第三五八話、森の聖域防衛戦
魔人軍は重武装の歩兵大隊だった。
四個歩兵中隊を中央二隊、右翼左翼にそれぞれ一部隊を配置。
大樹の森という、木々が開けた場所にある戦場だけあって、魔人たちも身長四メートル近い巨人兵を投入。さらに大型の狼型魔獣を前衛に、深部を目指していた。
獣人連合は魔人軍を待ち受けたが、その防衛計画は早く破綻の気配を見せた。
狐や猫、兎人の弓兵が魔人軍への遊撃攻撃を目論んだが、魔人軍の使役する魔獣――青狼ウェルセプタが、その嗅覚と聴覚で獣人の待ち伏せを看破したのである。
防衛線の前方に進出していた獣人遊撃隊は、青狼に襲われ、一撃を与えたものの、それ以後は後退を強いられた。
遊撃隊が早々に防衛線に合流したが、これで獣人・ウェントゥス連合軍は、ほぼ戦力を維持したままの魔人軍と正面からぶつかることになったのである。
右翼側、ウェントゥス軍の即席防御陣地――
『魔獣が突っ込んでくる! 撃て!』
ウェントゥス兵はシ式クロスボウで、突進してくる青狼を狙い打つ。矢の装填の早いシ式は、ウェルセプタの頭や足を貫き、落伍させていく。
兵たちの前には、サターナが魔法で作り出した無数の氷の柱がスパイクとなってバリケードを構築している。それはさながら槍兵が長槍を構えているように、騎兵や歩兵の進撃に一定の足止めを期待ができたが、魔獣であるウェルセプタたちは、その大柄の体躯に見合わず、斜めになっている氷柱を足場にして飛び越えてくる。
ウェントゥス兵のクロスボウ射撃が、氷のバリケードを越えた青狼を穿つ。だが突進の勢いのまま、死んだ魔獣がそのまま体当たりをしてくる。
とはいえ、無事に飛び込めたウェルセプタは数頭だ。リアナや、下がった獣人弓兵たちが恐るべき精度での射撃で、魔獣の数を的確に減らしたおかげでもある。
また、飛び越えた青狼も、慧太やセラ、ガーズィらがまたたく間に仕留めて、防衛線の突破を許さない。
「敵も、なかなかやるな……」
慧太は思わず声に出す。左翼側のユウラたちや、中央の獣人軍やヴルトたちは上手く防いでいるだろうか。
『敵歩兵部隊!』
ウェントゥス兵が叫んだ。
魔人兵らの蛮声が響いてくる。先方の魔獣らに遅れること少し、魔人兵の団体さんがこちらへ駆けてくる。
「射撃準備」
慧太は淡々と命じた。
サターナが打ち立てた氷柱が、敵歩兵の進撃を難しくさせる。こちらはクロスボウや弓による投射攻撃で接近する敵兵を撃ちつつ、氷柱の前で動きが鈍くなる敵をさらに減らす。突破した敵兵は、近接戦で仕留めるという算段だ。……果たして何人の敵兵が近接戦のゾーンまで進めるだろうか。
『魔人軍、停止!』
「ん……?」
ウェントゥス兵の報告を聞くまでもなく、慧太もこれまで駆け足で進んでいた魔人兵らが止まったのが見えた。
白銀の戦乙女――セラは慧太のそばにやってきた。
「ケイタ!?」
「敵も、こっちが陣地を形成しているのが見えている」
氷のバリケードが見えたから、足を止めた。そうとしか思えない。弓で撃つには、まだ射程が……と思ったら、狐人の弓兵――ロングボウを持った彼らが射撃を開始した。放たれた矢は、魔人兵らのもとに届き、数名が倒れる。
だが敵も大型盾を出して、守りを固める。
それは一種異様な光景だった。魔人兵たちは密集隊形になると手にした盾を重ね合わせるようにくっつけると、隙間のない盾の壁――シールドウォールを形成し始めたのだ。
まるで亀の甲羅の模様のごとく、びっしりと固まったそれは、一度形成したら、飛来する矢をすべて弾く鉄壁と化す。後はじっくり前進してこちらを押し潰す腹積もりなのだろう。
――だが矢はそれで防げるが、氷のバリケードを突破するには不十分だ。
この防衛線を突破するには、通行を妨げる氷柱を破壊して道を作らなくてはならない。
「……!」
