第三六六話、敵意の理由
旧魔人軍陣地本部天幕。
慧太は、狐人と狼人、双方の代表者から話を聞いた。互いにどういう感情を持っているのか、という種族間の対立の原因を探るためにだ。
積もり積もった恨みや敵意が、すぐに氷解するとは思ってはいないが、対立の原因は間違いなくそこにある。
狐人いわく――狼人は集団で行動し、縄張りを荒らし、数の優位を用いて、食糧の強奪や殺人を行う。集団暴力は単独行動している狐人だけに留まらず、小さな集落にも及ぶこともある。また遊び半分で誘拐を行い、惨殺に及ぶ者がいる。
狼人の意見――狐人は非常に狡賢く、縄張り内の獲物を掻っ攫っていく。また彼らは弓や罠の扱いに長け、こちらを挑発したり、隙あらば殺しに来る。非常に厄介なハンターである。また通り道に嫌がらせの罠や、集落の放火などをしていく。
「うわぁ……」
思わず声に出てしまった。
なるほどこれは互いに敵視しているわけだ。片方の言い分だけ聞いていたら、もう片方が悪党だと決め付けてしまいそうなほど、酷い話だった。
「とりあえず、縄張りが被っているのはわかった」
互いに縄張りを主張し、その縄張りを互いの尊重していない。いや、ひょっとしたら双方が互いのどこまでが相手の縄張りなのかわかっていないのかもしれない。慧太がいた元の世界でも、領土がー、領海がー、などともめているのは多々あったが、それと同じだ。
自分のテリトリーだと思っている場所の、食糧ないし獲物を、勝手に持っていかれたら、それは怒るだろう。人の育てた畑から、作物を勝手に持って行く奴など泥棒であるのと同様だ。
試しに何を食べているのか、という質問をぶつけたら、肉食の狼人に対し、雑食の狐人のほうがバリエーションは豊かだった。
ただ気になったのは、雑食ゆえに肉も食べる狐人の食肉範囲が、見事に狼人のそれと被っていたことだ。
――獲物を掻っ攫うって、そういうことかー……。
元々の狐は、肉を食べるといっても小型の動物しか取らない。だが狐人は、弓の扱いにも長け、優れた狩人であるために、より大型の――狼人らが好む鹿などの動物も狩って食べるのである。
狐人は、色々食べられるからいいが、バリエーションが少ない狼人にとっては結構重要な問題である。
食べ物がバラければ取り合うこともなくなる、という単純なものではない。
人間だって食べる範囲は広いし、多くの部分で他の種族と競合している。つまり、獣人同士に食べるもの云々と説く資格は、人間にはないということだ。
ヴルトの話で何度か出てきた『罠』という単語も何げに、狐人へのヘイトを高めているのを感じた。
テリトリーを無視して罠などを仕掛けたら、そりゃ引っ掛けられて痛い目を見る狼人も多かっただろう。それが単に獲物をとるためだったとしても、あまりに多ければ狐人による狼人への攻撃では、と受け取られても仕方がない。
「ところで、何で狐人も狼人も互いに殺しあうんだ?」
聞けば、どちらも相手の集落を襲ったりしているという。何故だ?
