第三六一話、同盟軍
両翼の魔人兵部隊が壊滅に追い込まれている頃、一番多くの魔人兵が押し寄せた中央陣地では――
魔人歩兵の一斉突撃、後方からは巨人兵の投擲による援護。これらは右翼と左翼陣地でも見られたことだ。
ただ違いがあるとすれば、兵力が倍以上あることと、全てが同じタイミングで行われたことだ。
つまり、ウェントゥス兵は迫る歩兵を迎え撃つが、敵の数が圧倒的に多い。魔人兵も弓や光弾を撃つ銃で反撃してくる。
サターナは氷柱を後方の巨人兵へと投げるが、こちらもまた一人で押し返すには足りない。
「息をつかせず、戦力の集中で一気にかたをつける。……作戦としては悪くないわ」
サターナは無表情だった。敵に押し負けているという不安や恐怖もなければ、戦場の毒のような感情の起伏さえも感じないように。
「ワタシは戦場にいる時、たまに思っていたことがあるの」
誰に言うでもなく、ひとり呟く。巨人兵の放った投げ槍が、即席陣地の氷のスパイクを砕き、歩兵のための道を広げる。
「ワタシがもう一人いれば、もっと楽になるのに、ってね――」
サターナの影がうごめく。そこから浮かび上がるのは二人の人型。
「この身体になってつくづくよかったと思ったのは……二人どころか三人。もっとワタシを作れること」
分離した人型は、たちまちサターナの顔となり、漆黒のドレスをまとう少女へと化けた。
三人のサターナは、氷柱の大量具現化を行う。それは氷の槍となり、前進する魔人兵を、後方の巨人兵らを穿っていく。
数の不利はこれで帳消し。あとは――
「さあ、やりなさい!」
アウロラの魔鎧機グラスラファルが、氷柱を放ちながら魔人軍部隊に切り込む。
大型盾を持つ重装歩兵を文字通りなぎ払い、魔人兵の前線と突破すると後方の部隊へと進撃する。その脇を固めるのはヴルトら狼人部隊。魔鎧機の突進に隊列を崩された魔人兵らを各個に斧や爪で切り裂き、倒していく。
中央左を進むアウロラ隊。一方、右側でもティシアのネメジアルマがサターナの氷柱で足止めを食らってる魔人歩兵を横合いから打ち払っていく。
ウェントゥス兵のクロスボウの猛射に加え、サターナの投射魔法。魔鎧機の機動打撃で、中央を攻めた魔人軍は戦線を滅茶苦茶に蹂躙された。
息をつかせぬ間に、状況を返されたのは魔人軍のほうだった。
魔人軍は総崩れとなって敗走を始める。敵前線に切り込んでいたアウロラのグラスラファルと獣人小隊は、それを追いかけ始めた。
『サターナ様、よろしいのですか?』
ウェントゥス兵第三中隊の中隊長が聞いてきた。サターナは分身体を元に戻すと、やはり淡々と言った。
「帰るまでが遠足と言う」
『は……?』
「連中が寄り道しないように、見届ける必要があるわね。大尉、あなたはここに残り兵を統率しなさい。あと、ティシアにも同じように待機を命じて」
『承知しました。……サターナ様は?』
「ワタシは、引率者としてアウロラと狼たちの面倒を見てくるわ」
ばさっと背中に竜の翼を展開し、漆黒のドレスをまとう少女は飛び立った。
・ ・ ・
魔人軍は大隊戦力の大半を失い、撤退した。
無事に森の外に出られたのは、わずか数名程度。敗走途中、聖域防衛のために集まっていた獣人同盟の兵たちに各個狩り出され、そのほとんどが討ち取られたからだ。
聖域前での戦いは、ウェントゥス・獣人連合軍の勝利で終わった。
「いやはや、なんとまあ……」
聖域にいたラウラは、苦笑を禁じえなかった。
「どうもそちらには規格外の者たちが、そこそこいるようだ」
銀髪の姫巫女は、ころころと笑うのである。慧太とセラは顔を見合わせる。
