第三四七話、忍び寄る者
リヨン村。つい昨日まで魔人軍に支配されていた小さな村は、現在ウェントゥス傭兵軍によって制圧、解放されていた。
ウェントゥス軍野営地天幕内。慧太は、分身体たちと打ち合わせの最中だった。
「――村人はどれくらい避難指示に従うんだ?」
「この村ではほぼ全員のようです」
レーヴァが報告した。
「避難先が明らかなことと、一時的な避難であることで納得したようです」
慧太は頷く。魔人軍と交戦する獣人たちを援護するために北部へ向かうウェントゥス軍だが、その中間に位置する集落は、エサ箱作戦転用のために、一般人がいては何かと都合が悪かった。
村人たちをハイデン村へ。だがもちろん、彼らはできれば故郷にいたいだろうし、慧太としても、できるだけ早くそれに応えたいと思っている。
「半年以内には、元の場所に帰れるようにしたいな」
「そうですな」
レーヴァも同意した。慧太は視線を、補給部門担当の一人、隻眼の盗賊じみた風貌の分身体、カルヴァンへと向けた。
「避難する村人たちの食糧だが……足りそうか?」
「魔人向けの食糧を回すことになっていますが、若干、不足気味ですなぁ」
カルヴァンは顎の無精ひげをかく仕草をとった。
「ハイデン村へ集めたのちに、食糧を配分しなおしますが、追加は必要かと」
「ドロウス商会頼みだな」
すべては食糧確保の難しい冬という季節が、不足に拍車をかけるのだ。その季節を狙って魔人軍に戦いを仕掛けている面もあるから、あまりどうこう言えた立場でもないが……。
シェイプシフターが食費の掛からない生き物でよかった。そうでなければ自前の食糧確保が精一杯で、村人を救うなど不可能だっただろう。ついでに財政面でも破綻していたのは間違いない。
「カルヴァン、最近のドロウス商会はどうだ?」
物資のやりとりで直接現地に飛ぶカルヴァンである。
「若旦那には、だいぶ優遇されてますよ、うちらは」
ドロウス商会の若頭であるカシオン――若旦那とは、彼のことを指しているようだ。
「食糧はやはり季節がら割高ではありますが、必要分は確保してもらっています」
カルヴァンは、一瞬、レーヴァと視線を合わせた。
「ライガネン王国より東では、北方のガナンスベルグ帝国との戦いが近いってんで、武器の需要が高まっているとか。うちらは、魔人軍の武具をどんどん持ち込んでいますから、その分、贔屓されてる感じですな」
「何が人気商品なんだ?」
レーヴァが聞いてきた。
「聞いた話だと、魔人兵が使ってる爪剣とかいう刀、小槍や小斧だな。基本的に、魔人連中は人間より筋力が上だから武器は重くなりがちなんだが、小型に分類される武器が、人間にはちょうどいいんだと」
カルヴァンは眉をひそめた。
「防具だと、一般兵の鎧や兜は他に比べると価値が低い。重いだけで質自体は粗悪だからな。ドロウス商会でも、一度溶かして、鉄として売っているらしい」
へぇ――レーヴァと慧太は、ほぼ同時に感心したような声を出した。カルヴァンは慧太を見やる。
「魔人軍の軍旗とか、コレクターに売れるみたいですよ」
「物好きはどこにでもいるんだな。ドロウス商会に、戦場にあるもので何か希望があるか聞いてくれるか? 戦利品回収も、それを優先させるようにする」
「承知しました」
カルヴァンはニヤリと笑ったが、それもすぐに消えた。
「先方の希望で思い出しましたが、若旦那は、うちらの移動手段に大層関心を抱いているようで、探りを入れてきています」
慧太は、ちらとレーヴァを見やる。彼も小さく肩をすくめた。
「本来なら急いでも片道二週間はかかる行程を、その半分以下で突っ切っていますから。その速さの秘密を知りたがっています」
「遅かれ早かれ、そうなるだろうとは思った」
