第三三二話、混沌の場
グスダブ城へ夜襲をかけるべく進撃していた魔人軍。
その先鋒、第十四重装歩兵連隊第一大隊は、セラの聖天の一撃で三分の一を失い、続いて左右からの魔鎧機と援護歩兵の攻撃でさらに三分の一を失った。残る三分の一は、勢いに乗る魔鎧機隊によって壊滅しようとしていた。
そこへ後続の第二大隊が追いついた。左右で戦闘する友軍を尻目に中央を突破し、その後、左右に分かれて挟み込もうとしたのだ。
だがその中央を、前進してきたウェントゥス軍主力――セラの聖天の第二撃が襲った。これにより中央突破を図った二個中隊が半壊。左右の隊の増援に回っていた二個中隊は難を逃れたが、結局のところティシア、アウロラの魔鎧機と闘っていた隊が戦力を失い敗走を始めたことで、それぞれが魔鎧機とその援護小隊と交戦する羽目になった。
第二大隊主力が、聖天によって半分以上の戦力を失ったところで、セラは魔鎧機スアールカを具現化。慧太たちウェントゥス小隊の援護のもと、残敵の掃討にかかった。
スアールカの腰部の光槍砲が光弾を放てば、厚い甲冑をまとった魔人兵の身体をかすめただけでえぐる。拡張された銀魔剣が砲を担いでいた巨人兵を引き裂く。
前進する白銀の魔鎧機。魔人兵らはスアールカから距離をとろうとするが、そこへ慧太、リアナ、キアハとウェントゥス兵が切り込む。
全員が夜目が効く面子だ。セラのスアールカに気をとられていた魔人兵らを切り裂き、叩き潰し、撃ち抜いた。
一方、左右のティシア隊、アウロラ隊は、あらためて敵の一個中隊の歩兵とそれぞれ対峙した。ティシアのネメジアルマ、アウロラのグラスラファルは魔人兵を次々に血祭りにあげたが、敵は数に勝る。ウェントゥス兵が援護についているとはいえ、数で押す敵は側面へ回り込む。
だが、それを待ち受けていたのは、遊撃隊として動いていた、サターナ分隊とアスモディア分隊だった。
「灼炎の輪、我が手を離れ、焼き尽くせ!」
アスモディアの炎の魔法が、津波のように押し寄せ魔人兵を飲み込む。反対側では、サターナが氷の魔法で、魔人兵を貫きつつ、その隊を分散させて各個撃破に持ち込んだ。
第十四重装歩兵連隊は、第一、第二大隊を相次いで壊滅させられ、最後尾だった第三大隊は、ウェントゥス軍の三小隊による戦闘にそのまま巻き込まれる形となった。
重装歩兵らは自分たちが得意とする戦術――密集隊形で前進し、敵を踏み潰すを実行したが、こと夜戦において勝手が違った。
初めて交戦する魔鎧機。強力な魔法。闇夜にも関わらず昼間のように縦横に闘うウェントゥス兵の攻撃に、隊列を維持するのが困難だった。むしろ隊列を守っていたほうが狙われ、セラの聖天やアスモディアらの魔法でまとめて吹き飛ばされる始末だった。
結果、状況把握もままならないまま、崩壊が始まった。
・ ・ ・
前衛の第十四重装歩兵連隊の旗色が著しく悪くなるさまを、後続の第十五重装歩兵連隊と行動を共にしていたベルフェは見守っていた。
夜闇の中、光が走り、爆発が起きて、そこで戦っているだろう兵たちがやられているのが、細部はわからずとも推測できた。それらの攻撃が、自軍のものではないのがわかっているからだ。
――あの強い光はアルゲナムの姫君の例の技か。
すでに三度ほど観測している。他にも、火属性の爆発魔法が主に敵右翼側で数度見えた。……どうにも強力な魔法の使い手がいるようだ。人間でこのレベルだと、相当高名な魔術師ではないかと思われる。
――これは単なる遭遇戦ではないな。
ベルフェは無感動な視線を向ける。
魔人軍の夜間攻撃を察知し、全力で迎撃しているのだろう。計算外なのは、守りやすい城ではなく、雪原上で待ち受けていたということか。
わざわざ地の利を捨てて野戦で挑む……一見、愚かしい考えにも思えるが、なるほど、こちらの想定する形とまったく異なる展開に持ち込み、手順を狂わせるというのは悪くない手だ。
連絡手段が主に伝令や狼煙などの信号に頼っている現在の形からすれば、混沌とした夜戦では、部隊間の連絡が昼間のそれより難しい。
その結果、各指揮官は戦いの展開によってある程度の自己判断を強いられる。特に予定外の行動を突きつけられた時、『何か間違いを犯す可能性』が跳ね上がるのだ。
しかも――
敵はかなりの兵力を魔人軍の迎撃に差し向けている。まるでこちらの動きを読んでいたかのように、だ。……面白くない。
――こちらの飛行偵察、バンガード共に敵の待ち伏せに気づかなかった。
