第三二六話、重砲と榴弾
鎧機が、18ポルタに砲弾を装填する。さらに別の一機が、打ち出し棒を持ち、発射の合図と共に、棒先を重砲の砲尾にぶつける。魔石同士の反発により、打ち出された砲弾は宙を飛び、やがて、後退する魔人重装歩兵をなぎ倒した。
砲兵陣地。慧太たちは、手に入れた18ポルタ砲を利用し、魔人軍を砲撃していた。
それにより、グスダブ城へ向かっていた重装歩兵連隊は向きを変えて引き返しはじめ、また敵本営そばを守っていた騎兵部隊が、砲兵陣地へと接近しつつあった。
「意外と速い対応だったな」
慧太がひとりごちれば、傍らで戦場を観察していたレーヴァが頷いた。
『誤射を叱責する伝令なりが様子を見に来ると思ったのですが、それより先に騎兵を動かしましたな』
「ああ、ベルフェは、砲兵陣地が奪われたことをすぐに悟ったようだ」
もう少し砲を使い潰してやりたかったのだが。……時間的余裕がなくなったために、早く切り上げなければならないようだ。
「まあ、あとはこの18ポルタさえ潰せば、オレたちは目的を達成なんだけどな」
18ポルタの利用は、はっきり言えばおまけに過ぎない。
そもそも、魔人軍ご自慢のこの重砲は、拠点攻撃用であり、城壁やら建物を砕くために存在する。隊列を組んだ軍隊相手には、攻撃はできるがそれほど効果的とは言い難い。
――砲弾が榴弾じゃないからな……。
内部の火薬が爆発することで、広い範囲に破片をばら撒いて攻撃する榴弾なら、例えば敵部隊のど真ん中にでも命中して爆発することで周囲の多くの敵を死傷させることができる。
いまの18ポルタの砲弾は、言ってみれば巨大な砲丸投げの砲丸を飛ばしているだけであり、直撃するか、かすめた敵しか倒せないのである。
さきほどから、魔人軍の重装歩兵連隊に砲弾を叩き込んでいるが、おそらくその死傷者は十数名程度。二個歩兵連隊、三千人以上という数字から見れば微々たる損害だ。
だが砲弾を叩き込まれた側の兵たちは、実際の損害よりもかなり動揺し、また怒りをたぎらせていることだろう。
『そろそろ、目標を変更しますか?』
レーヴァが、砲兵陣地へと向かってくる魔人騎兵の大集団を見ながら言った。まだ距離があるとはいえ、数分のちには敵がこちらへ乗り込んでくる。逃げ支度をすべきかもしれない。
「そうなんだが……あれは何をしているんだ?」
慧太の視線は、陣地から離れ、西側雪原で止まっているドファンとかいう大型魔獣の群れへと注がれる。いつの間にかリアナとサターナとキアハが、その群れの近くにいて、少数の魔人兵を始末していた。
脱出用に確保していたとか? いや、飛んで逃げる手段があるから、わざわざ乗り物を調達しなくても――
慧太が見守る中、リアナとキアハが群れから下がり、サターナが魔法で巨大な氷柱を具現化させると、輓獣の群れに放った。
サターナの氷柱を刺され、ドファンが悲鳴をあげた。続く咆哮。それはまたたく間に群れ全体に伝染する中、さらにリアナが何か爆発物を爆破させたらしい。
これで完全にドファンの群れが恐慌を起こした。だが魔獣たちは、魔人兵のように大人しくはなかった。その巨体を揺らし、ドスドスと雪原を踏みしめ、暴走をはじめたのだ。攻撃から逃れるべく、群れは扇状にバラけ――その先には、砲兵陣地を目指す魔人騎兵部隊。
切羽詰った巨大なドファンからすれば、魔人騎兵は道を開けるべき下の動物だった。傍目から見れば、それは水牛の群れに、象の集団が横合いから突っ込むような光景だった。騎兵の先鋒がドファンにはねられ、大きく隊列を崩す。また後続も、容赦なく暴走する大型魔獣を避けようと列を乱し、隣の味方と衝突したりとさらに混乱が拡大する。なまじ突撃中の騎兵だったからこそ、二次被害が広がった。
「やりやがった……!」
慧太は思わず相好を崩した。誰が言い出したかは知らないが、三人娘の機転で、魔人軍に想定以上の混乱を引き起こせた。
『将軍! 敵騎兵の一部が……』
魔獣の暴走に巻き込まれなかった右翼前衛の騎兵が、なおも砲兵陣地に迫る。その数五十程度か。だいぶ的がしぼれたな――
「砲を敵騎兵に向けろ」
慧太は頷いた。
「今度は榴弾でな」
『弾種変更! 榴弾、装填!』
18ポルタに込められる砲弾が、城塞攻撃用の鉄弾から、黒い砲弾に切り替えられる。
