第三三九話、ホラーハウス作戦
野営地で爆発音が複数立て続けに起きた時、城内の自室にいた非番の兵たちで慌てた者はいなかった。
夜に砲兵大隊が演習をするという話を聞いていた。もっと注意していれば、砲のそれと違った音だったと気づけたかもしれない。だが城内にいて音が違って聞こえたことと、『砲兵が演習をやる』という通達による思い込みが、兵たちに疑問を抱かせなかった。
むしろ、夜間演習のために叩き起こされて、砲をぶっ放す砲兵どもを笑った。
――ご苦労さん。お前らがこのクソ寒い中、訓練している間に俺たちは部屋で休んでるよ。
自室でくつろぐ魔人兵たち。博打をやったり、人間から分捕った本を読んでみたり、あるいは酒を飲んだり、もう寝床についている者もいた。
そんな中、兵たちの部屋が並ぶ居住区の廊下を、魔人兵らが列をなして進んでいた。その腕には、黒い腕章がついている。種族はバラバラ。狼顔も、猪顔、鳥顔もいた。
彼らはそれぞれ部屋の前へと移動する。
配置についたのを確認し、一斉に扉を開けた。中にいた魔人兵らは、特に気にも留めない。部屋を出ていたヤツが戻ってきたか、あるいは別の部屋のヤツが何か用があってきたくらいにしか思わない。
カン、カンと、石床を何か硬いモノが跳ねる音がした。その音に、さすがに中の兵たちは反応した。
だがそこまでだった。扉が再び閉められたと同時に、室内に転がった複数の手榴弾が立て続けに爆発し、爆風と破砕の嵐に魔人たちを叩き込んだのだ。
爆発の後、扉の前に立っていた黒い腕章付きの魔人兵らは、再び扉を開けて中へと入った。
爆発により絶命した魔人兵。黒焦げ、血まみれの死体を見やり――ふと、かすかな呻き声。投げ込まれた爆弾の位置か、あるいは奇跡的に何かが壁になったりで即死を逃れた、しかし傷だらけの兵がいた。
黒腕章の魔人兵はその声の主のもとへと歩く。
『た、助けて、くれ……』
救いを求めて伸ばされた血まみれの手。だが差し出されたのは同胞を救う手ではなく、刃だった。
・ ・ ・
ウェントゥス軍によるザームトーア城の攻略は順調に進んだ。
城に隣接する野営地の部隊、城内居住区、食堂、城壁上の歩廊や見張塔の人員は壊滅した。
だがそれで城内外の魔人兵が全滅したわけではない。
居住区にいなかった者、上官から受けた雑用、その他当番、たまたま外に出ていた者などなど。
これらの生き残りがまだ、城のいたるところに存在していたのである。
ウェントゥス兵らは掃討にかかった。
通路を歩いていた兵は、突然正面から、あるいは背後から刺された。
作業のために中庭に出ていた兵は、砲兵とは明らかに違う爆発の連続に怪訝に思い、ある者は野営地に近づき、やってきた黒腕章の魔人兵に不意打ちされた。
魔人兵が魔人兵を剣で斬る――その光景を目撃した兵は、二手に別れた。一人は、上官に通報すべく走り、もう一人は、味方を斬った兵に声を荒げ――しかし次に自分が狙われていると感づき、慌てて近くの通報用の銅鑼を鳴らそうと駆ける。
だが、肝心の銅鑼がない!
