第三一〇話、即応
想定外の事態は起こるもの。だが起きてしまったものは仕方がない。その都度、適切に事に当たればいい。
要するにアドリブである。物事を深く考えておくのも必要だが、早々都合よく物事というのは運ばないのだ。
慧太たちのいるハイデン村。そこからおよそ五キロほど離れたところを、二五〇から三〇〇人ほどの魔人軍の歩兵部隊が街道に沿って移動している。
そのまま進むと、街道は北と東に分岐する。東へ行けばハイデン村、北ならミューレの古城だ。
魔人軍はどちらを目指しているのか。あるいは両方なのか――それによって対応が変わってくる。
ハイデン村に二個中隊なら、慧太たちは最大三〇〇名近い敵兵と当たらなければならない。分岐で半分に分かれれば一個中隊。敵が古城を目指すなら、こちらは敵とぶつかることすらない。……だがそれは逆に、ミューレ古城を攻略中のサターナたちが、敵の援軍一個中隊ないし二個中隊を相手にしなければならないことを意味していた。
昼間に城を落とす、と豪語していたサターナであるが、たとえそれが上手く言ったとしても、城内の掃討に半日はかかるだろう。そこを敵の援軍がやってきたとしたら、いかに彼女とて面倒なことになる。そうであるならば――
慧太は決断した。この敵の二個歩兵中隊は、こちらで相手をする。
地図から顔を上げれば、リアナはいつものように淡々としているが、その目は戦場を求めギラついていた。
「この敵と戦うんだよね」
わたしたちで――狐娘は、慧太に促しているようでもあった。……ああ、もちろん、そのつもりだ。
慧太は近くの分身体兵に、ガーズィとダシューを呼べ、と命じると、すぐさま対応をまとめていく。
拠点での待ち伏せ――神出鬼没なシェイプシフターの特性を利用した誘い込みからの包囲案は、この場合使えない。ハイデン村を出て、街道上で敵を迎撃しなくてはならないのだ。
それも街道の分岐点に到達する前に。そのほうが、敵の分離パターンごとにどう対応するか考えなくても済むからだ。
で、あるならあまりノンビリしている余裕はなかった。
ガーズィとダシューがそれぞれ駆けてきた。すでに兜を被っている。
「死体処理は?」
『完了しました。すぐに分身体兵として使えます』
「数は?」
『人型なら、およそ百三〇程度は』
こちらの五〇も含めれば、一個中隊半にはなるか。よし、と慧太は頷いた。
「ここに一〇名ほど残し、あとは移動だ。敵を迎え撃つ」
『承知しました』
移動用に分身体の半分は乗り物に、と指示を出す。敵はのんびり歩いているが、こちらは急いで街道の分岐点より先に進まなければならない。
必要に応じて馬などの動物へ変身できるシェイプシフター。変幻自在の面目躍如だ。
キアハが口を開いた。
「もうじき、セラさんたちがこの村に来ますよね。待つんですか?」
「いや、いまは時間が惜しい」
魔鎧機があれば、歩兵中隊程度――とっさに魔鎧騎士のアウロラの顔が浮かんだ。
が、まだその力に頼る状況ではないだろう。少なくとも、対処できる目処が立っているので、組み込むこともない。
「セラたちが着いたら、この村を守ってもらう。オレたちはサターナの救援に向かうが、ヤバいときは知らせる、と」
本当にヤバいときに、果たして間に合うかというのはあるが、慧太は敢えて口にしなかった。
セラたちには村に残ってもらう。特にセラは空を飛べるから、釘を刺しておかないと追いかけてきそうだ。敵を待ち伏せしている段階で、姿を現されて手順が狂うのも面白くない。
それにたった今増やしたばかりの分身体のこともある。シェイプシフターを知らない彼女たちがいないほうが、今回は都合がいい。
慧太たちのいる村の中央に、二足型の小型恐竜――コンプトゥスが現れた。それはたちまち数十頭の集団になる。どうやらガーズィらは、移動用の乗り物にこの二足竜を選択したようだった。
「てっきり、馬かと思ったんだが……」
『馬よりこいつのほうが、分身体の量を若干節約できますので』
ガーズィが生真面目にそんなことを言った。
まあ、速く移動できるなら問題はない。やってくるコンプトゥスに、キアハは若干、苦手そうな表情を浮かべた。以前、一人で乗れるようになったはずだが、好き嫌いはあるのだろう。