魔人軍が用意した18ポルタ用砲弾に榴弾はない。ではこの黒い砲弾は何かといえば、シェイプシフター体で作られたものだ。……手榴弾を変化生成できるなら、乱暴な話、その拡大版である大砲用の榴弾も作れる。
もっとも試し撃ちなどできなかったから、生きた砲弾として無理やりでっち上げたものだ。正直出たとこ勝負であるが、着弾したら爆発すれば問題はない。
砲口をほぼ水平にまで倒し、突進してくる魔人騎兵に微調整。敵を正面に捉え――次の瞬間、四門の大砲が火を噴いた。
砲弾は魔人騎兵に達すると、爆発し衝撃と共に無数の破片を飛散させた。まるで嵐のように荒れ狂う破片が、魔人兵を、猪魔獣を襲う。銃弾にも等しい速度で肉をえぐり、血を撒き散らす。
先ほどの鉄の塊をぶつけだかけのそれとは、明らかに被害範囲が拡大していた。たった四発で、先行する騎兵十数騎が雪原に倒れ伏した。
直撃を受けたなかった騎兵も、足が止まりかけ、まっすぐ進まない。どうやら破片を食らって手傷を負った者が多数いたようだ。明らかに先鋒の勢いが衰えた。
爆発のタイミングが微妙にズレた影響か、最大限の効果とは言えないが、敵の突撃を頓挫させた以上、成功と見るべきだろう。
一方で後続の魔人騎兵は、ドファンの暴走を逃れ、部隊の再集結と突撃隊形をとるべく態勢を整えつつあった。
慧太は声を張り上げた。
「よし、あの集結している敵騎兵に、もう一発榴弾をぶちこんだら離脱する! 爆弾用意! 砲を吹き飛ばす」
再装填――兵が中継し、ティグレが再び砲に榴弾を込める。魔人の射撃指揮官を喰らった分身体兵が照準指示を出し、新たな目標に向けて18ポルタ砲四門は旋回する。
『準備よし!』
『撃てぇっ!』
18ポルタから放たれる榴弾。それは再度、突撃を図ろうと集まっていた魔人騎兵に爆風と破片の暴風に飲み込んだ。
砲を撃ち終わった18ポルタに、ウェントゥス兵は爆弾を設置する。大砲の装填機構を壊せば、前線での修復はおそらくできないだろう。ついでに巨砲を固定する部位も吹き飛ばす。
突撃を潰され、再度の集結を魔人騎兵が図っている間に、爆弾の設置を終えると、ウェントゥス兵らは大砲から離れて集まる。
「撤収!」
数名の分身体が集まり、飛竜へと変化すると、来た時と同じく背中に二人ずつ乗せ、砲兵陣地から西の方向へ低空から離脱を図る。
うち二頭は、雪原のサターナら三人娘を回収し、西ブローンセの山々へと飛び上がる。慧太たちが離れた直後、18ポルタに仕掛けられた爆弾が次々に爆発し、ベルフェ自慢の重砲を破壊した。
・ ・ ・
ベルフェの表情は引きつっていた。
まるで人形のよう、と変化に乏しい表情の少女も、さすがにこみ上げてくる感情をすべて制御することはできなかった。
「ああ、まったく。やってくれたよ」
「ベルフェ様……?」
副官のアガッダは、指揮官の顔を見やり、ぎょっとする。我らが指揮官は、笑っていたのだ。はらんでいるのは狂気。とても十歳の少女のものとは思えない不敵な笑み。
「この戦いが始まって以来、初めてじゃないか。我が第四軍がこれほどの損害と局地的敗北を喫したのは」
敗北、と口にするベルフェだが、とても敗軍の将とは思えない口ぶりだった。アガッダはどう返していいかわからず口をつぐむ。
「ようやく、『敵』に出遭えた、そんな気分だな。いやはや、まったく」
ベルフェは踵を返す。
「仕切りなおしだ。部隊を集結させたまえよ」
そう指示を出しつつ、内心では、早々に王都に帰りたいとベルフェは思う。
創作意欲がわいてきたのだ。元々、研究ごとが趣味である。ここにきて、それが再び頭をもたげてきたのだ。
――あの対人用の砲弾。……ボクより先に実戦に耐えうる代物を作り出しやがった!
榴弾に関して、ベルフェは前々から研究している。実際、小型砲には爆発と破片を飛び散らせる散弾を実用済みだ。ただ18ポルタ用の大型砲が使用する砲弾に関して、長距離でも使える榴弾の開発には難儀していた。
――何故、18ポルタに合う砲弾を用意していたのかはわからないが……目の前で見せられてはな。
グスダブ城攻略の最中であることが恨めしい。
かくて、ベルフェ率いる第四軍リッケンシルト残党軍掃討部隊は、グスダブ城正面より後退するのだった。




