第三一八話、合流
アウロラの次は、キアハだ。
慧太は、村長宅を出て、傭兵団の女性陣が寝泊りしている民家のほうへ歩く。
月は出ているが、吹き荒む風が寒々しい。……シェイプシフターの身でなければ震えが来るほどの冷気かもしれない。
見張りの兵と、軽い敬礼のやりとりの後、室内へ。ベッドで休んでいるかと思えば、居間にキアハとリアナ、そしてセラの姿があった。
古い木の机を挟んで、椅子に座るキアハとセラ。リアナは壁際に腕を組んで立っている。
「キアハ、大丈夫か?」
「あ、ケイタさん……団長」
「なんだよ、改まって」
こんなところで傭兵団の上下関係を出さなくても、と思ったが、ひとまずそれを指摘するのはやめた。
灰色の肌に額の一対の角、金色の瞳の半魔人の姿であるキアハは、やってきた慧太に神妙な調子で頭を下げた。
「さっきは、騒ぎを起こしてすみませんでした」
「……」
かすかに目の下が赤い。悔しさと悲しさでたっぷり泣いたのだろうが、いまはかなり落ち着いている。セラやリアナのフォローのおかげかな、と慧太は思う。
「アウロラがオレの悪口を言っていたんだってな」
「はい……」
キアハは心持ち、視線を下げた。何か言いたいことがあるかと思ったが、彼女は何も言わなかった。言い訳も、相手への非難もなし。
セラも心持ち俯いたが、口を閉じていた。慧太は小さく息を吐いた。
「悪かったな。喧嘩させちまって」
「……いえ」
「ありがとう。だけど、オレの面倒でキアハや仲間が傷つくのは辛い。あまり無茶はしてくれるな」
「はい、ごめんなさい」
謝られた。思った以上に大事にしてしまったことを反省しているのかもしれない。……キアハは素直な子だ。
「まあ、はっきり言えば、アウロラのほうにかなりの非があるわけで、キアハは巻き添えを食らったようなものだから、あまり気にするな」
「……化け物って言われました」
自嘲するようにキアハは呟いた。
「それで、カッとなって。……もう少しで彼女を殺すところでした」
「同時に、君も殺されるところだった」
慧太は片方の膝を床につき、うつむくキアハの目線を近づける。
「アウロラとは二度とこんなことはないだろう。もしあったら、今度はオレが許さない」
キアハは小さく笑った。嬉しかったようだ。
「だが君の姿を見て、酷いことを言ったり、悪意をぶつけてくる者は、これからも出てくるだろうな。君だけじゃない。亜人や獣人を差別する輩は、どこにでもいるもんだ。……なあ、リアナ?」
「そうね」
壁に背を預けていた狐娘の暗殺者は頷いた。例によって表情は変わらず、特に何も感じていないように見える。
「よくあること」
「そういうことだ。……相手をぶちのめしてもいいけど、加減はしてやれよ。困った時は周りに頼れ。オレでもリアナでも。……君はひとりじゃないからな」
すっと慧太が手を出せば、キアハはその手を軽く握った。
「はい……」
灰色肌の鬼人の目にうっすらと浮かぶものがあった。
しかし、キアハは大丈夫そうだ。もっと酷く落ち込んでいたり、傷ついて、対人恐怖症を発症していたりしたらどうしようかと思ったのだが……。リアナやセラが上手く彼女を立ち直らせたようだ。仲間たちに感謝を。
・ ・ ・
早朝、まだ日が明けきらないうちに、サターナとレーヴァがハイデン村に到着した。
出迎えた慧太に、サターナは笑みを浮かべた。
「まだ寝ていると思って、どうやって起こそうか考えていたのに、無駄になってしまったわ。ねえ、レーヴァ?」
「ええ、まったく、その通りで」
頬に傷のある分身体、レーヴァが苦笑する。慧太もつられて苦笑い。
「こっちも色々あってな」
「何かトラブル?」
「キアハとアウロラがちょっと」
「あー……大方、鬼の姿になったキアハに、あの小生意気な魔鎧騎士が突っかかったってところでしょう?」
だいたい見当がついた、といわんばかりのサターナ。慧太は首を振った。
「突っかかったのは、キアハのほうだ。アウロラがオレの悪口を言ってたらしい」
「あぁ、そういうこと。あの子、お父様に関することだと我を忘れる性質よね」
どんな悪口を言われたの? というサターナに、慧太は肩をすくめた。
「オレは知らない。……知らないほうがいいことってあるだろう?」
村長宅へと歩く三人。
「制圧報告は届いているわね? あなたが寄越した兵と、古城の守備隊を摂り込んだ分で完全装備の兵がおよそ二五〇体ほど確保できた」
ハイデン村にいる増加分も含め、全部を兵として換算すれば四〇〇を越える。
「大隊が編成できるな」
わずか二日で、規模四倍に増えたわけだ。それでも食糧消費がまったく増加しないという部隊物資に優しいシェイプシフター。これが普通の軍隊だったらと思うと、ゾッとする。
身の丈に合わない数を揃えても、運用できないという罠、である。
「部隊の編成と定数は、ユウラと話してあるが、とりあえず実際に組んでみるか」
事前に話し合ったところでは、最小単位である分隊が一〇人。
小隊が三個分隊三〇名。
中隊が三個小隊と、中隊本部一〇名の計一〇〇名。
大隊が三個中隊と大隊本部に一個小隊ついて三三〇名。
これが基本となる歩兵大隊の構成だ。騎兵やその他の兵科になる場合、数や編成は異なるだろうが、そのあたりは実際に運用して試行錯誤するしかないと思っている。何事もやってみて、不都合があれば直していく。それが肝心。
「ねえ、お父様。その増えた分の兵を、セラや周りに紹介するのが先でしょう?」
このままではおちおち作戦会議もできない。説明する段階になって、『そんな数の兵隊はいない』と突っ込まれたら、いや実はいるんだ、からの『いつの間に味方に加わっていたの?』と疑問を抱かれる。そういう知らないうちに兵が増える現象が繰り返されれば、セラやティシアらも不審を抱くのは必然。疑惑や不審、しまいにはシェイプシフターの正体露見のきっかけにもなりかねない。
慧太や一連の分身体がシェイプシフターであることを知っているリアナやユウラは、元々、人間とは違う獣人傭兵団にいたから、魔物の類でもある意味慣れたもの。
だが慧太がシェイプシフターであることを知らないセラやティシア、アウロラにとって見れば、シェイプシフターは魔物だ。人間に化けている、というだけでどれだけ偏見で見られるかわかったものではない。
――セラは、シェイプシフターや魔人も受け入れているところはある。
だがそれは、慧太がシェイプシフター使いとして制しているから、と思っているし、サターナやアスモディアにしても、慧太やユウラが見ているから今の関係であると言える。慧太自身が、怪物、魔物の類だと発覚したら……果たしてどうなることやら。
――まあ、いつかはバラさないといけないんだろうが。
ただ、それは先の話だ。少なくとも、アルゲナム国を魔人の手から取り戻し、セラの願いを叶えるまでは、正体は隠し通す。途中でお役御免だけは、勘弁である。
「お父様……?」
「団長?」
サターナとレーヴァが怪訝な目を向けてくる。つい考え込んでいた慧太は口もとを皮肉げにゆがめた。
「何でもないよ」
セラと自分の未来について考えていた、なんて言ったら、何か別の意味に勘違いされるのではないかと思ったのだ。レーヴァはともかく、サターナあたりがそれをからかってくるような、そんな気がした。
いや、それは確実だった。だから黙っていた。