まったく気味が悪い。どうしてこうなったのか。
「ベルフェ様! 十四連隊が後退を始めました!」
観測兵の報告に、ベルフェはいつもの無表情さを装いながらも、不機嫌さがにじみ出る。
後退と報告されたが、前衛の重装歩兵連隊のそれは潰走と呼ぶべきものだった。兵たちが一目散に逃げ出し、それが周囲に伝わり背を向ける。重い槍や盾を捨て、中には兜も投げ捨てて少しでも身を軽くしようとしている者もいる。
もはや、統制はとれないだろう。
そんなベルフェの隣に、第十五重装歩兵連隊の連隊長が来た。
「我が連隊は前進しますか?」
「待機だ」
即答だった。
「6ポルタを前面に並べろ。もし敵が追撃を図るようなら吹き飛ばす」
「ハッ!」
人間どもが図に乗るようなら、軽砲である6ポルタ砲を浴びせて返り討ちにしてやる。18ポルタのような城塞破壊力はないが、対人相手には充分過ぎる威力がある上、馬や魔獣で牽引可能で、展開力が早い。
第十五連隊は、戦闘隊形に移行しつつあった。間もなく、大打撃を被った十四連隊が下がってくるだろう。……果たして、人間どもは追ってくるのか。まあ、どちらでも構わないが。
これまでのリッケンシルト軍とは、明らかに違う。昼間、グスダブ城に駆けつけたアルゲナム軍――セラフィナ・アルゲナム、例の姫君か。
――なるほど、第二軍がしてやられるわけだ。……彼女はよほどの名将かもしれない。
積極的に前に出てくる。非常に攻撃的だ。防戦や迎撃というより進攻のようだ……。
「そう、どこかで……」
考えるベルフェ。そしてふと思いつく。
――ああ、これはサターナ様の戦い方に似ている。
戦いにあっては主導権をとることを重視し、相手に受けに回らせる。次第に打つ手をなくさせ、最後には踏み潰す。
サターナがかつての第一軍を率いていた頃、その主力である戦竜軍団は、その圧倒的な力と強靭な防御力を用いて、前進し敵を蹂躙した。一年と少し前にスプーシオ王国の完全掌握目前に、消息不明となったサターナ……。
――まさか、な。
何故そう思ったのか。アルゲナムの姫とサターナが同じ陣営に属して、こちらに牙を剥いている、などと。
・ ・ ・
魔人軍が後退をはじめた。
何か撤退を示すような信号などは見なかったから、おそらく敵兵が戦闘困難と判断して逃走しはじめたのだろう。
慧太は、上空監視をしている夜鷹を呼び寄せる。地上で戦闘をしていた見立てでは、敵二個大隊ほどを叩き潰したが……。実際どうなっているのか、答えあわせは必要だ。
敵が逃げている今、追うべきか。
それともここまでで引き上げるべきか。
潰走している敵ほど、もろいものはない。戦いにおける戦果は追撃戦――逃げる敵を追いかけることで拡大する。
だが問題は――目の前の敵が逃げたからといって、魔人軍全軍が逃げ腰なのかどうかだ。安易に敵が逃げていると追いかけたところを、後続の敵が待ち構えていたら……。
何せ魔人軍は、昼間、砲兵と騎兵の一部に損害を受けたとはいえ、三五〇〇以上は残っていたわけだ。幾分か減らしたとはいえ、よくて全体の三分の一に打撃を与えた程度と見る。
――それでも、結構奮戦しているのだが。
慧太は心の中で呟く。
――相手は、堅実な戦術家のベルフェ。奇襲をしてやったとはいえ、立て直しの策くらいいくらでも思いつくだろう。
夜鷹が舞い降り、上空から監視していた様子を伝えてくる。……前衛は敗走。しかし後続の重装歩兵連隊は戦闘隊形に移行、その前面に牽引式の軽砲を並べている?
「やる気まんまんじゃないか」
迂闊に正面から突っ込んだら、敵の砲に叩かれ、こちらの追撃が止まった途端に重装歩兵を前進させてトドメを刺す――といったところか。
「慧太くん」
ユウラがやってくる。慧太は不敵な笑みを浮かべた。
「今宵の宴は、ここまでとしようか。……撤退の魔法、派手に頼むぜ」
「承知しました」
青髪の魔術師は、涼やかな笑みで答えると、一言「浮遊」と呟くと、その身体を夜の空へと飛び上がらせた。
視界を確保。味方を巻き込まないように、派手にやるには――
「稲妻」
正面に伸ばした指先から青白い電撃が弾ける。それを横一線に振れば電撃は意思を持ち、ヘビのようにうねりながら、雪上にラインを引いた。射線上にいた魔人兵が感電し焼かれたが、それよりも雪を弾き、壁のように舞い上がらせたほうが重要だった。
それは追撃無用、撤退せよ、という味方への合図。セラやアウロラ、ウェントゥス兵らは、目の前に吹き上がった雪の壁を見やり、追撃を中断、引き返した。




