第三六二話、魔法銃
獣人同盟とウェントゥス傭兵軍の間で、軍事同盟が結ばれた。
曰く、獣人らの聖域を守り、リッケンシルト国から魔人軍の脅威が去るまで共に協力することを約束したのだ。
もっとも、獣人も一枚岩ではない。聖域と森を守護することについては一致を見たものの、人間と共闘するかについては、否定的な者もいた。種族間の考え方や関係が、この手の問題を複雑化させたが、狐人の代表を兼ねる姫巫女のラウラが今回の同盟締結を主導した。……どうやら姫巫女というのは、それらの種族関係より上位の力を持つ存在のようだった。
姫巫女様がそうおっしゃるのであれば――それが獣人代表らの集う会議での意思決定前の最後の言葉だったという。
一方、慧太たちは、大樹の森にほど近い魔人軍拠点への攻撃計画を練り始めていた。北部戦線の展開――これまで行ってきたエサ箱作戦のような、占領した集落を魔人兵に化けさせた兵で固めるという擬装はしない。
本格的な軍事衝突。
リッケンシルト駐屯軍に、東南部のリッケンシルト残党軍、北部の獣人同盟、ふたつの戦線を持ってその戦力を二分してもらわなくてはならないのだ。故に、北部ではより派手に戦闘を繰り広げてやるつもりである。
そんな中、進攻計画とは別に、慧太たちは、魔人軍から鹵獲した兵器の検証を行っていた。
例の光弾を発射する武器――魔石銃である。
大樹の森内、ウェントゥス軍野戦陣地に、慧太たちの姿があった。
本部天幕前に置かれた木の机の上にあるものを指しながら、ユウラは言った。
「――使われている魔石は三つです」
机の上のそれ――分解された魔石銃のパーツの中で、二センチほどの大きさの魔石が三つ。二つは赤、残り一つは黄色い魔石だった。
「引き金を引くと、後尾についている雷石が、中央の火魔石にぶつかります。属性の異なる魔石同士は反発する効果があり、その角度や形によって衝突した際に魔力開放がなされます。……今回の場合、中央の魔石から火の弾――光弾が放たれます」
ユウラは、中央の魔石から銃身へと指を動かす。
「そして、この銃の先についている魔石に光弾は当たります。同じ属性の魔石は、その力を増幅させる効果が認められています。結果的に威力が高くなった光弾が、この銃から放たれ、標的を攻撃するのです」
青髪の魔術師の説明を、慧太なりにまとめると、雷石と呼ばれる後尾の魔石が、拳銃で言うところの銃弾を撃ち出す撃鉄の役割で、中央の魔石が銃の弾に相等。先端の魔石が、ライフルでいうところのライフリング(銃身内のらせん状の溝。弾丸に旋回運動を与えることで、直進性が増す効果がある)に近い効果を発揮するのだろう。
もちろん、撃ち出すのは実弾ではなく、魔法の弾なので、そのまま当てはめるのは間違っているだろうが。
「肝心なのは、これの威力だが……」
果たしてこの銃が盾やプレートメイルを撃ち抜く威力があるのかどうか。殺傷能力の把握は、戦場で対峙したときの生死に影響する。
「基本的に魔法と同じです」
ユウラは言った。
「火の玉を放つ魔法の延長線上であると言えるでしょうね。……形状がクロスボウに似ているのは、狙いをつけやすくするためかと。魔法使いの杖を、一般兵用に銃の形にしたと言うべきでしょうか」
物は試しということで、撃ってみた。
魔人軍の一般的な兜や甲冑、大型盾を的に、距離や角度を変えて実験を繰り返す。
その結果、標準的な兜や鎧に関しては、百メートル以内なら貫通することがわかった。ただそれ以上の距離となると、光弾の威力が低下する。
これについては、例えば火の玉系の魔法でも、距離が伸びれば同じように威力が下がる傾向にあるので、ユウラ曰く『わかる』話らしい。……大気のせいだろう、多分。
一方で、魔人軍の大型盾に対しては、いかな近距離で撃っても表面に焦げ跡をつける程度の効果しかなかった。射程距離問わず、その装甲を貫通できなかったのである。
結論、魔人軍の大型盾は、とても頑丈だった。
要するに、こと百メートル以内において、大型盾に阻止されない限りは、魔人兵を倒すことが可能な射撃武器であるということだ。
