第三一七話、面接
何とも張り詰めた空気に満たされていた。
村長宅の地下。漆喰で覆われた無機的な壁。ある程度の広さがあり、燃料を燃やす暖炉、作業台などが設置されている。
慧太は、テーブルを挟んで、アウロラと対峙していた。他に誰もいない。
褐色肌の女騎士は、ずっと慧太から顔を逸らしていた。
無言。キアハとの喧嘩のレベルを超えた戦闘に対する言い訳はなかった。間違っても文句はなく、だからとって詫びたわけでもない。ただむっつり黙り込み、真っ直ぐに慧太の顔を見れないようだった。
慧太は席について早々に口を開いた。
「まずは、謝っておく。……キアハが亜人であることを知らなかったな。夜にいきなりアレでは驚きもしただろう。すまなかった」
「……」
ちら、とアウロラが慧太を見た。その目には、いささかの驚きがあった。
「キアハは大陸東方の希少な鬼系亜人のハーフでな。昼間は人間の姿だが、夜になるとああして肌の色が変わって角が生える」
「亜人……魔人じゃねえのかよ?」
アウロラの問い。実際のところ、キアハの鬼姿は、半魔人というトラハダスの改造手術のせいであり、亜人でもない。
慧太の言った話は嘘も同然なのだが……はたしてそれを告げていいものかどうか考え、アウロラにはそこまで信用がないと思った。だから、周囲一般についている嘘を教える。
「魔人ではない。よく勘違いされるけどな。それを言ったら、魔人と獣人や亜人の線引きだって、案外ざっくりしているというか、曖昧だ」
狼の獣人もいれば、魔人にも体型は違えど狼顔の種族がいる。トカゲ頭の種族など、魔人なのか獣人なのか亜人なのか、いまでも判断に困る。
「だから、魔人でもないのに、魔人だと後ろ指指されるのは当人にとっては腹立たしいことでもある。人間、自分のコンプレックスを刺激されれば、怒りもするだろう?」
慧太はじっとアウロラの顔を見つめた。途端に彼女は気まずげに顔を逸らす。……暗に、この地方では珍しい褐色肌のことを指摘したのを、察したのだ。
「話は以上だ」
慧太は席を立った。え――アウロラは驚いて、慧太を見上げた。
「以上って……これで終わりなのか?」
「そうだ」
慧太はそっけない。アウロラは立ち上がった。
「いやいや、待て。そんだけなのかよ!? アンタ、仲間が死に掛けたんだぞ!」
「事故だったんだろう?」
それとも故意か? ――慧太は席に戻った。アウロラも腰を沈める。
「……魔人だと思ったんだ」
「だが違うと伝えた。もう、同じことはしないだろう?」
「……ああ」
アウロラは、消沈しているようだった。慧太は机に肘をついた。
「キアハも人間から誤解されることが多いから、あまり人前であの姿を見せるのを控えているんだが、ここじゃ皆が彼女の姿に慣れていたからな。つい、お前が知らないってことを失念したんだろう」
事前に知っていたら、アウロラは武器を構えただろうか。悪口をいう彼女とキアハの喧嘩は避けられなかったにしろ、ここまでこじらせることはなかったとも思う。とはいえ、特に知らない人間に軽々しく打ち明けたくないというのもまた、心情というもので。
「慣れていない人間には警戒してしまう。そういう過去を歩んできたからだが、大目に見てやってくれると助かる」
「……あんたは責めないんだな」
神妙な調子のアウロラ。
「アタシは、あんたの方針に対してさんざん反対意見を出した」
「ああ」
「文句も言ったし、正直言って嫌な奴に思われてることくらいはわかる」
「自覚はあるんだな」
「それに、今回間違いとはいえ、あんたの部下を殺すところだった……」
「……」
「お咎めなし――それで済む問題なのか?」
「なんだ、罰が欲しいのか?」
慧太はそっけない。アウロラは首を横に振る。
「べつに、そんなんじゃねえけど……その」
悪かったと思っているが、素直に謝れない――といったところだろうか。騎士のプライドか、あるいは単に育ちの問題なのかは、慧太には判断がつかなかった。
「事情が事情だからな」
慧太の声のトーンが落ちた。
