第三一一話、待ち伏せ
基本的に、部隊の移動というのは障害物の少ない、歩きやすいところを通るものだ。故に、進軍する部隊は、引き返さない限りは街道を必ず通ってやってくる。
慧太たち、シェイプシフター部隊は、魔人軍の歩兵部隊がやってくるのを待った。
現代っ子である慧太は、この手の待ち伏せのやり方というのは漫画だったり戦争映画だったりのイメージが強い。中世あたりだと、待ち伏せというのはどういうやり方があったのだろうとふと思ったりする。
騎士たちが正々堂々と戦う、というのは一般的なイメージだが、そういう時代に、このように地面に伏せて、隠れて待つというやり方は一般的だったのか、いまいち想像できなかった。……少なくとも全身鎧をまとった騎士は、地面に横たわったら自力で起き上がれないから、ないな、と思う。
『……団長』
背後から、声がした。
『敵が来ました。四列の行軍隊形……真っ直ぐ道を進んでます』
「準備しろ」
慧太の視界は地面に近いほど低い。それもそのはず、慧太をはじめ分身体兵は、その形を見るからに土の盛り上がりに見えるように擬態していたからだ。
ただ伏せるだけでは、視界のよい平原で隠れることはできない。これが夏だったら、虎やライオンの如く、伸びた草の中に伏せて待つことも可能だろうが……。姿、形を自在に変えられるシェイプシフターならではの待ち伏せである。
無数の足音が聞こえてくる。金属のこすれる音や、咳、唸り声や雑談とおぼしき声が時々混じる。
行軍隊形。四列の縦隊は、シンプルゆえに一番スムーズに移動ができる。
指揮官とおぼしき者が、猪のような獣に騎乗している。前衛の一個中隊――騎乗しているのが五人、それ以外は徒歩だ。
潜むウェントゥス兵らはじっと、街道上の敵部隊を睨む。合図があれば、速射力のあるシ式クロスボウを叩き込む。
――……まだだ。もっと奥まで進ませろ……。
魔人兵の縦列は、いまや大口を開けた肉食獣の顎に飛び込みつつある。あとは開いた口を閉じるだけだ。
慧太はじっと注視する。街道にしたある仕掛けを、魔人兵らが気づかずに素通りしていく。……まあ、そうだろう。その仕掛けもまた、地面に埋まる石に擬態しているのだから。
――地雷起動……。
仕掛け――半埋没型の地雷は、慧太の指示で起動状態になる。
踏むことで爆発する兵器、というのが一般的な地雷ではあるが、対象物によって地雷の形態はさまざまだ。空中に小爆弾を射出して爆発するものも地雷であるし、対人のみならず対車両、対ヘリコプター用のものもあったりする。
もっとも、慧太自身はそこまで深く地雷の知識があるわけではなく、例によって生きた分身体による爆弾と仕組み自体は変わらない。
魔人兵らが地雷と気づかず踏みつけ、通過していく。まだだ……。
自然と吐く息が深くなる。上手く行くはずだ――だがもしものことがあったら……。不安の種がこみ上げるが、押し殺す。
空気が固まったような緊張。思惑通りにいかなかったら対応できるだろうか……いや、雑念は捨てろ。
最先頭に仕掛けた地雷が、敵前衛中隊の最後尾の小隊に差し掛かったまさにその時、何の前触れなく爆発した。
ズカン! と、鈍く重い爆発音。それは前を行く魔人中隊の各小隊の足元で立て続けに爆発した。
合計六発。爆発付近にいた魔人兵の身体が、ボールのように跳ねとぶ。衝撃と熱風は半径五メートルの兵をなぎ倒し、さらに十数メートル範囲内に撒き散らされた破片は、兵たちを傷つけた。
「撃て!」
慧太はシ式クロスボウを放った。地雷の爆発が合図となり、伏せていたウェントゥス兵らが一斉に初弾――爆弾矢を放った。
街道と魔人兵らに殺到する矢が、立て続けに爆発した。六十発の爆弾を放り込まれたようなものだ。街道は煙に巻かれ、衝撃と破片によって魔人兵らはボロ雑巾のように引き裂かれ倒れた。
