第三四三話、姫君たちの酒盛り
ケイタと寝たの……? 寝たの……?
アスモディアの言葉が、セラの頭の中で繰り返された。
寝たというのがどういう意味か、深く考えるまでもなく、男女の関係だと瞬間的に判断するセラ。途端に顔が真っ赤になった。
「な、何をいきなり言うの!?」
「えー、だって、二人って恋人でしょ?」
アスモディアは悪びれる様子もなく、テーブルの上に置かれた皿の上の、なにやら人差し指の先ほどの小さな木の実のようなものをつまんだ。……そんなのさっきまであったっけ? それよりも――
「こ、こ、恋人って……」
バッと顔をそむけ、思わず口もとを手で覆い隠す。
そうなの? いや、そうだけど――ライガネン王国に着いた時、セラはケイタに告白したのだ。自分の気持ちを。そして彼もその気持ちに応えてくれて。
『アルゲナムを取り戻した暁には、ケイタ、あなたに私をあげる!』
芝居がかった仕草で、アスモディアが、そのセラの告白の言葉を真似た。セラは耳の先まで真っ赤である。――いや、そんな仰々しく手は伸ばしていなかったよね!?
「よく覚えてたわね」
サターナが半ば呆れるような目を、赤毛の美女へと向ける。アスモディアは芝居をやめて頷いた。
「ええ、だってあの時セラって、ケイタに『あなたの好きにしていいから』なんて、真顔で言ってたから、どういう風になっちゃうのかなーってあれこれ妄想したのよ」
は? 妄想? セラは目を見開く。
「やっぱり、若い男女となれば、絡み合うものでしょう? 男の好きなようにしていい、なんて、男なんてどいつもこいつも飢えた魔獣なんだから、そりゃもう、激しく! お姫様を蹂躙してェ……!」
アスモディアは一人で盛り上がり、セラは顔から蒸気が出ているのではないかと思うくらい、熱を感じている。
「それにケイタのことだもの。普通の人間にはできないプレイで、全身くまなく弄んでくれるのよ……!」
サターナは、うわ、とアスモディアに軽蔑の目。
「やめなさいよ、そういうことをセラの前で言うのは」
「やー、だって、苛めて欲しいわたくしの本音を言えば、ケイタって物理的にも理想的な身体をしているじゃない?」
ケイタの身体――え、は? セラは赤面しつつも、アスモディアが何を言っているのかわからなかった。
「もう、妄想だけで濡れ――」
「誰もオマエの妄想なんて聞いてないのよ」
サターナが殺気のこもった視線を向け、アスモディアを黙らせる。気のせいか、サターナの影が巨大な竜のように見えた。
「……まったく、あなたも相当たまってるわね」
ため息をつくサターナ。アスモディアは、睨まれ、少し冷静になったか大人しく言った。
「だって最近、ご無沙汰だもの。……リアナは相変わらず刺してくるし、キアハは何か恥らって可愛いんだけど、やっぱりリアナが刺してくるし」
あれー、どうしてそこで同性の名前が出てくるのかな――セラは理解が追いつかない。赤毛の色欲魔人は男嫌いの女好きである。
……リアナって刺すんだ。
「それにセラに手を出したら、今度はケイタからお仕置き――はっ!」
「その手があったか、みたいな顔してるんじゃないわよ!」
サターナが怒鳴った。
「とりあえず女子と寝たいなら、ティシアとかアウロラはどうなの?」
「だって二人はわたくしの正体しらないし」
アスモディアは口を尖らせたが、それも一瞬だった。
「でもティシアは、ちょっと堕としてみたい。いいとこ出のお嬢様なんでしょう、彼女」
「やめなさい」
サターナは、再びため息をつく。ワインの入ったゴブレットをもち、視線をセラへと向ける。
「で、最近どうなの? お父様――ケイタと」
「はい?」
話が戻ってきた。虚と突かれたように、セラの表情が固まる。それを見て、三度目のため息をサターナはついた。
「お父様との時間とってる? さっきのアスモディアじゃないけれど、お父様のことが好きで、付き合ってると言ってもいい関係でしょう? 少しは進展した?」
「進展っていうか……」
セラは視線を俯かせる。……どうしてこんな話になったんだろう?