「何はともあれ、聖域を守られた。獣人同盟を代表し、そちたちに深く感謝する」
ラウラが頭を下げれば、セラは小さく笑った。慧太は足先の地面を少しえぐる。
「うん、まあ……ひとまず、は」
「ひとまず、は――か」
ラウラは、首を傾けたが、別段不思議がっているそぶりは見せない。
「これだけ手ひどく叩いたのだ。魔人軍とて、もう来ないと思いたいんだがのう」
「それは敵次第、だろうな」
慧太は顔をあげ、しかし表情は硬いままだった。
「たぶん、戻ってくる可能性のほうが高いと思う」
「ほう、何故かな?」
ラウラは問うた。セラもまた、慧太に注目する。
「敵が魔石を使う武器を作り始めたからだ。ラウラは見ていないかもしれないが、魔石銃……これはオレたちが適当にそう呼んでるだけだが、その武器に魔石が使われている」
慧太は、大樹の森を静かに見回す。そして靄のかかる聖域へと視線をゆっくりと向ける。
「そいつを大量に配備しようとするなら、それ以上の魔石が必要だ。そしてそれを手に入れるには、この森が打ってつけというわけだな」
目の前に手ごろな資源が眠っている場所があるなら、当然支配下におこうとするだろう。そして根こそぎ奪っていく。
「やれやれ、魔石か」
ラウラは、寂しげに聖域を振り返る。
「魔力に溢れた大樹じゃ。古くよりその力を手に入れようとする者はおった。わらわの一族は、聖域と森を守護してきた。それはこれからも同じだ」
狐の姫巫女の言葉に、セラは頷いた。彼女も思うところがあるのだろう。
「だが……わらわたち、獣人の力だけでは魔人どもの軍勢に対抗できん」
ラウラの目に走るのは、研ぎ澄まされた刀のような曇りなき光。幼さの残る顔立ちに似合わぬ、鋭利な表情。
「森は守る。ケイタ、セラ……そちらの力を貸してはもらえぬだろうか。むろん、タダでとは言わん。獣人同盟は、うぇんとぅす傭兵軍と合流する。共に魔人軍と戦おう」
「ラウラ……!」
セラが目を見開く。望んでいた同盟関係の進展。慧太はしかし首をかしげる。
「いいのか、姫巫女殿? 獣人同盟の代表らと話し合うことなく、ここで決めてしまって」
「事は森だけの問題ではないからの」
ラウラは、セラに手を伸ばした。
「そちが申したであろう? 縄張りどうこうの問題ではないと。リッケンシルトより魔人軍を追い出さねば、森も守れない。であるならば、手を取り合うべきであろう」
姫巫女の伸ばされた手を、セラは握った。
「歓迎します、ラウラ」
「……まあ、この期に及んで虫のよい言い分に聞こえるやもしれんが」
「大事なのは結果ですから」
セラは微笑んだ。だがすぐに表情が曇る。
「他の代表の方々が認めるでしょうか?」
「認めてもらえるよう説得はする。そこまで頭の固い者たちではないと思うが……まあ、最悪、わらわの話にすら頷かぬ石頭がおるなら、同盟など脱退して、我が一族だけでもうぇんとぅすに合流しようぞ」
同盟を脱退――ラウラは覚悟のほどを見せた。真に守らなければならないもののため、役に立たないものは捨ててしまえ、ということだろう。
ともあれ、ラウラのウェントゥス軍への同盟は、リッケンシルト国奪回における作戦の前進を意味する。
南のリッケンシルト残党に加え、北の獣人同盟。魔人軍はこの二つの離れた場所に前線を作らなければならず、その戦力も分散する。
あとは、中央進出のために東部国境から進撃すれば――連中はどういう反応を返してくれるだろうか。
慧太は、ひとりほくそ笑む。冬のあいだに王都エアリアの奪回、それが見えてきたのだった。