ドロウス商会との商談をまとめる際、物資輸送の経費がかさむことで一度断られたウェントゥス軍である。ウェントゥス側で輸送の面倒を見るという条件で、商談はまとまったわけだが、その時に、『竜亜人にまつわる何かの輸送手段』について、関心を示したカシオン氏である。……いや、普通の商売人なら誰もが気になるだろう。その時は明言は避けたが、先方も好奇心を抑えるのが限界ということなのだろう。
慧太は、カルヴァンを見た。
「君はどう思う?」
「そろそろ、飛竜の存在を明かすべきかと。これ以上、隠すのは難しいと思います」
限界、か。
「わかった。多少の面倒はあるだろうが、どっちみち面倒が避けられないなら、明かしてもいいだろう」
「ありがとうございます」
カルヴァンは口角を上げた。レーヴァは言った。
「まあ、我々はリッケンシルトの連中にはすでに飛竜を見せていますからな。どの道バレてたと思います」
それもそうだな――慧太は苦笑する。
そこへ、天幕入り口に立っていた歩哨が中に声をかけた。
『セラ様、おいでになりました』
ん、と返事する慧太。歩哨が入り口を開けると、セラがやってきた。
「慧太、村人たちは準備できたそうよ」
「わかった。……少し疲れた顔してるぞ? 大丈夫か」
「ええ、白銀の勇者伝説のせいで、村人たちから話を求められちゃって」
「英雄さまは大変だな」
「言わないでよ、もう」
セラは心持ち頬を膨らませた。拗ねた顔も可愛い。慧太は、レーヴァとカルヴァンに視線をやる。
「じゃあ、ここを引き払うぞ。集合地点まで向かう」
「承知しました」
・ ・ ・
コシネルやリヨンといった村から、村人たちが移動する。馬車には彼らの冬越しのための食糧のほか、足が不自由だったり子供や老人などが乗っており、大人たちは主に徒歩での移動だ。
それらをハイデン村まで護衛するのが、ウェントゥス傭兵軍である。目的地まで彼らだけで行かせるというのは、さすがに酷というもの。魔人軍の斥候なりに見つかれば襲撃は必至である。村人たちの集団の移動速度は遅く、万が一追撃を受ければ逃げ切るのは困難、壊滅は免れないだろう。
早期の索敵が必要となる。鷹型偵察分身体による周辺警戒。街道に沿って北側にある森は、空から視認しずらいためにムササビ型分身体を飛ばして、哨戒と敵性存在の発見に務めた。その結果、索敵線に引っかかったのは――
「魔人軍か?」
『いえ……どうも、狼人の集団のようで』
ムササビ型を腕に停めながら、ガーズィが慧太に報告した。
「狼人……」
その名前に、何とも微妙な空気が流れる。一般的に、人間たちにとって、狼人らは中立より、やや敵性種族という認識である。
同じ獣人でも、狐人と特に仲が悪いから、リアナもあからさまであるし、以前、狼人の誘拐団と関わった影響で、セラ自身の心象もよくない。
「盗賊の類だろうか?」
『一応、武装しているようですが……』
鷹が見てきたところによれば、武器を持っているのは少数。鎧を着ているのは二人で、棒切れや斧のほかは、丸腰の者が多いようだ。
「北部では、獣人勢力が魔人と戦っていると聞いた」
慧太は、東へと歩く村人と馬車の列を遠巻きに眺める。ガーズィと話し込んでいるのが見えたのか、セラとティシアがこちらへと近づいてくる。
「ひょっとしたら、獣人勢力からの脱走兵とか?」
『あるいは、難民となった後の夜盗崩れかも』
どうします? ――ガーズィが首をかしげた。
『どうも、こちらの進路を先回りするように移動しているようですが』
「もし、難民だと言うのなら、さすがに問答無用で撃つわけにもいかない」
何だか面倒事になりそうな予感をひしひしと感じる。慧太は顔を上げた。
「リアナを呼べ」




