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シェイプシフター転生記 ~変幻自在のオレがお姫様を助ける話~  作者: 柊遊馬
浸透! リッケンシルト進攻編

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第三一九話、エサ箱作戦


 その男は、ジパングー軍の連絡係にして大使だと名乗った。


 四十代半ばと思しき男性。背は高く、がっちりした体躯の持ち主だ。だがいかめしいわけではなく、むしろ、細い目は笑っているようにも見える。


 セラたちと面会したその男、ゴルダーは、ジパングーから順次から送られてくる部隊を、ウェントゥス傭兵軍に合流させる旨を伝えた。……もちろん、この人物はシェイプシフターの分身体であり、適当なことを並べているだけだが。


「なにぶん、海路を使っており、我が国の長距離輸送能力ゆえに、一定の期日や規模を確約できないのが心苦しくはあるのですが――」


 戦場で喰らい、確保する分身体の数が一定であることはない。

 だが、そんなことをまったく知らないセラは、特に見返りも求めず、アルゲナム解放の意思に賛同し、軍まで派遣してくれているジパングー国に感謝を惜しまなかった。


「アルゲナム解放の折は、ぜひ貴国にも何がしらのお礼をしたいと思っております」

「お気になさらずに――とは、さすがに国同士のことですから、そうもいかないでしょうが、それは事をなしえた時にでも、改めてということで」


 ゴルダーは、穏やかにそう返した。まだアルゲナム奪回の成否もつかない段階といえば聞こえがいいが、事前に見返りなどを含めた話がまったくないというのも不思議なものである。

 セラにだって、国が遠方より軍を投入することで莫大なコストがかかることを知らないわけではない。何かの利があるからこそ、支援をしたり共闘するのだ。正直に言えば、セラは、ジパングーという国が何を求めてこの戦いに加わってくれているか、まったくわからなかった。


「我々は、返さなくてはならない恩義があるのです」


 ゴルダーは、ちらと慧太を見た。


「ハヅチ殿から受けたご恩を返す機会は、永遠にこないのかと思っていた折、このような形でお返しできるのは、我が国の民全てにとって光栄の極み」

「……」


 慧太は苦虫を噛んだような顔になる。だがセラは、今のゴルダーの発言で、何となく察した。……アルドヴュー王国から英雄視されるセラ自身と同じようなことを、ケイタはジパングーでやったのだ。

 それまでどこか張り詰めていたセラの表情が、かすかに和らいだのを慧太たちは見逃さなかった。サターナとユウラは、目論みどおりと小さく頷きあい、ゴルダーも慧太に目礼してみせた。

 英雄なんて御免だぞ――そう口にしたいのを、セラの手前我慢する慧太である。


「さて、ゴルダー殿。あなたが連れてきてくれた兵たちに早速仕事だが――」


 慧太は、事務的な話に持っていって、この奇妙な空気を脱しにかかる。机の上の地図に向かい、ゴルダーもまた頷いた。


「はい、将軍」


 将軍――周囲が別の意味で驚いた。慧太自身も吃驚びっくりした。


「将軍だって?」

「ジパングー国から、名誉将軍の位を与えられているのをお忘れですか? ハヅチ将軍」


 ゴルダーは生真面目を装うが、その口もとが笑っていた。……この分身体(野郎)、こんなところで悪戯心を覗かせなくてもいいものを!


「名誉将軍? 忘れたよ」


 だが、何となく、自分でもそういう悪戯をしそうだと心の中で思う慧太である。


 ・  ・  ・



 ジパングーからの援軍――という建前の分身体兵の増加によって、兵力が三倍になったウェントゥス傭兵軍。

 慧太たちは次の作戦を発動させた。


『エサ箱』と名づけられた作戦は、まず第一段階として、ハイデン村周辺の村、集落を制圧することから始まる。

 橋頭堡であるハイデン村の北西方向にあるミューレの古城は、すでに陥落している。

 次の目標は、西にある村フュレ、南のムーベル、それに近い集落のルジモンの攻略である。

 これらはハイデン村と同等か、それより人口の少ない集落で、街道が通っている以外に戦略的な特徴がない。確保すれば食糧が確保できるとか、武器や道具が調達できるとか、そういうことも一切ない。

