第三二〇話、救援
「助けに行くべきよ」
セラは、一切迷わなかった。
ハイデン村、ウェントゥス傭兵軍本部。例によって机の上に地図が置かれ、それを取り囲むように、慧太たちウェントゥス軍の幹部と、ティシア、アウロラのアルトヴュー軍騎士が立っている。
ゼーエンから聞かされたリッケンシルトの残党軍とその一掃を企む魔人軍。東南地方に追い込まれたリッケンシルト軍を救援しなければ、魔人軍は彼らを蹂躙し、この国を完全掌握するだろう。
「断固阻止しなくてはいけない」
「賛成です」
ユウラは追従した。
「リッケンシルト国王族も、残党軍と運命を共にすることになれば、この国を奪回したあと誰が収めるかで必ず悶着が起きます。僕らにとってはリッケンシルトは通過点に過ぎませんが、後方での騒動はアルゲナム攻略にも悪影響をもたらすのは必至でしょう」
セラは青髪の魔術師の言葉に頷く。だがそこでティシアが手を挙げた。
「ですが、このハイデン村から救援に駆けつけるのは、時間的にいささか無理があるのではないでしょうか?」
長い金髪をなびかせた美女は、リッケンシルト国の地図を見やり、指し示す。
「東南地方は比較的近くとはいえ、街道に沿っても数日はかかります。しかもオストクリンゲ地方へ向かうには、ここ――ザームトーアの城があります。……いまここは魔人軍が制圧しており、突破しない限り、オストクリンゲへの救援は不可能です」
ザームトーアは難攻不落を謳われた城。城攻めに時間がかかっては、リッケンシルト軍は魔人軍によって壊滅させられる。
「確かに、陸路では間に合わないでしょう」
ユウラは認めた。陸路では――随分と意味深な言い方をしたものだ。
「では、空なら――?」
セラが考え深げに言った。
「例えば、私の魔鎧機なら、ザームトーアという城を迂回することも」
「可能だろうが――」
慧太は首を横に振った。
「いくらアルゲナムの魔鎧機といえども、ひとりでどうにかなるものでもないぞ」
サターナ、と慧太が傍らの黒髪の美少女の名を口にすれば、漆黒のドレスを翻し、彼女は前に出た。
「こんな時のために、竜亜人の姫であるワタシが特別に飛竜を召集しておいたわ」
ドラッヘル――!? アウロラ、ティシアが絶句した。サターナは竜亜人と言ったが、本当は魔人であり、つまりは嘘っぱちである。傭兵ギルドで登録をした時の嘘なのだが、アルトヴューからの合流組である彼女らは、サターナが人間でないというのを初めて聞いたのだろう。
「あなたたちも怪獣との合戦で、ワタシたちが飛竜を使っていたのは見ていたでしょう? あれをざっと三〇頭ほど呼びつけておいたわ。さすがに大隊全部は無理だけれど、二個小隊程度なら運んであげるわ」
呼びつけた、などと言っているが、シェイプシフターの分身体のことなので、正確にはこれも嘘である。
おずおずとティシアが切り出した。
「サターナ様は、ドラッヘルの姫君なのですか?」
「一応ね。礼儀については、それほど硬いことは言うつもりはないけれど、馬鹿にされるのだけは我慢するつもりはないからそのつもりで」
「御意に、姫殿下」
ティシアが一礼し、すぐさま隣のアウロラにも礼を強要した。以前よりサターナに対して、何故いるかわからない生意気なガキという認識を持っていたアウロラである。言動にそれが垣間見れていたので、ティシアはサターナがそれを指摘する前にアウロラに頭を下げさせたのだ。
「話を戻す」
慧太は、サターナの隣に立った。
「陸路を進んでいたのでは間に合わない。そこでオレたちは、サターナの手配した飛竜を用いて、地形を無視する形で直接、リッケンシルト軍のもとへ飛ぶ」
「質問」
アウロラが小さく手を挙げた。以前は、何事にもケチをつけていた褐色肌の女騎士は、いまは真面目そのものといった雰囲気をまとっている。
「そこの……そちらのサターナ姫様が二個小隊程度運べると言ったが、その程度の戦力でどうにかなるものなのか?」
「一度に運べる人数という意味だ」
慧太は小さく頷いた。
「時間はかかるが、一度、部隊を前線に送り込んだあと、引き返した飛竜は後続部隊を再度輸送する」