指揮官は騎乗している魔獣もろとも倒れる。あの爆発から生き残った魔人の呻き声や、助けを求める声が複数聞こえる。密集していたことで巻き添えを喰った兵が多い反面、仲間が盾となり致命傷を受けなかった者もいた。だが爆発の衝撃により、鼓膜が破れたり、三半規管が麻痺しているのか、よろよろと街道から歩き出て――シェイプシフター兵らに射殺された。
地雷爆発から立ち直る暇さえ与えられず、魔人軍の前衛中隊は壊滅する。前衛百五十人、脱落。
だが、もうひとつ敵の中隊が残っている。
・ ・ ・
突然開いた無数の爆発と煙が、先行する歩兵中隊を包み込んだ。
通常ならありえない吹き飛び方をする者や、なぎ倒される者――後続の中隊の目の前で起きたそれは、指揮官と先頭の小隊を硬直させた。
突然の爆発は砲撃か、それとも魔法によるものか。ただはっきりしているのは、あっという間に前を行く中隊がやられたこと。
敵襲なのかもわからないまま、中隊長であるディブル人の大尉は顔を強張らせた。
『中隊長!』
古参の兵士長が指示を催促するが、上級魔人である人型のディブル人指揮官は、言葉が出ないほど動揺していた。じかに指揮官を見る位置にいる先頭の小隊の兵は動揺した。
一方で、後続の第二、第三小隊は行動に移っていた。
『武器を構えろ! 盾を前に! 防御隊形に展開!』
古参兵らが低く、ドスの効いた声で脅すように兵に命じた。前方で起きた複数の爆発音を敵襲と判断した古参兵らは、それぞれのやり方で兵たちを動かす。
街道から逸れ、先頭の第一小隊の左右につくべく駆け足で隊列を整える。
『敵だ!』
うっすらと広がった煙が霧散すると同時に、街道横から、白い甲冑をまとった人型の集団が現れる。角付きの兜――あれは人間なのか? 古参兵は思ったが、あんな装備の味方はいないし、なによりこちらを攻撃してくるのだ。ならば敵だ。
第二、第三小隊が正面の敵に備え始めるが、中隊長が率いる第一小隊はいまだ混乱したままだった。すっかり動転してしまった指揮官を、狼顔の兵士長が怒鳴る。
『敵です、中隊長! 早く命令を出してください!』
撃ってきたぞ――兵のひとりが叫ぶ。
『くそッ!』
兵士長はディブル人中隊長の襟をつかむと、引きずった。飛来した矢が、先ほどまで中隊長が立っていた場所に突き刺さる。
『盾を構えろ! 敵が来るぞ!』
兵士長が吠えれば、岩質の肌を持つ魔人のヴラオス人や豚顔のセプラン人の兵が盾を手に前を固める。
彼らは完全に前方の敵に注意が向いていた。だからそれに気づくのが遅れた。
魔人兵らから見て左――北の森の方角から、一斉に飛び出し向かってくる小型竜の騎兵部隊の接近を。
・ ・ ・
『突撃!』
その命令は簡潔だった。
ダシュー率いるコンプトゥス騎兵は、魔人軍歩兵中隊の側面より斜め後方から突進を開始した。一度方向を示せば、騎兵の突撃はシンプルだ。……途中でやり直しが効かないので、突撃を決めたら進み続けるしかない。
魔人軍歩兵は、街道に沿っての縦隊をやめ、横に広がり戦闘隊形をとる。正面に盾持ちを並べて、敵の突撃に備えつつ、隙あらば突撃するという構えだ。
慧太たちウェントゥス歩兵を正面とする魔人中隊。ダシューら騎兵に対して、完全に無防備な側面をさらしていた。
そのまま最短コースを取る――ダシューは部隊を率いて突撃する。騎兵の突撃に対して怖いのは、飛び道具と長槍を並べた防御隊列。自ら突進するという戦法上、これらに対する攻撃に弱いのだ。
――まだ気づいていない……!
敵に守りの時間をとらせる前に突っ込むのが理想。障害物はない。このまま全速で突進、敵兵を跳ね飛ばす!




