第三〇九話、死体処理
サターナ隊がミューレの古城を攻撃している頃、ハイデン村にいる慧太たちは村周囲の捜索を終え、安全を確保した。
少し前に、前線の警戒小隊を襲撃したリアナと分身体兵らも村に合流した。
リアナはいつもの淡々とした様子に見えたが、とても調子がよさそうに見えた。……この戦闘狂め。幼少時から叩き込まれた殺しの血の影響か、戦闘のあと、溌剌としていることが多い少女である。
慧太は、対岸に待機しているだろう、セラたちに分身体の鷹型伝令を放った。……実際に受け取るのはマルグルナであるが、彼女の口から村の制圧とこちらに来るように、という指示を伝えることになる。
「とりあえず……朝飯にするか? 魔人軍の駐屯部隊の保存食があるが?」
慧太が言えば、リアナは心持ち眉をひそめた。
「あなたは食べないでしょ?」
「シェイプシフターだからな。食い方が違う」
そもそも味がわからんからな――慧太は真面目ぶって言った。リアナは持ってきた手土産を慧太に押し付ける。粗末な紙の束。
「魔人軍の命令書、手紙その他もろもろ」
敵情の把握に使えるということで、回収してきたのだろう。
「他に土産は?」
「兵を残した。戦利品を集めさせてる」
ドロウス商会に流すと言った魔人軍の武具や戦利品。それはやがてウェントゥス傭兵団の軍資金となる。リッケンシルト攻略、アルゲナム奪回のために必要となる金だ。
リアナは表情なく言った。
「それで、これからの予定は?」
「待機だ」
慧太は、狐娘から受け取った紙に目をやる。魔人の国の文字で書かれているが、慧太はサターナという、魔人国の上流貴族で読み書きできる女の知識を得ているので、それを読むことができた。
「セラたちと合流する。次の攻撃目標を品定めしつつ、ここの処理と拠点化だな」
「古城のほうは?」
ちら、とリアナは碧眼をミューレの城のほうへと向けた。
「何なら、手伝ってくるけど?」
まだ働き足りないのか、この娘は――苦笑する慧太。
「サターナだぞ。万事上手くやってるよ」
「万が一にもしくじっていたら?」
リアナは淡々と反論した。
「何事にも予想外の事態はある」
「……その時は当初の予定どおり、夜襲をかける」
最初の予定では、ハイデン村を制圧し、その次の日の夜にシェイプシフターによる浸透術で古城を落とす計画だった。サターナがそれを半日以上、早められるというので小隊をつけて任せた。リアナのいう万一というのはありえないと思ってはいるが、それが起きても、何の問題もなかった。……まあ、念のため、鷹型を飛ばし様子を見に行かせているので、どういう状況になっているかは直にわかる。
リアナが振り返った。こちらにガーズィがやってきたのだ。
「団長、準備できました。いつでもやれます」
「ああ、はじめてくれ。……セラたちが来る前にな」
はい、団長――首肯したガーズィが立ち去ると、リアナは慧太を見た。
「何かお楽しみ?」
「そんなんじゃないよ。『死体処理』だ」
あぁ、とリアナは納得した。
ハイデン村駐屯部隊の魔人兵、その死体の数は報告によれば百八十九名。ウェントゥスの分身体兵との戦いで戦死した彼ら。その死体が村のあちこちにあったのを一箇所に集めたのだ。
死体は、放っておけば雑菌の温床と化す。腐乱し、状態によっては破裂したり、膨れ上がった雑菌や病原体を撒き散らす。それが健全者の傷やら目、鼻などに入り、疫病へと発展、深刻な二次被害を発生させる。
とかく戦利品集めに目が行きがちではあるが、戦場での死体は早々に埋葬したり、焼き払ったりするのは、疫病阻止の観点から見ても、重要な仕事と言えた。
――もっとも、こちらには『新鮮な死体』には使い道がある。
シェイプシフター体の増加のための捕食である。土が死体を分化して植物のための養分になるように、シェイプシフターの血肉となるのだ。
――まあ、血も肉もないんだが……。
そういえば、魔人軍も殺した敵兵を処理がてら喰っていたっけ。例えばベルゼ連隊では、食糧として、兵站を軽くするという考えのもと、人間を魔獣の餌代わりにしていたり。……そう考えると、慧太たちシェイプシフターの捕食も、それらと何ら変わることがない行為でお返しをしているということになる。