これでは鳴らせない。
『どうしてこんな……!」
ハッと気配を感じて振り向けば、味方殺しの魔人兵が剣を突き出し迫っていた。手を前に出し、やめろの声を上げる間もなく、凶刃が胸を貫いた。
一方、野営地近くで起きた惨劇に、報告に走った兵は最初に遭遇した鬼魔人の兵に叫んだ。
『大変だ! 兵が刺された!』
『本当か!?』
鬼の兵は、その兵士の肩を掴んだ。
『何があったんだ? 敵か!』
『いや、わかんないけど! 野営地から来たセプランが剣で仲間をズバッと! わけわかんねえよ!?』
『それは、わけわからんな』
鬼魔人の手が、その魔人兵の胴体を突き上げるように殴る、とその手が刃物のように鋭く変化し、胴体を貫いた。
『本当に……』
白目を剥いて絶命する魔人兵を尻目に、鬼型――シェイプシフターは城内を闊歩する。
傍目から見たら同士討ちとも取れる光景が城内のいたるところで繰り広げられた。
中には騒動に気づき、黒腕章をつけた兵による反乱に気づいた者たちがいた。
『城が、反乱者たちに乗っ取られた!』
上官たちは見当たらず、城の様々な場所で仲間の死体と、それを量産する黒腕章の魔人を見やる。命令系統はなく、このまま城にいれば殺されるだけ――彼らがそのような判断を下すのに時間はかからなかった。
腕章をつけてない魔人兵を見かけるたびに、味方であることを告げ、逃げようと言った結果、気づけば十人ほどのグループとなっていた。
急いで城の外に。
廊下を進む彼らだが、その先の扉に手をかけ、ノブを捻る。だが――
『開かない!』
鍵などが掛かっているわけでもないのに、扉が開かない。慌てる先頭の兵を、後続の者が急かす。
『おい、早くしろ!』
『見つかったらヤバイぞ』
『くそっ……おおい、誰か――』
『馬鹿ヤロウ! 敵に気づかれるだろうが、声を落とせ』
動揺する兵たち。最後尾で、焦燥に駆られていた兵は、ふと背後で足音がしたことに気づいた。
金属音、それは重甲冑を着た者が歩く時に立てる音だ。
誰か来る――
敵か、それとも味方か。黙ってそれの姿を見やり、その兵は絶句した。
黒い全身鎧をまとった騎士が立っていた。その姿は人間か? 兜で顔は見えない。手にはブロードソード。そして次の瞬間、その刀身が熱を帯びたように赤く光った。
正体は分からないが、おそらく敵だ。兵の誰かが叫んだ。
『ヤツは一人だ! やれ!』
その声に弾かれ、魔人兵らは腰の剣を斧を抜き、漆黒の騎士へと突っ込んだ。
だが騎士は、その赤く輝く剣を振り、一撃のもとに魔人兵の胴体を両断。流れるように、一人二人とすれ違いざまに斬り捨てていく。
魔人兵の断末魔の声だけが響く。本能的に、この騎士がヤバいのを兵たちは悟る。だがどうにもならない。一人、また一人と抵抗をすり抜け、黒い騎士は魔人兵の屍を築いていく。
『くそ、なんで扉が開かないんだっ!』
扉と格闘していた豚顔魔人が焦り、叩くが、それでもびくともしない。そのすぐ背後で、仲間の悲鳴が聞こえ、振り返る。
漆黒の騎士の頭がなくなっていた。仲間が騎士の頭部に横からハンマーを叩きつけたのだ。
やった!? ――だが騎士は動く。まるではじめから首から上がなかったかのように。
『化け物……ッ!?』
魔人兵らは恐慌を起こす。
その姿は、首なし騎士。そんなものを目の当たりにした彼らは、怪物、化け物の類と思っても仕方がなかった。
首なし騎士は、そのまま殺戮を繰り返す。剣に裂かれる魔人兵たち。
『誰か、開けてくれ!』
ドンドンと傷がつくくらい激しく扉を叩くセプラン兵だが、とうとう諦め、扉に背を向け身をもたれさせた。
迫り来る死。もはや彼以外に仲間は残っていなかった。
そして次の瞬間、セプラン兵は思いがけず、背中から黒い突起に刺し貫かれた。
後ろは扉のはず――何故刺されたかわからないまま、魔人兵は絶命した。
廊下に広がるは死屍累々の光景。首なし騎士が、兜を拾う間、扉だったものが形を変え、黒い塊となる。
シェイプシフター――それは出入り口を塞ぐ扉となり、魔人兵たちの通行を遮断した。