慧太は目を見開いた。
シールドウォールの向こう――魔人軍の巨人兵たちが横に展開しているのが見えた。
こいつらが防壁破砕用の鎚を持っていれば、氷のバリケードを破壊し突破するのも難しくない。それを防ぐなら、近づいてくるまで巨人兵を仕留めればいい。
こちらは弓矢に加えて、セラの光の槍などの魔法で連中を迎え撃って――などと慧太が考えをめぐらせていると、魔人軍に動きがあった。
巨人兵らが動く。それも、陣地突破に対する回答を寄越して。
彼らは投げ槍を放ったのだ。
槍、と言っても、それは丸太を削りだしたような巨大なものであり、その投げ槍自体が、破城槌――城門を破るために数人がかりで持って門に叩きつけるアレ――を投げつけているようなものだった。
しかも始末が悪いのは、上手く真っ直ぐ飛ぶように投げる際にスピンがかけられていたことだ。どうやらそれ専用に訓練された巨人兵たちのようだった。
「下がれ! 巻き込まれるぞ!」
飛来した投げ槍は、氷柱を一撃のもとに砕いた。バリケード裏にいたウェントゥス兵でかわし損ねた者が、上半身を吹き飛ばされていた。……直撃を受ければ、人間だって容易くバラバラだ。
十本ほど投げつけられた結果、氷柱の陣地はほぼ砕かれていた。魔人兵部隊は、シールドウォール隊形のまま、前進を開始した。
「まずいな……」
陣地構築前の、ほぼ平地での正面衝突――それが現実になろうとしている。盾で守りを固めているから、矢弾を浴びせようとも、脱落する兵は極わずかだろう。
――だがな……!
シールドウォールは、こちらがクロスボウを主武器として使うと決めた時から、対抗策は考えているのだ。
・ ・ ・
左翼側ウェントゥス軍即席陣地。第一突撃兵大隊第二中隊と、ユウラ、アスモディア、キアハが、前進する魔人軍と交戦していた。
こちらはユウラとキアハが生成した石壁が無数に建てられ、ウェントゥス兵らはその後ろからクロスボウでの射撃を行う。
魔獣ウェルセプタによる前衛突撃のあとの、歩兵部隊による突撃。――ただこちらは右翼で見られたシールドウォールはなく、盾は構えど分隊単位の分散移動を行った。それというのも――
「せいっ!」
キアハが、石壁の盾の裏からバスケッドボール大の岩を投げる。
元来の力に加え、魔力によってブーストがかけられた一投は真っ直ぐ飛んで、大型盾を構えた魔人兵に直撃する。鉄で補強した木造盾は真っ二つに折られ、盾を持っていた兵の臓器と骨を粉砕して殺し、後ろについていた兵たちをボーリングのピンの如く倒していった。
『ストライーク!』
キアハのそばでクロスボウを装填しながらウェントゥス兵が声を弾ませた。
『お見事。また敵を倒しましたよ! ボーリングやったら勝てる気がしないな』
「ぼーりんぐ?」
大柄の半魔人の少女は石壁の裏に隠れ、しゃがみこむ。右手を地面近くに向け、新しい石を魔力で生成する。今のところ、バスケットボールサイズまでにするのに、数十秒のインターバルがある。その間を、ウェントゥス兵らが援護する。
『今度、ルールを教えますよ!』
そのウェントゥス兵は、クロスボウを構え、キアハが倒した魔人兵の列の後尾にいて生き残った兵を撃つ。
『キアハさん、危ない!』
「へ? きゃっ……!?」
頭上で、石壁が砕けた。飛び散る破片。魔人軍の巨人兵が投石をしたのだ。身を守るはずの石の壁を破壊する威力――石を作るためにしゃがんでいなければ、頭に直撃して死んでいたかもしれない。
どうやら、後方の巨人兵たちが、前衛の歩兵たちを支援すべく、投石攻撃を開始したらしい。
次々に岩をぶつけられて、防壁が叩かれるのを見やり、ユウラは苦笑を浮かべた。
「どうにも、旗色が悪いですねぇ」
投石合戦をしてもいいが、たぶん埒が明かないだろう。もっと別の、劇的な手を使う必要がありそうだった。




