慧太ら幹部に城の情報を報告した。その際、彼らは漆黒のニンジャ装束姿で、ユウラやアスモディアなどのこの世界の人間たちには不思議な格好に映った。
報告を受けた慧太は、満足げに頷くと、シノビ兵に問うた。
城門の開閉室を制圧した後、友軍が突入するまでの間の防衛と、武器庫に保管されている魔石銃を、敵兵に使わせないように手に入れることは可能か否か。
シノビ兵は少し考えた後、頷いた。
『どちらも可能です』
よどみない返事だった。その状況にあった時、どう対応すれば任務を果たせるか、頭の中に案があるのだろう。
「では、フォルトガング城攻略を始めよう」
シノビ部隊は、再びフォルトガング城へと戻った。今回は潜入のみならず、工作が主任務となる。
第一に、城門開閉装置のある開閉室を制圧し、慧太たちウェントゥス軍が城門に突入するまでの間、門を閉じられないようにしておくこと。
第二に、武器庫内にある魔石銃関連装備の確保。味方が到着するまでに隠しておく、あるいは城外に持ち出してもいい。とにかく、魔人兵に銃を使わせないと同時に、無傷で手に入れるのである。
第三、可能なら城の要所に爆発物を仕掛けて、ウェントゥス軍攻撃時に、配置に付く敵兵の行動を妨害する。防衛体制が不十分ならば、ウェントゥス軍本隊の損害も軽減される。
シノビ部隊が、城内に潜入を果たして半日、慧太たち主力部隊が、フォルトガング城正面地域へと到達した。
魔人兵の警戒網をかわしようがないため、すぐさま警報が城内に響き、兵たちは臨戦態勢へと移行した。
武器庫から武器が出され、魔人兵たちにそれぞれ行き渡らせ、また配置につく。いつウェントゥス軍が攻めてきても迎え撃てるように、城壁上の歩廊にも弓や魔石銃などの投射武器を持った兵たちが整列した。
一方のウェントゥス・獣人同盟軍は、城門のある東南側の正面に部隊を展開させた。
包囲はしなかった。兵の数から考えても、どうせ薄い包囲しかできない。仮に、魔人兵が打って出てきた場合、それでは各個撃破されるだけである。……いや、実際、城から出てきてくれれば、こちらは平地に強い魔鎧機があるから、普通に城攻めするよりも楽ではあるが。
・ ・ ・
城に立て篭もる魔人軍守備隊と、ウェントゥス・獣人同盟軍の間でにらみ合いが起きる。
果たして短期決戦か、長期戦か――守備隊司令は、敵として現れたウェントゥス軍の出方を窺う。
充分な兵力を持って包囲するなら、長期戦の可能性が高くなるが、今のところ、相手軍は正面に陣取っているのみ。……これは城内の守備隊を外に引きずり出しての野戦が狙いなのかもしれない。
そもそも、このふってわいて出た軍団は何者なのか? 人間と獣人の混成軍のようだが、この正面の連中で全てなのか? 他にも部隊がいて、合流するのを待つ先遣隊なのか。魔人軍には敵軍の情報がほとんどないため、守備隊司令は思案に暮れた。
部下の意見は割れた。
敵が先遣隊ならば合流される前に野戦を仕掛けて蹴散らすべきだ、という攻勢案。
いや、ここは後方に敵の存在を知らせ、援軍を待つべきだ、という持久案。
とりあえず、守備隊側は、王都や北部域後方司令部宛てに、『敵対勢力による侵攻を受ける』の報告を伝令に託した。
守備隊司令部の会議は紛糾したが、この日は現状維持に留まり翌日に結論は持ち越しとなった。
この点、フォルトガング城守備隊司令は慎重派だった。血の気の多い種族の司令であったなら、迷わず野戦を仕掛けていたかもしれない。
かくて、夜を迎える。
正面のウェントゥス・獣人同盟軍に動きはなかった。夜がふけ、明け方が迫る頃になって、城門とは反対側に位置する北西側城壁で動きがあった。
