第三五四話、魔人軍の新兵器
突然、現れた狼人と謎の戦士集団――ウェントゥス傭兵軍が、戦場に到着した。
「目標は、魔人軍!」
慧太は右手の片手斧を突き出した。
「突撃ッ!」
うぉおーん、と狼人らが咆哮をあげ、ウェントゥス兵と共に森を疾走。獣人と乱戦を繰り広げていた魔人兵らの側面を強襲した。
雪崩をうって押し寄せる新手に、魔人兵らはすっかり混乱した。ただでさえ混戦だったために、魔人兵たちは統制がとれず、次々に討ち取られていく。
各個撃破。
反撃もままらなず、撤退を報せる角笛が響き渡ることで、ようやく魔人兵たちは退却を開始した。
・ ・ ・
森の砦内部の会議室。飛び込んできた伝令が声を弾ませた。
『魔人軍、逃げる! 新たに現れた軍勢は、狼人と人間の混成軍の模様!』
大樹をくり貫いて作られた室内は、全体から木の香りが漂っている。机や椅子などの家具も、すべて木製だ。
『敵を深追いさせるな! 返り討ちに遭うぞ』
聖域守備のために集った獣人連合。その戦闘隊長である、猪人が吠えるように伝令に申し付ける。
獣人連合の代表ダルボは、そのやり取りを黙して聞いていた。老いた犬人である彼は、基本的に軍事面では口を出さない。
戦闘隊長――逞しい体躯を誇る猪人のマソンが、幾分か声を落として、近くの席に座った。
『ダルボ殿、いま魔人軍に襲い掛かった軍勢ですが――』
『うむ、わしは何も知らん』
ダルボはふさふさと伸ばした髭に手を当てる。
『狼人と人間と聞こえたが……?』
『わかりませんな』
マソンが鼻息をついた。
『奴らが、同じ戦場で共闘するなど……。いや、それは我々も同じでしょうか』
『――代表殿!』
新たな声と共に、会議室に飛び込んでくる者があった。狐人の戦士だ。緑色の外套をまとう、その姿は森の外縁を見張る警戒隊所属である。
『砦に駆けつけた援軍について、ご報告があります!』
『援軍……?』
先の狼人と人間の混成軍のことを言っているのだろうか? ダルボとマソンは視線だけで互いを見合わせた。
『狼人と共に参じた人間たちは、ウェントゥス傭兵軍と名乗っており、我らの代表との会談を求めております!』
『会談とな……?』
ダルボは片方の目を細めた。……先ほどから予想外の展開ばかりだ。
マソンが唐突に机を叩いた。
『人間どもめ、いきなり現れて何だと言うのだ!』
猪人の声は荒い。
『会談だと? 今更何を話し合うというのか。我らの聖域を荒らし、大樹や魔石を手に入れたいだけだろう!』
この大樹の森に入る人間といえば、大半がそうだった。
『追い返せ! いま我らは魔人の相手で忙しい』
『はっ……しかし』
狐人の戦士は困ってしまう。ちら、とダルボの顔をうかがい、何か言いかけた時、会議室に、しん、別の空気が入り込んだ。
『まあ、またれよ、マソン殿』
若い……いや、やや幼い女の声が、ゆったりと響いた。マソンもダルボも声のほうへと視線を向け、背筋を伸ばした。
『姫巫女殿……』
『人間たちが戦場に現れねば、わらわたちとて無事では済まなかったやもしれぬぞ?』
姫巫女と呼ばれた女に対し、マソンはやや不機嫌そうな声で言った。
『我らは、借りを作ったと?』
『そうは言わんが……話を聞くだけの時間を割いてもバチは当たるまいて』
姫巫女は、ぴくりと頭頂部の耳を動かした。
『まあ、あれじゃ。上から目線の身勝手なことを抜かすような相手なら、魔人どもと同様に森から叩き出せばよいだけではないかね?』
・ ・ ・
ウェントゥス傭兵軍は、森の砦の手前で布陣した。
大樹の森に入ってから、こちらを監視していた獣人兵を逆に捕まえて、会談の希望を伝えた。あの狐人の戦士が上層部とかけあっている間、外で待機しているというわけだ。
獣人兵らが負傷した仲間や、その死体を回収している。
慧太は、ウェントゥス兵らに命じて魔人兵の遺体回収を命じた。放っておいてもそれらの遺体の処理しなくてはならないので、獣人らにとっても、その面倒をこちらが引き受ければ少しは心象がよくなるだろう、と思ったのだが……。
