第三一四話、アウロラ
「団長さんよ、アンタのことはまあ、噂にはなってた」
アウロラ・カパンゾノはそう前置きした。
「リッケンシルトじゃ、セラフィナ様たちと戦った傭兵のひとりとして、魔人軍に手痛い打撃を与えたっていう」
ゲドゥート街道の奇跡――魔人軍ベルゼ連隊を撃退した戦い。
「アルトヴューの王都では、国王陛下をお救いし、ほかの誰もが扱いに難儀していた鎧機を手足のように使ってカイジューの眷属を倒した。……まあ、アタシもその時、命拾いした一人だ。感謝はしてやる」
だがな――褐色肌の女騎士は眉をひそめた。
「あんたは傭兵だ。教養なんて期待するのは間違っているかもしれないが、それでもそれ相応の態度ってモンがある」
「……ほぅ」
慧太はテーブルの上で肘をつく、口もとの前で手を組んだ。
「見当違いのことを言ったらすまんが、オレのような傭兵の指揮下で働くのは、騎士である自分は我慢できない、という意味だろうか?」
「実力が確かなら従うさ。国王陛下が認めた男だからな」
アウロラは、しかし敬意の欠片もなかった。
「ただ思い出してみろ。セラフィナ様やユウラ殿のような魔鎧や魔法があるならともかく、アンタ自体は、あくまで普通の人間だ。鎧機を上手く扱えるったって、それだけ。カイジュー退治でも、まあ一般兵よりは働いたけど、それ以上ではなかった」
中々手厳しい。が、個々の戦果で見るなら、確かにアウロラの指摘は間違っていない。慧太は、これといって大戦果を挙げたわけではなかった。
「そんな普通の人間に毛が生えた程度の戦功しかないアンタが、傭兵団の団長ってのはまだいい。だがな、一国の王族を敬語もなく、あまつさえ呼び捨てにしているというのはどういうことだ!」
アウロラは立ち上がると、ビシリと慧太を指差した。
「アンタが、セラフィナ様を呼び捨てにしてるのを知ってるぞ! アンタの傭兵団の連中も、姫殿下を呼び捨てにしている。……百歩譲って、『さん』付けまでは……いや、それもおかしいだろが!」
「あの、アウロラ……ちょっと待って」
セラが席を立って、アウロラを見つめた。
「呼び捨てや『さん』付けは、私が皆にお願いしたことだから。……彼らを責めるのはお門違いよ。私が許したのだからだから」
「セラフィナ様……いや、でも」
「私はアルゲナムの姫――だけど、今はその国も滅ぼされてしまった。……見方によっては元王族ということでもある」
それに――セラは優しく言った。
「あなたにも、名前で呼んでと言ったよね」
「あ……いや、しかし、さすがに呼び捨ては――」
思い当たったのだろうが、アウロラは首を横に振った。慧太は、ぽつりと言った。
「じゃあ、オレがこれからセラを――姫様とお呼びすればいいのか?」
「それはやめて」
セラが眉をひそめた。
「あなたはこれまでどおりでいいの」
「……ふむ。だそうだが?」
慧太はアウロラを淡々と見つめた。銀髪褐色肌の女騎士は苦虫を噛んだ様な顔になる。
「――失礼しました、セラフィナ様。以後、あなた様への傭兵たちの態度には目をつぶります。……だが、ハヅチ団長、アタシは他にもアンタに言いたいことがある」
「どうぞ」
慧太は頷いた。とりあえず、席に座って、と手振りで示す。
「第二点は、アンタの指揮能力だ。アンタにアタシら魔鎧騎士を使いこなせる力量があるのかどうか」
アウロラは口もとをゆがめた。
「温存といえば聞こえはいいが、アンタは魔鎧機を使えない。正直に言って、もてあましているんじゃないか? 魔鎧機を投入すれば済むのを、敢えて自分の手勢だけで解決した……違うか?」
「違う」
一切の躊躇いもなく、慧太は答えた。
「作戦前の説明で言ったとおりだ。これから嫌でも連戦が続くのに、初っ端から魔鎧機を酷使するつもりはない。……理解を得られなくて、残念に思う」
「アタシらの出番はいつだ?」
「いつか」
まだ明確にいつかは断言できない。
「じゃあ、アタシらに出番がないこともあるのか?」
「それで済むなら、それほど楽なことはないと思うが? 切り札は使わずに済むのが理想だろう?」
慧太の言葉に、しかしアウロラは不満を顔中に浮かべた。……この女騎士は、そうまで敵と戦いたいのだろうか?