それは守備隊側には、まったくの予想外の事態だった。
異形の化け物が、フォルトガング城、外側の城壁を襲撃したのである。
・ ・ ・
城壁見張り塔の兵が、その接近を告げた時、北西側城壁を監視する部隊に緊張が走った。 敵軍は東南側に陣取っている一隊のみ。
ゆえにこちらには監視部隊を含めた最小限の兵しか配置されていない。
『……? なんだ、あれ……?』
夜目が効く兵が思わず口に出す。
それは、『異形の化け物』というしかない不思議な形状をしていた。
漆黒の大型の物体――なにやら複数の足を持つそれが、平原をシャカシャカ――いや、ガシャガシャと動いている。そこそこ重量のあるモノらしく、地面に足の先端を食い込ませながら進んでいるさまは、巨大なサソリや蜘蛛を思わせる。
だが、何より異形なのは、その足の生えた部位、下半身の中央に人型を思わせる上半身が存在したことだ。
漆黒の甲冑をまとった騎士のような上半身と、蜘蛛の下半身を持つ異形。その高さは巨人兵とさほど変わらないといえば、いかに大型であるかわかる。
が、結局、それが何なのかわからない。
強いて言えば、希少種であるアリニャに似ているが、ここまで大きな者はいない。
『……味方、なのか? それとも敵……?』
人間と獣人たちの中に、あれが味方として存在するのか? どちらかといえば魔人軍寄りな姿だ。では友軍の秘密兵器か何かなのか?
『警戒! 正体不明、城壁に接近!』
見張り塔の兵が怒鳴る。敵味方の識別すらままならないまま、その異形は城壁めがけて突っ込んでくる。……ひょっとして、このまま城壁に激突なんてことは――
『ぶ、ぶつかる……!?』
だがこっちは十メートル超えの城壁。ぶつかったらただではすまないのは、向こうのほうでは……。
その異形は城壁に激突すると思いきや、なんと先頭の足を壁にめり込ませたかと思うと、あろうことか垂直の城壁を登ってきた。
『なっ……!?』
ガシガシと六本の足で城壁を登るのに、三秒と掛からなかった。その異形の化け物は金属の装甲に包まれた機械の騎士。
城壁歩廊に達すると、右手に現れた紅蓮の槍を振るった。超高熱の穂先が魔人兵をなぎ払い溶かし、吹き飛ばした。
『て、敵襲!! 敵襲ッ!』
見張り塔で、味方兵がやられるのを目撃した兵は、警報を鳴らす。
すると異形の化け物――それまで見えなかった部位、尻尾をうねらせる。
それは不思議な形をしていた。尻尾なのに、先端が太くなっているのだ。まるで尻尾の先に棍棒がついているような形だ。その先端が、見張り塔に向くと、次の瞬間、その先端から火柱が迸った。
闇夜の下、赤く照らす炎の柱が見張り塔を飲み込み、兵士もろとも燃やし尽くす。
『……あはははっ』
異形の化け物、その騎士のフォルムを持つ上半身から、拡声器ごしに艶やかな女の声が漏れた。それは魔人兵にとって、どこかで聞いたことがある声だったかもしれない。
『さすがはマスターの造りし、魔鎧! 素晴らしいわ!』
アスモディア・カペル。元レリエンディール軍第五軍指揮官。七大貴族、カペル家の娘にして、現、ユウラ・ワーベルタの使役する召喚奴隷。
『このアレーニェ、使いこなして見せるわ!』
魔鎧機アレーニェ。それが異形の正体。
フラム・クー――『アレーニェ』の尻尾に相当する部位の先から炎が噴き出し、歩廊の右手塔から現れた魔人兵の増援を焼き払う。
サソリの尻尾めいた棍棒砲フラム・クーは、実際のサソリの尾と違い、稼動範囲が広く、先端の砲口を全周に向けることができた。
『さあ、わたくしはここよ!』
アレーニェに乗り込むアスモディアは笑みを浮かべた。
『この姿を見せてあげるのだから、どんどんやってきなさいっ!』