因果応報。強い者が喰うという自然界のルール。……ではシェイプシフターを喰らう者はいるのだろうか。――ふと思った。
――はたから見たら、胸糞悪い行為だろうな。
だがその行為により、ウェントゥス傭兵団のシェイプシフター兵は増えるのだ。二百人近く魔人兵の死体は、標準的な人型サイズならその三分の二の数になるだろう。馬や獣、馬車などのより大型のものにするなら、そのうちの半分か三分の一程度まで減る。
現状を考えると、もっともっと兵の数は必要だ。敵兵を喰らい、数千、数万の軍へと拡大するシェイプシフター軍は、やがて正面から魔人軍を下し、リッケンシルトとアルゲナム国を解放する。
物思いにふける慧太。リアナはその様子を黙ってみていたが、ふと気配を感じて視線を転じる。
キアハがやってきたのだ。
「リアナ、無事でしたね。怪我は?」
「ない。……それは?」
キアハが手に持っている小さな箱を見やり、リアナは眉をひそめる。大柄の少女は苦笑した。
「魔人軍の保存食です。コジ肉というらしいのですが……リアナ、これを美味しく食べる方法とか知りません?」
「食べたことがない肉」
リアナは一度鼻をならして臭いを嗅いだ。
「少し、腐ってるかも」
箱の中の肉を見なくても、それに気づいたようだった。キアハは肩をすくめる。
「肉類はいかに保存加工しようとも、冬が終わるころには大抵腐りはじめているものです。それでも食べないといけません」
「……まだネズミをとったほうがマシ」
「ネズミって美味しいんですか?」
怪訝そうにキアハが問えば、リアナは箱の中身の保存肉を見ながら言った。
「こんな保存肉とは雲泥の差。ちゃんと調理するといける」
そんな話をしている狐娘と大柄少女。……ちなみに、ネズミは、肉を喰う獣人たちには割りとポピュラーな食材だ。一部を除けば、人間たちが食べない食材なので確保しても揉めないというのも大きい。むしろ力のない獣人の中には、人間相手にネズミ捕りの商売をしている者もいる。賃金は格安だが、食材確保の仕事なので商売として成立しているらしい……。
ふと、慧太はドラウト団長の獣人傭兵団にいた頃を思い出す。まだ二、三ヶ月程度前の話なのに、いやに懐かしい。
伝令! ――空から緊迫した声が響いた。
とっさに顔をあげれば、鷹型分身体が一羽、西の空から飛来する。……西?
セラやユウラたちは東、サターナのいるミューレ古城はハイデン村の北東だ。西から来るのは、周辺偵察のために出したやつだ。
慧太が手を挙げれば、そちらに鷹がやってきて止まった。
「報告します! ハイデン村より北西に五ギラータの街道上を東進中の魔人軍歩兵部隊を発見。中隊が二つ、およそ兵員二五〇から三〇〇。行軍隊形で移動中」
なんだと――
思いがけない事態。鷹の報告を耳にした兵らが緊張の度合いを強める。
魔人軍が迫っている。こちらの奇襲がバレて通報された? いや、それにしては対応が早すぎる。たまたま前線の兵力補強が重なったのか、それとも、前衛と部隊を交代させるためか――
予想外、ではないが、こちらの想定より遙かに速い敵の動き。おそらく偶然だとは思うが、そういうことも起こるものだ。とにかく、この厄介事に対する対応策を早々に打ち出さなくてはならない。
ハイデン村に来るのなら、いまから迎え撃つ準備をするだけのこと。村の外か中、どう配置するのが最善か。……いや、待てよ。
慧太は、ふと地図を取り出す。
ハイデン村に繋がる街道。ここから北西に伸びるそれを目でなぞる。五ギラータ――五キロ付近――に行くまで、ほぼ二キロほど先に街道が分岐している。下ればハイデン村。もう片方の道へ向かえばその先は……。
ミューレの古城。
サターナたちが現在攻略中の城がある。慧太の背筋に冷たいものが走った。
次話、『即応』
予想外の敵の進軍。進出したばかりの慧太たちは、これを迎え撃たなければならない――




