第三四四話、合同会議
グスダブ城における避難民らの食糧問題に、一応の解決の目処が立った。慧太の視線は次の攻勢計画へと向いている。
だが、リッケンシルト国のルモニー王や、リッケンシルト残党軍と合流を果たした今、今後の活動を、これまでどおりウェントゥス傭兵軍の好きに進めるわけにもいかない。お互いの立場、リッケンシルト国内における決め事など、調整が必要となる。
この調整が難航すれば……あまり考えたくはないが、せっかく合流したのもつかの間、仲を別つことになるだろう。当然、互いに協力はありえず、状況によっては敵対することもありえた。
グスダブ城本城における会議室に、ウェントゥス傭兵軍、リッケンシルト国の代表者が集まっていた。
ウェントゥス側は、慧太、セラ、ユウラ、雑用係としてマルグルナ。
リッケンシルト側は、ルモニー国王陛下、リッケンシルト軍代表のコルド将軍、内政顧問のニスターという名の大臣が参加した。……ちなみにオブザーバーとしてアーミラ姫も同席している。
会議の場にルモニー王がいるが、彼は異例の宣言をした。曰く、最低限の敬意があれば、面倒な儀礼や王族へのマナーを全て無視するというものだ。……いちいち作法を守っていては、会議の時間を引き延ばすだけであり、かつ建設的な会議にならないという、ウェントゥス側への配慮だった。
「我々は、魔人軍との戦いにおいて敗退を重ねた」
本来、臣下と同列に座ることのない王は、いま皆と同じ高さにいる。
「グスダブ城の攻防において、魔人軍を撃退したが、それはひとえに貴君ら、ウェントゥス傭兵軍の活躍あってこそ。残念なことではあるが、我々は単独で魔人軍を撃退することもできず、あまつさえ、これから先の展望も見えていない」
ルモニー王の隣で、コルド将軍はむっつりと黙り込んでいる。まったく返す言葉もなかったからだ。
「ウェントゥス軍は魔人軍と上手く立ち回っているようだが、今後の展開を聞かせてもらいたい」
王と向かい合う席の中央にセラがいる。
「はい、陛下」
銀髪の姫は、慧太へと視線を向けた。慧太は頷くと、マルグルナにリッケンシルト国の地図を用意させると、席を立ってそちらに移動した。
「では、僭越ながら、オレ――自分のほうから」
微妙な言い回しを、咳払いで誤魔化す。
「ウェントゥス傭兵軍は、聖アルゲナム国を魔人軍より奪還するために活動しています。そのためには、リッケンシルト国に居座る魔人軍を駆逐する必要があります」
補給線を確保する意味でも、後方に敵がいるのに前進する愚を犯さないためにも。
「現在、同盟関係にあるジパングー国より、順次、兵がここリッケンシルト国に集結しつつあり、敵の後方線を脅かしつつ、王都解放に向けて準備中です」
「王都、解放……」
リッケンシルト側からの「おお」と声が漏れた。自分たちが先の展望が見えないと言った直後の、王都エアリアの解放という言葉である。光明が差したように感じてもおかしくはない。
慧太は地図を指し示す。リッケンシルト東部国境線、ハイド川下流域に位置するハイデン村周辺と、オストクリンゲ地方への入り口たるザームトーア城周辺だ。
「この一帯は、ウェントゥス軍が魔人軍より奪回しました。ジパングー国の亜人兵が、魔人兵のふりをして駐屯しているため、連中はまだ取り戻されたと気づいていません」
そこで魔人軍の補給線を攻撃する『エサ箱作戦』を、リッケンシルト側に説明する。魔人軍の前線への補給を強要する一方、輜重部隊を乗っ取り、物資を必要としている敵拠点を日干しにする作戦だ。
「今のところ、正面から打って出るほどの戦力がないため、こうした搦め手を使って敵を弱体化させています。一つ一つを攻め落としていては時間はかかるし、兵も必要になります。積極的な大規模な攻勢が不可能な冬という季節を利用し、各個に撃破、もしくは消耗を強います」
現状の作戦展開を説明した後、慧太は次のステップに移る。
「ザームトーアとその周辺を落としたことで、オストクリンゲ地方から東部国境線の我々の勢力圏までの陸路が繋がりました。これまで移動は飛竜を使った空路のみでしたが、いまは陸路での移動も可能となっています」
そこでリッケンシルト側代表のひとり、ニスター大臣が挙手した。
「ということは、我々はアルトヴュー王国への退避も可能ということでしょうか、ハヅチ将軍」
