第三四〇話、鳥かごの中の魔人
城というものには、大抵、一部の者しか知らない秘密の抜け道というものがある。
ザームトーア城もまた、非常脱出用の地下の抜け道があった。
城内が殺戮の場と化している頃、数名の魔人兵がこの地下通路を使って城外への脱出を試みた。
天井にある外へと通じる扉はスライド式で、少々重かったものの開けることができた。……もっとも多少の雪が落ちてきたが。
『よくこんな通路を見つけたな……』
最初に外に出たのは、ニワトリ頭のプレ人の兵士だった。振り返った先には狼魔人兵。
『へへ、昔から耳はよかったんだ。……なーんか、変な気配がするからって探っておいて正解だったぜ』
かすかな月明かりの下、地上へと出る魔人兵たち。
『それにしても、どうなっちまったんだ、城の連中は?』
豚顔魔人が鼻をひくつかせる。プレ人は嘴状の口を尖らせる。
『反乱だろ?』
『だから、誰が反乱なんかするんだよ?』
『んなことわかんねえよ!』
おい、静かにしろ――狼魔人が怖い顔で周囲を睨んだ。
『誰かに聞かれたらどうする?』
『誰かって、誰だよ。こんなところに誰かいるわけ――』
憮然とした調子でプレ兵が言ったまさにその時、どこからともなく飛来した矢が彼の眉間を打ち抜いた。即死だった。
『うわ、くそっ!』
逃げろ――慌ててその場を離れる魔人兵たち。だがまたも飛来した矢が、今度はセプラン人の足を貫く。
「……」
雪原の向こう、リアナは突然、沸いて出てきた魔人兵に容赦なく矢を放った。
三人目――弓を引く。ぎりっ、と弦を引き、月明かりにわずかにその身を浮かび上がらせている敵兵を撃つ。
「あんなところに抜け穴が」
呟くリアナ。城外へ逃げ出す敵兵を待ち構え、逃さぬように見張る警戒チームに配置されている彼女は、傍らにいる狐に言った。
「見てきて」
『了解』
狐――シェイプシフターは傍らを駆け、魔人兵らが現れた地点へと向かう。……本当は狐ではなく狼型なのだが、狐人は狼や犬系の動物や獣人、魔人を嫌っているので、この姿だったりする。
「さて……」
リアナは、その狐耳をぴくりと動かし、索敵を続ける。
彼女たちのチームのほかにも、複数のチームがそれぞれ配置についていた。
たとえば城壁からロープなどを使って脱出する者があれば、城から十数メートル離れたあたりに達するまでに距離を詰め、喰らいついた。
かくて、夜が開ける頃には、ザームトーア城は、密かに陥落した。
・ ・ ・
ザームトーア城を掌握したウェントゥス傭兵軍は、いくつもの事後処理を行った。
一つ目、食糧備蓄の確保。これが最重要にして、最低限こなさなければならなかった任務。
二つ目、死体処理。回収可能な死体は、シェイプシフター体で取り込み、新しい分身体となる。防疫対策と、埋葬時間の省略である。連隊規模の魔人兵を取り込むので、その三分の二程度の数、分身体兵の増加が見込めた。
三つ目、鹵獲した輓獣や騎馬用の魔獣らの整理。これらには確保した食糧をグスダブ城へ運ばせるのを手伝わせよう。
城にはそういう獣用の食糧がしばらく分は備蓄されているので、グスダブ城へ移動させる分は充分ある。その後は、リッケンシルト軍に任せよう。
慧太は、これらの鹵獲した獣たちを深く利用するつもりは毛頭なかった。エサの確保が面倒だというのもある。
そんなわけでリッケンシルト軍に押し付けるのだが、グスダブ城でもそれらの魔獣の世話など手間だろうし、新鮮な肉として解体されるのが妥当なところか。
四つ目、鹵獲した物資、武具などの戦利品の整理。売れるものはドロウス商会に出して、軍資金の足しにしなくては。
今のところは食糧を買い付ける以外に特にお金を使ってはいないが、いつ如何なる出費が発生するかわかったものではない。傭兵団の仲間たちにも給料出さないといけない。
戦中で、今はその金の使い道がない、というか使っている余裕がないが、だからといって団員たちにはきちんと働いた分は出さなければ。
何事も金である。
そういえば――慧太はふと思う。
ハイマト傭兵団にいた頃、慧太もあまり多くはないが給料をもらっていた。ただ食費がかからず、特にこの世界のモノを買うということもなかったために、ほとんど使ったことがなかったが。