特筆すべきは、射撃のしやすさと命中精度の高さである。光弾は直線に飛んでいくため、撃てばほぼその狙った位置に当たるのだ。
これを見たガーズィはこう言った。
『狙撃はしやすそうですな』
まあ、距離による威力の低下があるので、そのあたりは微妙ですが、と付け加える。
シェイプシフター式クロスボウも装填では早いほうだが、遠距離を撃つ場合、矢の弾道が弓なりになるために命中させるためにはそのあたりの調整が必要になるが、少なくともこの魔石銃ではそれがない。
だが問題もあった。
「こいつは何発撃てるんだ?」
分解した時、銃に取り付けられている魔石は、それぞれ工具など使わなくても取りはずしができる仕組みとなっていた。これは光弾が撃てなくなったら魔石を交換するためだと思われる。
ユウラは、中央の魔石を指差しながら指摘する。
「撃った分だけ魔石が光を失っているので、おそらくこれが目安となるんでしょうね。月並みな言い方をすれば、完全に魔力を失ったら撃てなくなると」
「外から見てまだ撃てるかわからないと、いざって時に困るな」
目の前に敵が現れ、引き金を引いたら、すでに魔力切れで撃てませんでした――なんて洒落にもならない。
「……慧太くんは、銃を大々的に使おうと思っているのですか?」
「使わない理由がない」
慧太は即答だった。高い命中率と、一部装甲には効かないものの、一定範囲内なら充分に殺傷力のある飛び道具である。元いた世界でも、銃は軍事における主力武器へとなっていった。この世界でも、いずれは弓やクロスボウを押しのけていくに違いない。
何より、魔人軍がこの銃を使いはじめている。敵と同種か、それ以上の武器を使うのは軍事における自然の流れでもあった。
「なるほど」
ユウラは頷いたが、しかし納得はしていない表情だった。
「未来的にはそうなるかもしれませんが、現状では、まだ主力武器とするには色々問題もあるでしょうね。一番の問題は、消耗品である魔石の確保」
魔石自体、値の張る代物だ。大量の銃の生産のために魔石を調達しようとすれば、それだけで莫大な費用が必要となる。何より、一度手に入れれば済むと言う問題ではなく、魔石の魔力が枯渇した際は交換しなければならない。つまるところ定期的な補充、調達が必要になってくる。
「そもそも、これらの銃に使われている魔石は、それぞれ形状が加工されています。つまり魔石をただ調達するだけでは駄目で、銃用に加工する専門の道具が必要となります」
「オレたちは、その専門の道具がないから、一から作り出すか、魔人軍から強奪するしかないということだな」
前者では、開発から完成まで時間がかかる。敵から手に入れるほうが早いが、どちらにしても魔石を手に入れる算段がつかないことにはどうにもならない。
「大樹の森には、魔石がゴロゴロしていますよ」
ユウラが皮肉げに言った。
「もちろん、いまから魔石を分けてくれ、と獣人らに言ったら、せっかく取り付けた同盟関係も見直されてしまうでしょうが」
「そもそも魔人軍がこの森と聖域狙っているのは、魔石が原因なんだっけな」
慧太は片目を閉じながら腕を組む。
魔人軍を追い払うために魔石をくれ――言えないな。代表会議で猪人のマソン隊長が、人間は資源を奪うとか何とか言って、同盟に猛反対していたのも記憶に新しい。
「……とはいえ、まったく取り組まないわけにもいかないと思うんだ」
作る価値はあるだろう。
「オレの元いた世界でも、銃はあったが魔石はなかった……」
火薬を用いた銃――そいつを一から作ってみるのも悪くない。慧太自身、そうした銃の構造すべてを把握しているわけではないから簡単な話ではないが。手に入る素材で、不足品を補えばあるいは……。
――そういえば、魔石にもクズ石があるんだっけ。
ユウラがドロウス商会で懐炉を手に入れていたのを思い出す。ほぼ消耗品だといっていたが、使い捨てにするならそれを火薬代わりに利用するという手も――
「ちょっと人数を割いて、研究させてみよう」
そもそも敵にだけ銃があるというのは面白くない。いまは少数でも、いずれ改良型が作られていけば、こちらの出遅れは致命傷になりかねないのだから。