これに対するラウラの答えは、「狼人が仕掛けてくるから報復だろう」と答えた。
一方のヴルトは「荒らされたテリトリーで奪われたモノを取り返すための報復でしょう」と、こちらも報復と告げた。
……長年の対立は、もはやどっちが先に仕掛けたとか、それを問うだけ無駄ということなのだろう。
互いが相手がやったから仕返ししたと言う。過激な報復も、相手がそうするからやった、と自己の正当化に向かうようだ。
「狼人の誘拐というのは?」
略奪というのは、まあ食糧に窮してという見当もつく。だが誘拐というのは――
「これも報復の一環、だとは思いますが、一部のはぐれ者や犯罪者がやっていることについてまでは、さすがにわかりかねますが」
ヴルトは眉をひそめるのである。確かに、人間だって強盗や殺人、誘拐をする手合いもいる。盗賊となって旅人や村人を襲う者もいれば、傭兵団としての略奪行為などもある。そういう輩のすることが、人間の総意でもないし、狼人だから、そういうことをする、というわけでもない。
「狐人にも人狩りする奴がいると聞いたことがありますが?」
ヴルトは、挑むようにラウラを見やる。
「……そういう異常者がいるのは、どこの種族にでもいるだろうよ。そちの言葉ではないが、わらわたちとて、全てを知るところではない」
慧太は小さく息をついた。
「ヴルト、君のグループの中で、狐人に殺意を抱いている奴はいるか?」
「人狩りをする奴なら、誰と言わずおれでも殺してやりますが、そうでないなら、仕掛けられない限りはいないと思います」
狼人リーダーの、遠まわしの嫌味に、ラウラは顔を引きつらせる。
「あの騒動のあとではあるので、まあ相手を叩きのめしてやりたい、と思っているものはいるかもしれません。なので、揉め事となったら、つい殺してしまうこともあるかと」
血の気が多いですから、と狼人は言った。
慧太は、ラウラへと視線を向けた。
「狐人のほうは?」
「個人の考えていることについてまではわからぬが、少なくとも狼から仕掛けられない限りは、殺そうなどとは思わぬだろう」
嫌味に対する嫌味返しか。仕掛けられない限りは、という言葉を強調するラウラ。
なるほど、と慧太はそこで初めて笑みを浮かべた。
「つまり、お互いに攻撃されなれければ流血沙汰は避けられるということで一致しているわけだ。よかったよかった」
「よかった、の……?」
セラが不思議そうな顔をする。ラウラとヴルトも同じだ。
「そういうことなら、オレが言うべきことは一つしかない。仲良くはしなくていい。でも喧嘩はするな。闇討ち、殺人などの惨事が起きた場合は、種族問わず追及し、犯人には厳罰を持って対処する。これは狼、狐の両種族だけではなく、他の種族、人間も対象である……ということで全員にそれぞれ伝えてくれ」
「わかりました」
「了解です」
ガーズィとレーヴァは頷いた。
ラウラはポカンとした表情で慧太を見やる。
「それでいいのか……?」
「というと?」
慧太は席を立ちかける。
「いや、その……もっと狐と狼のあいだでの問題を話し合って、解決策を模索するものだと思っておったが――」
「それは狐人と狼人が双方話し合って決めることじゃないのか?」
慧太は淡々と告げた。それは他の種族がどうこう口出しするものではない。
「オレはただ、何が原因か知りたかっただけだ。味方同士で揉めて欲しくないからな」
正直に言えば、狐人と狼人の問題をどうこうできるとは思っていない。少し話し合った程度で、長年の問題が解決するわけがないのだ。
「肝心なのは、これまでではなく、これからだろう? 違うか?」
「お言葉ですが、ボス」
ヴルトが難しい顔でやってきた。
「もし親や家族の仇と手を組めと言われたら……あなただって穏やかではいられんでしょう?」
狼人は恨みを忘れない。これから共同戦線を張るといっても、過去のことを簡単に水に流すなどできるのか――
「ああ、確かに、それは面白くないな」
慧太は素直だった。
「だが、必要ならそうする。そうしなければ果たせないのであれば」
仇と言えども手を組むしか他に方法がないのなら、嫌でも組むしかないのではないか。
ヴルトは一瞬、天を仰いだ。
「……確かに」
自分たちだってそうだ。魔人軍と戦うために、本来なら組むはずがないと思っていた人間と――慧太たちと協力している。
「しかし、仲間たちをなだめるのが大変そうだ」
青灰色の毛を持つ狼人は言った。どうやら前向きに応じようとしているようだった。それなら――慧太は頷いた。
「なら、こう言え。過去に狐人との間には色々あったが、君たちに害を与えた狐人はここにはいない。やられてもいない相手に恨みを抱くのは狼人の流儀じゃないと」
「……ボスにはかないませんな」
ヴルトは苦笑した。慧太は狼人の肩を叩いた。
「他の者たちにも個別で話をするとしようか。過去はどうあれ、いまの敵は魔人軍だろう。……ラウラも、それでいいな?」
「そちは前向きよのぅ」
今度はラウラが苦笑する番だった。
「いま何が必要か……。聖域を守り、森を守り、魔人どもを追い出すこと。それ以外のことは些細なことよ。……よかろう。同行する同族にもそれを徹底させよう」
狐人の少女は、狼人に歩み寄った。
「過去に色々あったし、個人的にも思うところはあるが、そちとその仲間にそれをぶつけるのは無粋というものよ。ひとつ、わらわたちだけでも手を取り合うとするかのぅ、ヴルト殿」