「つまり、最初に乗り込んだ部隊は、次の部隊が来るまで現地のリッケンシルト軍ともども戦線をもたせないといけない、ということか?」
「そういうことだ」
慧太は笑みを浮かべた。――彼女は、きちんとこの話を理解している。理解の早い人間は嫌いではない。
「喜べ、アウロラ。魔鎧機は三機とも今回の作戦で投じる。本当はもっと後まで温存しておきたかったが、そんな贅沢が許される状況ではないからな」
三機とも――その言葉に、セラ、ティシア、アウロラは、自分たちが最初に空輸される部隊に入っていることを悟った。魔鎧機が三機あれば、軽く一、二個中隊以上の戦力となるから、最初に乗り込む部隊は二個小隊だけでなく実質、二個中隊であると見ていい。
――アウロラ、ティシアはともかく、セラはリッケンシルト軍と接触する際にいたほうがスムーズにことが運ぶ。
慧太は、ちらとユウラを見やる。彼も片目を閉じて、慧太を見ていた。
ゲドゥート街道の一戦で、伝説的な活躍を見せた白銀の戦姫の到着は、リッケンシルト軍にとっても大きく戦意を高揚させることだろう。
「さて、ゼーエン。皆に、オレたちが向かう戦場について説明してくれるか?」
部屋の端の椅子に腰掛けて会議を見守っていた帽子の青年。彼は立ち上がると、机のもとまでやってきた。
「あー、慧太将軍より紹介に預かりました、ジパングー国のゼーエンと申します」
軽く自己紹介をした彼は、さっそく本題に入った。
「オストクリンゲ深部にあるグスダブ城――ここにリッケンシルト軍残党は立て篭もっています。数は総勢、千から千五百の間。対する魔人軍は、二個歩兵連隊、一個騎兵大隊、二個砲兵大隊の総勢約四千といったところです」
数の上では、三倍近い戦力差がある。
「緩やかとはいえ山の中腹に作られたグスダブ城は、地形効果もあり、本来は攻略が難しい部類に入る城ではありますが、魔人軍は、18ポルタをはじめとする城壁破壊用の長射程砲を有しているため、リッケンシルト側は城壁を過信できない状況です」
「つまり、長くはもたない、ということですか?」
ティシアが聞けば、ゼーエンは首肯した。
「そういうこと。魔人軍第四軍は、長距離砲による後衛からの射撃で敵を潰し、前衛の重装歩兵を壁とすることで、堅実かつ鉄壁の布陣で、これまで幾度となくリッケンシルト軍を撃破してきた。今回も、その戦法で来ると思う……思われます」
「堅実、ゆえに絶大の自信があるのでしょう」
ユウラは顎に手を当てながら言った。
「だが逆に言えば、そのパターンを崩せば、勝機が見い出せるというもの」
「というと?」
セラが首をかしげれば、青髪の魔術師は笑みを浮かべた。
「ベルフェ卿の玩具である砲を無力化すればよいのです。そうすれば、グスダブ城は元の堅城としての効果を発揮します」
「ですが、敵の砲は、重装歩兵に守られているのでは?」
容易に近づけない。少なくともその守りを破れなかったために、リッケンシルト軍は敗北を重ねたのではないか。
と、そこでアウロラが指を鳴らした。
「わかった! そこでアタシら魔鎧機が突っ込むんだな!」
あ、なるほど――とティシアが頷きかける。いかに重装歩兵が、全身鎧と盾で防御を固めようとも、魔鎧機の前では紙も同然だ。
だが、慧太は口を挟んだ。
「いや、魔鎧機はグスダブ城の援護に回すから、砲を叩くのは別だ」
確かに魔鎧機ならアウロラの言ったとおり容易いが、如何せん敵陣へ突入することになり、万が一何かあって魔鎧機が孤立するようなことがあれば救援が難しくなる。……いや、できなくはないが、そうポンポンこちらの手札を敵に見せてやるわけにはいかない。
「重装歩兵が守りを固めるといっても、それは戦場正面――おそらく、グスダブ城に一番戦力を集中している。後方や側面を厚くする意味は、騎兵による迂回でも試みなければないからな」
魔鎧機でなくても砲兵部隊を攻撃できる。もちろん、敵中に飛び込むわけだから、普通に生還を考えれば、実は魔鎧機のほうが突破できる可能性のほうが高い。……普通に考えれば。
姿を変え、長期戦にも耐えうるシェイプシフターが、普通の範疇に入るわけがないが。
「何か手が?」
セラが言えば、慧太は頷いた。
「色々と、やってみたいことがある」