四十代、小太りの大臣の発言に、周囲の視線が集中した。……これは、あれか。リッケンシルト国を離れ、アルトヴュー王国への避難、亡命を示唆しているのだろうか。
「まあ、可能かと言われれば、可能です」
事実であるから、否定はしない。
ルモニー王は眉をひそめて、臣下を見た。
「ここを離れるということか?」
「それも選択肢のひとつかと存じます、陛下」
ニスター大臣は、低い声で言った。
「陛下を失っては、リッケンシルト国はおしまいです。一時的に、より安全な後方に引いて、そこで奪回のために指導していただくことも考慮すべきかと」
「……」
何か言いたげなルモニー王の視線。一方、コルド将軍は黙り込んだまま、何も言わなかった。……まるで置物のようだ、と慧太は思った。この大臣の言い分にも一理あるから、口をつぐんでいるのかもしれない。臣下であるなら、王の身の安全は第一と考えるのが自然だからだ。
「話を続けても、よろしいでしょうか?」
慧太が聞けば、この微妙な話題はとりあえず打ち切りとなったようで、ルモニー王は頷いた。
「ウェントゥス軍は王都奪回に向け、より中央地方へと近づきたいと考えています。オストクリンゲを離れた後、リッケンシルト北部方面への進軍を予定しています」
「何故、北部方面なのか?」
ようやくコルド将軍が発言した。
「東部と東南部を、貴殿らウェントゥス軍が押さえた今、そこから王都へ攻め上がるほうが合理的ではないだろうか? 北部に新たな戦線を作れば、ウェントゥス軍の負担も増えると考えるが?」
「懸念はもっともです。が、ご心配なく。自分らウェントゥス傭兵軍は、物資を魔人軍から調達しますので、こちらの補給の負担は考えるより少なくなります」
まったくないわけではないが、兵站が極端に軽いシェイプシフター軍である。
「北部方面で新たな戦線を構築する理由は、諜報活動により、北部にて魔人軍に抵抗する勢力があることがわかったからです。できればこれらを味方に加えたいと思っています」
「まだ、我々の他に、魔人軍と戦っている者たちがいるのか?」
ルモニー王は感嘆したような声を上げた。しかしコルド将軍もニスター大臣も心当たりがないせいか、怪訝そうな顔になる。
「して、その勢力とは?」
「獣人たちです」
「獣人……」
これにはルモニー陛下は何とも言えない顔になった。ニスター大臣は困った表情になり、コルド将軍にいたっては――席から立ち上がった。
「獣どもを味方に引き入れようというのか、ハヅチ将軍!」
「いかにもそうですが、それが何か?」
淡々と、慧太は返した。……コルド将軍は、獣人差別主義者だろうか。
「獣人、亜人も、このリッケンシルトに住む者たちです。魔人の侵攻で故郷を奪われ、あるいは守るために抵抗する彼らは、いわば同じ境遇の友と言えます」
敵の敵は味方――とまでは言いたくはないが、同じ問題を抱え、共通の敵を持っているなら共闘も考えるべきだろう。現状、戦力は少しでも多いほうがいい。
「共闘、できるだろうか?」
ルモニー王は慎重だった。
「いや、味方になるならありがたいことだが、そもそも我々人類と獣人は、あまり関係がよろしくない。前王も、獣人たちとは不干渉だったから、こちらから共闘を持ちかけていいものかどうか……」
うん、知ってる――慧太は黙って心の中で呟いた。かつて所属したハイマト傭兵団は、その構成員の多くが獣人だったが、人間からの依頼は少なく、かつ冷遇されていた。……よぉく、覚えているとも。
ニスター大臣が口を開いた。
「獣人たちも我々に対して敵意を抱いている者も少なくないでしょう。我が国では、獣人を差別するような都市も多く、小規模ですが、軍事的衝突となった例も最近ありましたから――」
ちら、と不快げな視線を、コルド将軍に向けた大臣。その将軍は着席して腕を組んだ。
「……そもそも、彼らと言葉が通じないだろう」
「獣人でも、西方語を理解する者もいますよ」
地方、とくに辺境域の集落では、獣人と人間の交流は都会ほど差別的ではなく、割と物品や食糧の交換などが行われていた。交流するなら、相手の言葉を理解したほうが捗ると考える者も多い。ウェントゥス軍にもリアナという狐人がいるが、西方語はもうぺらぺらだ。……どちらかと言えば無口であるけれど。
「まあ、やる価値はあると思います」
慧太は、やはり事務的な調子で言った。
「駄目だったら、その時はその時。別の手を考えればいいわけですから」