「それなりに、一緒の時間は作って、る……かな?」
ちょっと自信がなくなる。一緒にいるつもりだけれど、気づけば作戦やらで別行動していることが増えている。
ザームトーアでの作戦で四日ぶりにグスダブ城へ戻ったケイタ。リッケンシルト側の食事会でも、ケイタと一緒に食事するのを楽しみにしていたのだが、その彼は辞退してしまい、ちょっと寂しかったり。
「元気がなかったのは、そのせい?」
え? ――顔をあげたセラ。サターナとアスモディアが優しい目を向けてきていた。
「貴女、食事会でも上の空だったでしょう? ケイタがいないせいかなーって、思ったわけよ」
「数日間離れていた恋人が、何の沙汰もないとあれば、気にはなるわよねぇ」
「いや、それは――そうだけど」
セラは、自嘲した。
「私はアルゲナムの姫で、食事会を理由もなく断れる立場じゃないし。……それにケイタだって、今回の作戦でジパングー兵に犠牲が出て弔いたいってことでしょう。仕方ないよ」
「……甲斐甲斐しいなー。セラって相手に尽くしちゃうタイプよね」
アスモディアは腕を組む。その大きな胸が揺れた。
「古きよきお姫様っていうか。お堅いっていうか。煮え切らないっていうか」
「仕方ないわよ。セラは筋金入りのお姫様だもの。恋愛結婚なんてなくて、将来親が決めた相手と結婚するような家庭で育ったわけだし」
「それを言ったら、わたくしたちって、結構気ままにやってたわねぇ」
「あなたと一緒にされるのは面白くないけれど、確かに親の意向には抵抗してみせたわね」
魔人国でも貴族出のサターナとアスモディアである。セラは二人の家庭環境に興味がわいた。
「そうなの?」
「一応、縁談の話はあったのだけれど」
サターナは一笑した。
「ワタシの才能に比肩しうる殿方でなければ受けないとお父様には言ったのよね。七大貴族筆頭たるリュコス家を継ぐにふさわしい相手であるべきだって。お父様もそう思っていたみたいで、かなり厳しい目で相手を吟味していたわ。その結果、幸か不幸かワタシは独身。……ああ、そうか、ワタシ、結婚しないまま死んだのか」
苦笑する黒髪の美少女。サターナは実の父とケイタを同じくお父様と呼ぶので、油断すると混同しそうになる。いまのは多分、実の父のほうだろう。
一方のアスモディアは。
「わたくしのところは自由だったわ。縁談の話はあったけど、相性が悪ければおしまい。両親が選んできても、完全にわたくしに一任だった。……まあ、わたくし、殿方にあまり興味なかったから、女の子とばっかり遊んでいたけれど」
「あなたの女の子好きって筋金入りだものね」
サターナはゴブレットの中のワインを飲む干す。
「しかも相手構わずなところあるわよね。七大貴族の中でも、あんたが手を出していないのはワタシ以外誰よ?」
「貴女以外だと、ベッドまで行けなかったのはマニィ・ルナルくらいかな。あとは一応ベッドまで行けた」
マニィ・ルナルって誰だろう――セラは思った。七大貴族といっていたから、魔人軍の貴族なのだろうけれど。……実はアルゲナム国聖都を攻撃した、セラとしては因縁深き相手であるが、直接会ったことも見かけたこともないので、それを知るよしもない。
「でも寝れたのは、ベルゼとシフェルくらい。ベルフェは完全に拒絶されたし、レヴィヤちゃんは……何と言うか、手を出しちゃいけない感じ。撫でて愛でるくらい」
ベルフェ、と言えば、先のグスダブ城を攻めていた魔人軍の将だ。レヴィヤというのは聞いたことがないが――完全に聞き手に回っているセラである。
サターナは笑った。
「そうそう、ベルフェってあなたのことが大嫌いだったものね。……シフェルと寝たの?」
「向こうから誘われた。でも何か、わたくしを自軍に取り込もうという気が見え隠れして、嫌な感じがしたから、一回きりだったけど」
「それは賢明ね」
現第一軍のシフェル・リオーネを毛嫌いしているサターナである。
「ベルゼは?」
「あいつは何と言うか欲求に素直というか。懐は広いし、後腐れがないすっきりしたヤツなのだけれど、ムードがないっていうか。食い意地張ってて萎えた」
第二軍、魔騎兵を率いていたベルゼ――名前は知っていても会ったことがない相手。セラは思う。
サターナやアスモディアの話を聞いていると、魔人といえどもそれぞれの生活や環境があるということに思い至らせる。
生きているからには、当然といえば当然のことだった。これまで倒してきた魔人たちにも、それぞれの人生があったのだ。
もっとも、だからといって、国を、家族を、民を奪ったレリエンディール、魔人の国を許すことはないのだけれど。