「だが二度目はない。それは心に留めておけ」
アウロラは押し黙る。
罰を与えないから、許したと思ってもらっても困る。騒動の発端は、慧太への不満や悪口だと言うし、言われている当人としては声を荒げてもおかしくはないのかもしれない。……幸いなのは、慧太が悪口の内容を聞いていなかったことだ。だからあまり感情的にならずに済んでいる。
「そうだ。せっかく、こうして二人きりで顔を合わせているんだ。少し話しをしよう」
慧太は、淡々とした調子で腕を組んだ。
「お前は亜人や獣人が苦手だったりするか?」
「……苦手っつーか、そういうのは特にねえけど」
アウロラは不思議そうな顔になる。
「なら、差別意識は?」
「アタシに何を言わせたいんだ?」
「今後の部隊運用の話だ」
慧太は世間話をするように告げた。
「戦場で好き嫌いなど贅沢だが、余計なトラブルは避けたいだろう?」
「アタシが嫌だって言ったら、そのようになるのか?」
「考慮はする」
ただし絶対とは言わない。
「……嫌なのか?」
「そう言われると……あまり積極的には関わりたいとは思わねえな。特に獣人って、臭いし汚いって印象つえーし。……毛が多いとノミがいるって聞くぜ?」
「狼人とか熊人とか駄目そうだな」
慧太は小首をかしげた。
「リアナはどうだ? 狐人は?」
「あれくらいなら、まあ、我慢できるかな」
「何事も慣れだな」
慧太自身、この世界にきて、熊人のドラウト団長の獣人傭兵団に拾われたが、入ったばかりの頃は、さまざまな獣人たちに面食らったものだった。
「あんなことがあって、アタシがここに馴染めるとでも……?」
アウロラが暗い表情になる。慧太は天井を見上げた。
「そりゃ、お前の態度次第だろ」
オレにどうしろって言うんだ。そこまで面倒見切れないぞ……と思いながらも。
「ジパングー兵はオレのほうでどうこうできるが、ウェントゥスの面々はな、オレの一存ではどうにもならんだろう。そもそもお前、オレの悪口言ってたろ?」
「う……それは――」
アウロラが視線を逸らした。それを言われたら彼女は反論の余地もないわけで。
「まあ、オレに対する不満も悪口もあるだろう。オレは別に構わないが、周りがそれを許さないところがある」
それが今回の騒動の一因でもある。
「それだ、あんたは怒らないのかよ? アタシが言えた口じゃねえが、悪口言われたんだぞ?」
「面白くはない」
はっきりいえば不快だし、割とくるものがある。
「お前がオレを怒らせたいっていうんなら、それも構わん。あとでどうなっても知らんが」
キアハ以上に手が付けられないことになるだろうとは思う。間違っても聖人君子ではないし、腹が立てば、怒りもするのだ。
「お前にとって、今回の戦いは、フォルトナー陛下からの命令によるものだ。ほかの志願している連中と違って、嫌々こっちに来たのかもしれない。だがここにいる連中は、侵略された故国を取り戻したいっていうセラのために戦っている。……その邪魔だけはしてくれるなよ」
慧太は席を立った。
「オレが言いたいことはそれだけだ」
部屋を出るべく上への階段を登りかけ、ふと足を止める。
「これからキアハのところに行くが、もしお前が周囲との関係を気にするなら、フォローしておくが……?」
「……それは――」
アウロラは俯いた。あれだけの騒ぎになった以上、キアハとは特に顔をあわせづらい。関係改善を望むなら、キアハが抱いているだろう敵意が少しでも和らいでくれればやりやすくなる。
だがそれを慧太に――自分がさんざん陰口を叩いた相手の好意に甘えていいものかどうか。気恥ずかしくもあり、嬉しくもあるが、それを素直に受けたら駄目な気がしないでもない――
答えられずに自身の銀髪をガシガシと掻くアウロラ。慧太は、彼女の内心の葛藤を見て取り、小さく肩をすくめるとその場を後にした。……これ以上の気遣いは、かえって意固地になりそうだった。
――そういえば、オレへの悪口って何だったんだろう……?
知りたいような、知りたくないような。