「だがリッケンシルト国の王都解放に向けて、敵の大集団と交戦する場合は、必ず出番となるだろう。他にもこちらの戦力ではどうあっても苦戦必至の戦場では、お前が『嫌だ』と言っても出てもらう。……それで文句はないな?」
「……」
場が凍ったような沈黙が降りる。慧太とアウロラの間の空気に誰も声を挟まない。ユウラはお茶をすすり、アスモディアは一度は止めていた筆を動かし、他人事を決め込む。
「……アタシは、あんたを指揮官と認めていない」
アウロラはしぼり出すような声で言った。
「傭兵ごときに、騎士のことはわからない」
「アウロラ」
ティシアが声を上げた。温厚な彼女に珍しく、アウロラを見ることなく硬質な声だ。
「これ以上の暴言はやめなさい。それができないようなら、ここから出て行きなさい」
「……ふん」
褐色肌の女騎士は、席を立つと苛立ちも露に部屋を出て行った。
ティシアは、ため息をついた。
「申し訳ありませんでした、ハヅチ団長。彼女には私から後でよく言い含めておきます」
「……」
面と向かって、能力を疑われるというのは面白くない。ティシアは慧太の肩を持ってくれているようだが、だからと言ってアウロラに言われた言葉をすぐに忘れられるほど、人間ができているわけではない。
セラが口を開いた。
「いったい、彼女は何が不満なのかしら……」
「というより、何かに苛立っているようでしたね」
ユウラが、お茶のおかわりを催促すると、控えていたメイド姿のマルグルナが新しいお茶を入れた。
「ずいぶん、戦いたがっているようですが……原隊にいた頃はどうだったのですか、ティシアさん」
「……自分の実力を周囲に誇示するところがありました」
ティシアがその温厚そうな顔に、かすかな困惑をにじませる。マルグルナが、白騎士にもお茶を淹れた。
「アウロラは低階層の出身で、あの肌の色でかなり差別を受けて育ったと聞いています」
肌の色――慧太は唇の端を曲げた。たしかに彼女のような褐色肌の人間は、いなくはないが珍しい。……どこの世界でも、肌の色の違いによる差別が存在するということだろう。
――なにせ、獣人や亜人差別もあるからな。
くそ面白くないが。
「魔鎧騎士としての素養があり、上級騎士に取り立てられましたが――環境のせいか、周囲からの言動に敏感なところがありまして。乱闘や決闘騒ぎは、わりと」
「乱闘や決闘」
ユウラは苦笑した。
「問題児なのですか?」
「認められている限りは、いい子です。ただ彼女は差別や悪口には過敏で、相手に対して暴力をもって黙らせたりします」
「問題児ですね」
青髪の魔術師は容赦なかった。セラはどこか同情的な目で、考え込んでいる。アウロラのことを気の毒に思っているのだろうか。アスモディアは――やはり書き写しの作業に没頭している。
要するに――慧太は椅子にもたれた。
「自分が蔑ろにされていると感じているということか?」
力を見せたいのに、その機会が来ないことへの苛立ち。周囲の傭兵たちが姫であるセラに気安く声をかけている現状も、疎外感の一因となっている、と。
――それで八つ当たりされるこっちはたまらないな……。
慧太は、嘆息するのだった。