 ただ、ハイデン村や国境に面している拠点に物資を輸送する際、必ず通る『道』であり、通過地点である。


 ウェントゥス傭兵軍の突撃兵部隊は、これら三つの拠点へ移動。ハイデン村を攻略した時同様の手口で、奇襲をかけ、これらを制圧した。

 駐屯する魔人兵を一掃、それらを取り込んだウェントゥス兵らは、そこから魔人兵の姿に化けた兵を一定数残すと引き上げた。

 あたかも、魔人軍がまだ支配しているように見せるために。


 かくて、ハイデン村の周囲にある拠点や集落は、表向きは魔人軍、しかし実際はウェントゥス傭兵軍の勢力圏となった。

 そしてこれら表向き魔人軍の拠点と見せかけることが、『エサ箱』作戦の根幹である。

 何も知らずにやってくる魔人軍部隊や輸送部隊を『エサ』とし、各拠点に待ち受けるシェイプシフター部隊がそれらを喰らう。

 それでウェントゥス軍の分身体兵を増やす一方、魔人軍の兵站へいたんに打撃を与える策を同時進行させる。

 例えば、前線に物資の輸送を申請することで、敵輸送部隊を引きずり出す。輸送部隊に備蓄食糧消費を促すと共に、運ばれてきた物資を何食わぬ顔でウェントゥス軍が手に入れるのだ。

 また、輸送部隊の魔人輜重(しちょう)兵と、化けた分身体兵が入れ替わることで、魔人軍の輸送部門を、ウェントゥス軍が密かに乗っ取る。

 始めは一部隊だった入れ替わり部隊は、シェイプシフターたちが次々に侵食し、やがて魔人軍の補給線をズタズタにしていく。物資が忽然こつぜんと消えたり、補給を必要としている部隊や拠点に物資が届かなくなったり……。


 派手さはないが、兵站部門が充分に機能しなくなることで魔人軍リッケンシルト駐屯軍は戦わずして大幅に弱体化していくのである。



  ・  ・  ・ 



 エサ箱作戦によって、魔人軍の輸送部門にささやかな負担を強いる一方、慧太たちウェントゥス軍は、その勢力圏を広げるための策を練っていた。

 つまり、現状の最前線となっている拠点、集落の先に前進し、少しずつ魔人軍の拠点を切り崩していくのだ。


 攻撃の候補となるのは、より規模の大きい物資輸送の中継拠点となる都市などの交通の要衝である。そこを押さえることで、それより先の魔人軍前線部隊の補給を握り、戦わずして兵糧攻めを行うことができるようになるのだ。……そうして弱体化した敵を、ひとつずつ包囲して殲滅せんめつ。正面から挑むより、楽ができるだろう。


 そんな中、情報収集のために事前に放っていた分身体――始まりの六人のうちの一人が、慧太のいるハイデン村を訪ねてきた。

 灰色のマントをまとい、つばの広い帽子を被った二十代の青年といった風貌の彼は、ゼーエンと名乗った。

 ハイデン村、ウェントゥス傭兵軍本部(旧村長宅)で、ゼーエンはテーブルを挟んで慧太と相対した。ちなみにこの場には、ユウラ、サターナ、アスモディアがいる。


 ゼーエンは、魔人軍をはじめ、リッケンシルト国内に分身体が送り、情報収集を行っていた。

 例を挙げれば、王都エアリアには、魔人のほかに多くの人間が残っているが、その生活ぶりはあまりよろしくないらしい。他にも人間たちがいる集落があるが、大抵は労働奴隷とされているという。

 また、魔人軍の主な戦力や配備状況も掴んでいた。


「現状、リッケンシルトに駐留するレリエンディール軍は、シフェル・リオーネの第一軍、ベルフェ・ド・ゴールの第四軍だ」


 ゼーエンの言葉に、アスモディアが口を開いた。


「ベルゼの第二軍はいない?」

「ああ、いま本土だよ。自慢の魔騎兵をゲドゥート街道で失って、目下、再編成中だ」


 失った戦力の再編成――精鋭の魔騎兵部隊、その主力を失った第二軍であるが、果たしてその練成にどれほどの時間がかかることやら。半年? はたまた一年? 補充に足る予備がどれほどの残っているかにもよるが、どんなに急いでも数ヶ月はかかるだろう。ヘタすれば年単位。


「で、それはそれとして……いま君らにとって、もっとも関心があるのは、リッケンシルト軍の現状だと思う」


 ゼーエンは座った椅子で行儀悪くもたれると腕を組んだ。

 リッケンシルト軍。魔人軍に対抗する勢力のひとつ。合流できるなら、したいと思っている勢力である。共闘できるなら、手っ取り早く戦力を増やすことができるのだが。


「まあ、あいにくと風前の灯、といった感じに追い詰められているがね。いちおう健在だ。いまは」

「いまは――?」


 何とも意味ありげな言い回しだった


「リッケンシルト軍は、東南地方にいる。オストクリンゲ――だが連中にトドメを刺そうと魔人軍が半包囲している状況だ」


 しかも――ゼーエンは唇の端を引きつらせる。


「数日中に攻撃が始まるだろう。そして攻撃が始まったら、おそらくリッケンシルト軍は壊滅する」

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