獣人たちは、こちらに対して、あからさまに避けていた。作業をしていても、どこか警戒の目を向けてきたし、非常によそよそしかった。
「――あたしでもわかるぞ。……敵意の視線ってやつだ」
「よしなさい、アウロラ」
アルトヴュー王国の魔鎧騎士である二人が、獣人たちを眺めている。金棒を肩に担いだキアハが通りかかる。
「獣人は耳がいいですから、あまり噂していると丸聞こえですよ」
「あ……そうだった」
アウロラが自身の銀色の髪をかきながら「反省反省」と口にする。
以前、慧太の悪口をリアナに聞かれ、それを伝え聞いたキアハと本気の喧嘩をした失態がある。口は災いのもと、だ。
キアハとしては注意のつもりだったが、案外あっさり聞き分けたアウロラの態度に、思わずクスリとしてしまう。
そんな彼女の前を、ガーズィとウェントゥス兵がひとり通過する。慧太やセラたちが、大樹の砦を見上げながら話しているところへ。
『将軍、失礼します。先の戦闘で魔人軍が使っていた武器なんですが――」
「例の、光弾を放っていたやつか」
魔人軍へ攻撃をかけた際、投射魔法、というにはやや小さいが弾速の早い攻撃を何度か目にした。それらを放った敵は優先的に、ウェントゥス兵がクロスボウを撃ち込んだが……。
魔法の杖のようなもの、に見えた。先端に赤い宝石……いや、魔石が埋め込まれたそれは、杖とは別の形であることにすぐに気づく。
「……おい、これは――」
慧太が、にわかに驚く。ガーズィは頷きながら、部下に持たせていたそれを慧太に手渡すよう言った。
『はい、銃に見えます。いえ、多分銃です』
ずいぶんと古典的な銃、火縄銃――いや火縄はないからマスケットに近いそれに見える。銃身は鉄かそれに近い金属。それ以外の部分は木製で引き金がついている。ただ、銃口に当たる部分には、先の赤い魔石がはめ込まれている。……つまり、銃に似ているが、弾を込めて撃つわけではなさそうだ。
これは予想だが、おそらく引き金を引くと、何らかの作用が先端の魔石に伝わり、そこから光弾を放つのではないか。
受け取った銃らしきものを、慧太は自然に構えた。元の世界で銃なんて、水鉄砲とかモデルガンの類しか触れたことはないが、映画やアニメでは割とおなじみである。
何の気なしに近くの大樹を的にして、引き金を――引く寸前でやめた。獣人たちがいる中で、ぶっ放すものでもあるまい。みな戦闘の後で、神経質になっているだろうし。
「ケイタ……?」
セラが不思議そうな顔をすれば、やりとりを見ていたらしいアウロラとティシアも傍にやってきた。
「なんか今すげぇ慣れたように構えたけど、何だそれ?」
「オレの想像通りなら、銃って武器だ。弦のないクロスボウみたいなもの、と言えば何となくわかるか?」
「理解した、うん」
アウロラが頷いた。ティシアが首をかしげた。
「投射武器のようですが……それって光弾を飛ばしていた武器ですよね」
「あ? んじゃ、それ魔鎧機についてる魔弾投射機みたいなもんか? セラフィナ様の魔鎧機にも腰のパーツに光弾撃ち出すのがついてましたよね?」
「光槍砲?」
セラが言えば、慧太も、そっちのが近いかと思い直す。
「光弾を撃つ、という意味ではそうだな。先の戦闘を見た限りでは、魔鎧機のそれとは威力は全然弱いが……」
ただ魔鎧機でなくても使えるという意味では、これは脅威だ。何せ、魔人軍は少数ではあるが、魔法銃的な携帯火器を使い出している。もしこれが大量に作られ、歩兵が銃兵になったら……この世界の戦争の形態が大きく変わる――!
今、この場にいる者でその可能性に気づいている者はいるだろうか?
「ケイタ――」
リアナの声がした。見れば、彼女と、森でウェントゥス兵を監視し、ここまで導いてきたか狐人の戦士がやってくる。
「ウェントゥスの方々」
狐人の戦士は言った。
「代表が、会談に応じるとのことです。ご案内いたします」




