第三七〇話、シノビ部隊
忍ぶ者、と書いて忍者。
慧太が新たに編成した、特殊工作部隊(仮)は、シノビ部隊と呼称された。
彼らは『影』であり、形を持たない。
変幻自在のシェイプシフター――それを体現した部隊である。
シノビ部隊の構成員は、一〇名のシェイプシフターの分身体からなる。
まさに少数精鋭……なのだが、敵地での潜入、工作のために他の分身体に比べてその身体の容量が四倍ほどとなっていた。
これはどういうことかというと、一般的なウェントゥス兵(分身体)の四倍、つまり、必要な時、一人が最大四人に増え、十人のシノビ部隊は最大四〇名に増えることができるのだ。
今のは単純な例だが、消耗品である仕掛け爆弾などを分離する際、個々の容量の多さが、そのまま多くの爆弾を分離、構成することができることを意味する。つまり、捕食を行って容量を増やさずとも、通常の分身体に比べ、様々な活動を不足なく、長い時間行うことができるのである。
慧太からの命令を受けたシノビ部隊は、魔人軍支配下のフォルトガング城への潜入を開始した。
彼らは闇に紛れ、音もなく、林を越え、丘を越え、城の周囲へと迫った。
途中、魔人軍の長距離斥候を目撃した。もちろん、その目に捉まることもなく、すり抜けた。
本来、敵の斥候を目撃したら排除するものだ。敵に味方の情報を持って帰らせないために。戦争における情報は戦局に影響する。
だがシノビ部隊は、その場での排除はしなかった。
基本的に、潜入作戦における彼らの役目は、無意味な殺生を避けること。避けられない戦闘は行うが、避けられる戦闘はしない。潜入作戦における最上は、潜入を悟らせないこと。敵兵一人の殺害、行方不明が相手にもたらす騒動は、警戒心を生み、工作を難しくする。
とはいえ、何もせず見逃さなかった。
シノビ部隊の工作員は、すれ違った魔人斥候に、小分身体を貼り付けたのだ。斥候が何の情報も持ち帰らなければ、そのまま放置。もしウェントゥス軍にとって不利になるような重要情報を発見、持ち帰る際は工作員の役割云々関係なく小分身体が斥候を始末する。
やがてシノビ部隊は、フォルトガング城に到達した。
リッケンシルト国の城というのはどこも無骨だ、と第一印象を抱く。王都のハイムヴァー宮殿は優雅さがあったが、ザームトーアにしろグスダブにしろ、戦うための城という堅牢さに満ちていて、見た目の優雅さや芸術的なという風情に欠けている傾向にあった。
城の周りには深さ三メートル、幅五メートルほどの空堀がある。
――外側城壁の高さは約十メートル……。堀の深さも合わさってより高くなっているわけか。
水がない堀であるが、長梯子を使って城壁を越えるのは難儀しそうな地形だ。
シノビ兵は空堀に入り、道具も何もなしでスイスイと登る。城壁をしばらく調べた後、それぞれ侵入を開始した。ザームトーア城でも、その他の拠点でもやってきたように、隙間さえあれば入り込むことが可能だ。
城壁内、内部の構造を見て回る。魔人兵が徘徊し、生活するその中、影となり、形を変え、シノビたちは慎重に、時に大胆に進む。
――城門は二重。さらに落とし格子が一枚。……この上の二階が門の開閉室か。
城壁周辺を捜索する。兵たちの詰め所や居住区――
『最近、盛りが少ないと思わないか?』
『オレは飯の不味さのほうが嫌になるね。……獣人どものいる森へ行きたいなぁ。そっちだと新鮮な肉が喰えるんだろう?』
『そういって出てったボル大隊の連中は全滅したぜ』
地下牢や調理場、馬小屋に厠、食糧貯蔵庫――
『……何か臭わないか?』
『そうか? ……保存食が腐り始めているんじゃないか、お前、鼻がいいからな』
『この貯蔵庫も広くなってきたなぁ』
『ぜんぶ冬が悪いんだ……』
魔人兵たちの会話に耳を澄ましつつ、なおも進む。
女を抱きたいとか、リッケンシルトの冬が寒いとか、そういった雑談をちょくちょく耳にした。だが話のネタで多かったのは、大樹の森への遠征関連と、食糧の話だった。
潜入調査は続く。中庭の広さから、内側の城壁の高さ、本城の侵入口たる門が三枚の扉で守られているのを確認。衛兵らを尻目に、隙間からさらに内部へ。
シノビ部隊によって、フォルトガング城の構造や配置が丸裸になっていく。
――武器庫……。
任務のひとつである魔石銃の確認を込めて、鍵の掛かった入り口――その隙間から内部へ入り込む。
……正直に言えば、形を変えられるシェイプシフターはその場で合鍵を作ることも容易い。が、鍵を解除した、扉を開けたという痕跡を残さないことを考えれば、隙間から入り込むほうが楽である。
ちなみに入るときは、わざわざ壁に張り付いてから、扉の上側の隙間から入る。……下は埃や砂で何かが通った痕跡が残りやすいからだ。よく見なければわからない些細な変化でも、気づく奴は気づいてしまうのである。扉の下は見ても上を見る奴の数は、ほとんどいない。
なお上から入るときの最大の敵は、蜘蛛の巣だったりする。
武器庫のなかは、ひんやりとした空気に満たされていた。中には無数の槍や剣が、それぞれの武器ごとに壁一面や仕切りに並べられている。また盾が複数、まるでシールドウォールを形成するかのように数列置かれていて、全体の密集感が半端なかった。見渡す限りの、武器、武器、武器――
シノビ兵は武器で満たされた室内を進む。手狭な印象は圧倒的数の武器によるもので部屋自体は大きく広い。
そして、目的の魔石銃を見つけた。
大樹の森の魔人兵が持っていたマスケット型――形が似ているからそう呼んでいるだけで正式名称ではない――が無数に立てかけてある。よく見ると、魔石ははずされている。つまり使うためには、別に置かれている魔石を取り付ける必要がある。例えば奇襲されて、慌てて武器庫から魔石銃を持ち出そうとしても、すぐに使えないということだ。
――魔石はどこだ?
即応という意味でも、できれば近くに置いておきたいはずだ。まさか別の部屋に保管されていて、双方から持ち出さないと使えないというのでは、魔人兵としても困るだろう。……それとも一緒に置いておけない何か理由があるのか。
探しているうちに、マスケット型の他に、銃身の短いタイプの魔石銃が十数単位で入った箱を見つけた。拳銃というにはやや銃身が長いが、片手で持って使うことができる代物だ。マスケット型に比べたら携帯しやすい。
――こういうのもあるのか……。
これなら持ち出せるか? いや、定期的に在庫確認をしていると数が足りないとひと騒動起きるだろう。そこから武器庫の警戒強化や、銃の保管場所の移動が起きると面倒ではある。
痕跡は残さず……だが、これは持ち帰るべき情報のひとつである。
シノビ兵は、短銃身型の魔石銃をひとつ回収する。そして一度、自身の身体に取り込み、すぐに戻した。……これで形は覚えた。
一瞬持ち帰ろうかと考えたが、そもそもこの銃をもって隙間を通過できないことに気づいたのだ。今回は『こういうのもある』というのを、情報のひとつとして持ち帰ろう。
――それはそれとして……魔石はどこにある。
シノビ兵は武器庫内の捜索を続けた。
やがて、彼は頑丈な金属製の箱の中に鍵付きで保管された魔石を発見するのである。