「……留守番しているか?」
「いえ! 私も行きます!」
ブンブンと首を横に振るキアハ。リアナは颯爽とコンプトゥスの背中に飛び乗り、慧太もまた寄ってきた一頭の背に手を当てる。
「よし、移動する。騎乗!」
分身体兵がそれぞれ小型竜に乗る。慧太は先頭きってコンプトゥスを走らせた。移動する魔人軍部隊を迎え撃つために。
・ ・ ・
街道を進む間も、鷹型分身体による監視は続けられていた。
魔人軍の現在位置、その陣形など、空を飛ぶ鷹の目を通しての航空偵察である。
一方で、ミューレの古城のほうへ派遣した鷹型の報告では、現在、戦闘は城壁内および城内にて行われているらしい。つまり、サターナは一番難儀する城門と壁を越えて、順調に制圧にかかっているということだ。
さすがはサターナである。では、進軍中の部隊はますますこちらが相手をしてやらなければならない。
街道の分岐点が見えてきた。慧太はコンプトゥスを操り、そのまま西――魔人軍部隊の方向へ向かう。後続のリアナ、キアハ、分身体兵もそれに続く。
慧太は小型竜の背中から街道まわりを見渡す。北の方向に森が見え、対して南側は視界のよい野原となっていた。ところどころ雪が残っているのが見える。
しばらく走らせたのち、慧太は右手を挙げて、部隊に停止の合図を送った。
「ここで待ち伏せる」
慧太の宣言に、真っ先に口を開いたのはリアナだった。
「このまま街道を進んで敵部隊へ殴り込むと思った」
「……ふむ、それも悪くないな」
慧太は苦笑した。こちらがシェイプシフターでなければ悪くない選択肢だ。
騎兵は、開けた地形なら速度を生かした突撃が可能。しかも敵は、こちらがここにいることを知らないから、初動で対応が遅れる可能性も……いや、そういうこちらに都合のいい解釈はよそう。
「作戦を説明する」
コンプトゥスの背中から降りながら慧太が言えば、リアナ、キアハ、ガーズィ、ダシューと数名の兵が周りに集まった。
「敵歩兵は二個中隊。鷹の報告では、街道を四列の縦隊で小隊毎に進んでいる。中隊の先頭から後尾までおよそ六、七十メートル。さらにその後方五十メートルに後続の中隊だ」
こちらは――慧太は街道を指し示した。
「道の両側に歩兵を一個小隊ずつ配置、潜伏する。先頭の部隊が通りかかった時、両側からシ式クロスボウと手榴弾で攻撃。奇襲が決まれば、先頭の中隊は潰せるだろう」
「後続の中隊は?」
ダシューが聞いた。慧太は頷く。
「待ち伏せの歩兵とは別に、騎兵の小隊を編成する。これを右手の森方向から迂回させ、敵部隊の側面か背後を攻撃する。……ダシュー、お前に騎兵を三十騎任せる」
『了解です』
「敵の後続部隊は、オレたちの奇襲で前衛部隊がやられるのを見て、こちらに対し隊列を組み直してくるだろう。騎兵小隊は、その隊列変更の隙を突く」
『仮に、敵の後続部隊が前衛を見捨てて、後退するような場合は……?』
「その時は、敵は浮き足立っているということだろう? そのまま突撃して踏み潰せ」
慧太は口もとをゆがめた。
「もし、敵の後続が騎兵に対する反応を見せた時は、前衛を片付けた歩兵部隊が前進して敵を挟撃する。敵がどう反応しようが、片方が注意を引き、もう片方が側面ないし後方を突く――以上だが、何か質問は?」
分身体兵たちは沈黙するか、あるいは首を横に振った。リアナとキアハも無言。
よし、と慧太は頷いた。
「リアナとキアハは、ダシューらと行動しろ。敵の後続部隊をせいぜいかき回してやれ。方法は任せる」
「うん」とコクリと首肯するリアナ。キアハも「わかりました」と応えた。
「よし、仕事にかかろう」
慧太の合図で、それぞれ移動を開始した。ダシュー、リアナ、キアハは、それぞれのコンプトゥスに乗り、一個小隊(三〇名)を率いて、街道北の森のほうへと走り出す。
一方、残った兵とコンプトゥス――小型竜はウェントゥス兵の姿になり、こちらも三〇名ずつの小隊となって街道の左右にわかれる。
「街道に対して横に広がれ」
慧太は指示する。
「横列に展開して、街道の敵をサンドイッチの具にしてやる」
それと――
「道にも、もうひとつ仕掛けをしておくか」
念には念を。