ユウラは知らないが、リアナもあまりお金を使わない口だ。食事は団の支給だし、それ以上のものが食べたければ自費で調達。そして彼女は自力でそれを何とかしてしまう。武具の調達や整備も何だかんだで、あまり手をかけずにやりくりするのが上手かった。
そういえば、キアハやサターナ、アスモディアには傭兵団として給料をまだ渡していなかった。キアハなどは、多分そういう経験がないから、もらった給料を何に使うか興味がある。とても新鮮な反応が返ってきそうなので、なんともしても直接渡そうと思う。
サターナはどうなのか。同じシェイプシフターであるが、何か使うあてがあるのだろうか。こちらも反応を見てみたい。
アスモディアは……あいつはユウラの召喚奴隷であるから、傭兵団の団員としての給料の支給対象としてみていいのか、正直疑問だ。最近ではシェイプシフター並みに何でもこなすようになっているようだし……。――まあ、仲間はずれはかわいそうだよな。
分身体兵たち? あいつらが何を買うって言うんだ――オリジナルである慧太でさえ、給料をもてあましているのに。
それはともかく、ザームトーア城を占領したとはいえ、いちおう表向きは魔人軍の拠点であるように見せなくてはならない。
エサ箱作戦の一環である。
守備隊の編成――取り込んだとはいえ、さすがに全員を復元するだけの分量はないので、司令以下、幹部は当然として、一個大隊程度を置いておけばいいだろう。
そして肝心の食糧備蓄だが、こちらはグスダブ城にすべて送っても、冬越しする分には残念ながら届かないことがわかった。ただこれはザームトーア駐屯部隊に当てはめても不足なので、後方から後日、追加の食料が輸送されると思われる。……足りなくなったのは重装歩兵と砲兵を増強した影響だろう。
現在の備蓄食糧については、輓獣らにグスダブ城への食糧輸送のメインを任せるが、一回で全部運び出せる量でもないので、先行して飛竜による空輸も行う。とりあえず、ひもじい思いをしているグスダブ城の難民たちの精神を安定させなくてはならない。
しばらくはこれで飢えは凌げるが、不足はわかっているので、少なくとも冬越しできる分の確保、その目処を早いうちに付けておきたい。
せっかく魔人軍にザームトーア城奪回を知られずに済んでいるのだから、これを利用しない手はない。守備隊側の要請ということで、追加の食料物資を申請してやろう。
食糧庫の火事? 敵の破壊工作? さてさて、何か適当な言い訳をひねり出さないといけない……うーん。
・ ・ ・
ザームトーア陥落から翌日。城から東にある集落、アンメル村に、一人の傷ついた魔人兵がたどり着いた。
『誰か! 誰かいないかー!?」
『何だ?』
声に応じてやってきた鬼型魔人の哨兵は、やってきた猪顔の魔人兵に駆け寄った。
『何だ、お前は……怪我しているじゃないか。どこの兵だ? ザームトーアか?』
『そうだ、緊急事態だ。ザームトーアが……げほっ、すまん、水はあるか?』
アンメル村守備隊の魔人兵は、負傷した兵を村の中へと案内する。
『それで、ザームトーアに何があったんだ?』
『わからない。突然、仲間同士で殺し合いが始まって……。わけがわからないうちに化け物とか出てきて――もう何が何だかわからない! とにかく、めちゃくちゃで……おまけに城の外には獣が待ち構えていて』
頭を抱え、震える猪顔の魔人。鬼型魔人は、そんな傷ついた兵の肩を支え、近くの家の中へと誘う。
『よくわからんが、とりあえず何かあったことはわかった。他に城を出たやつはいるか?』
『わからない。いたと思うが、たぶんやられたと思う』
そうか――鬼型魔人兵は頷くと、奥の部屋に顔を向けた。
『こいつ一人のようです!』
「そうですか」
奥の部屋からノンビリとした声が聞こえた。一瞬、わからない言葉だったので、猪魔人兵が視線を向ければ、テーブルが見え、青髪の人間と、どこかで見たことがある赤毛の美女がいるのが見えた。
何故、人間が――!?
ハッ、と気配を感じて振り向けば、そこには黒髪の大女がいて、振り下ろされた金棒が猪魔人兵を直撃した。




