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シェイプシフター転生記 ~変幻自在のオレがお姫様を助ける話~  作者: 柊遊馬
浸透! リッケンシルト進攻編

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第三〇八話、ミューレの古城


 リッケンシルト国の東部国境線に展開している魔人軍ことレリエンディール軍は、二個軽歩兵連隊、おおよそ四千だった。北側に第一軍、南側に第四軍の連隊がおり、ハイド川下流域――慧太たちが侵入した地区は、第四軍の管轄だった。


 ウェントゥスのシェイプシフター部隊がハイデン村を夜襲していた頃、魔人軍第二十四軽歩兵連隊第三大隊所属の第三小隊の陣地も襲撃を受けていた。


 金髪碧眼の狐人(フェネック)の暗殺者は、夜闇に紛れて忍び寄り、ふらりと視界によぎった魔人兵に肉薄する。

 右手には、刀身が黒く塗られた短刀『闇牙』。一切の光を発しない刀は、次の瞬間、通りかかった魔人兵の喉を裂いた。血しぶきを地面に撒き散らし、魔人兵はもだえ、倒れた。

 すでにその時には、リアナは次の獲物を探し、移動している。天幕の中では、魔人語による話し声や、物音が聞こえる。


 ふらりと、天幕の中から青い顔の魔人が出てきた。


 え? ――と、固まったのは魔人兵のほうだった。見慣れない人型――しかしその獣耳に、獣人系の魔人かと考え――獣耳少女の持っていた刀で首を斬られた。


 リアナは斬りつけた魔人兵の身体を天幕の中へと蹴り飛ばした。中にいた同僚が、突然倒れこんできた同族に驚く。倒れこんだそれが血に塗れていることに気づいた瞬間、音もなく入ってきた人影に襲われ、同僚のあとを追った。


 ――指揮官か。


 着ている身なりが、やや他に比べてグレードが高い。あるいはこの男が小隊長だったのかもしれない。

 ガサガサと、別の天幕が騒がしくなる。狐人の鋭敏な聴覚が、その離れた騒動を実際に目にしなくても察知する。

 別段慌てることもなく、天幕から出る。音の元を見れば、地面に倒れ伏す狼型魔人。やったのはウェントゥス兵――慧太の分身体。


 耳をすます。


 魔人兵の小隊の陣地内。夜の騒がしさ(・・・・)が、静かになっていく。冷たい風が頬を撫でた。血の臭いと共に。

 足音が近づいてくる。その碧眼をちらりと向ければ、ウェントゥス兵のひとりだった。


『リアナさん、こちらは制圧しました』

「うん」


 リアナは頷き返した。その兵士は兜で表情こそ見えないが、首をかしげる。


『他に音は聞こえますか?』

「ううん」


 狐娘は首を横に振った。少なくとも警戒すべき魔人が立てる物音も殺意じみた気配も感じない。……とはいえ、きちんと自分の目で見て、探る必要はある。ここからは残っているかはともかく、掃討戦である。


『では、自分らは死体を集めます』

「うん。わたしは適当に敵がいないか狩り出す」


 そういい残すと、リアナは魔人軍の陣地内を歩き出す。まるで散歩をするように。だがその五感は、生存している魔人兵を探り出すべくフルに活用されている。

 ここはわたしの戦場だ――慧太から始末を命じられた戦場。その中では、リアナは自由だった。



  ・  ・  ・



 ハイデン村駐屯部隊と、その前面たるハイド川前衛の警戒小隊は夜間のうちに殲滅せんめつされた。

 だが、それを近辺の魔人軍部隊が気づくことはなかった。少なくとも翌日のうちまでは。


 朝、東の空に太陽が昇る。雲が多い天気だった。しかし雪の気配はない。明るい日差しが大地を照らし、一日が始まる。


 ミューレの古城――緩やかな傾斜の丘の上にある古い城。もっとも、丘の上とはいえ、さほど険しい場所にあるわけでもない。周囲には針葉樹の森が広がっており、最近の雪で地面はうっすらと雪が積もっている。日の光が届かない場所が多いせいだろう。

この古城は、魔人軍の制圧下にある。城壁に囲まれ、一応城としての防衛力をもつものの、その天守閣は小さく、城自体もあまり大きくなかった。老朽化が進んでいるが、拠点としての使い道はまずまずと言ったところ。何故なら、魔人軍が来る前、ここは人間の盗賊どもが根城として使っていたからだ。


 城門入り口の跳ね橋が下ろされる。巻き込まれていた鎖を逆に回し、重い木製の跳ね橋を地面へと設置させる。

 中からは下っ端の兵士たちが数名、跳ね橋を渡って城の外へと出た。彼らは二人ずつの組を作って、三々五々散っていく。朝の見回りである。


 日が出てきたといえ、まだまだ寒い。豚顔魔人(セプラン人)の二人組は自身の手を揉んで血流をよくしながら、城正面の道を下っていく。雪の積もった木の隙間からこぼれる光。雪道を踏みしめ歩く魔人兵。


『――ン……?』


 ひとりが、ふと右方向から聞こえてきた音に気づいた。獣の足音――それが複数。


『なんだ……?』


 森の中、黒い獣の集団が走っているのが見えた。あれは……狼だ。狼の群れが木々のあいだを抜け、丘を登っていく。


『こんなところに狼が……』

『おい、どうするよ、あれ』


 隣の相棒が聞いてきた。どうするも――相棒に振り返り、兵士は答えた。


『何も。……いったい何をしろっていうんだ? ただの狼の群れだろ?』

『狼の肉――』


 相棒はそんなことを言った。

 最近の食事は、コジ肉というレリエンディール産家畜の干し肉がメインだ。量はあるが、味が恐ろしくマズい。冬のあいだは特に保存がきくコジ肉が多くなるのが仕方がないとはいえ、たまには別のものを食べたいのだろう。……気持ちはわかるが。


『やめとけ。ヘタにちょっかい出してみろ。こっちが奴らの腹の中だ』


 一頭ずつならともかく、群れに手を出すのはさすがに危ない。奴らも獰猛どうもうなる肉食の獣。特に群れでいる狼は、奸智に長ける。


『ほら、行くぞ。あいつらが引き返してきたら、面倒だ』

『……にくぅ』


 名残惜しげな相棒の肩をつかみ、魔人兵は道に戻った。


 一方、狼の群れはなおも丘の上を目指して進んでいた。それはやがて、ミューレの古城、その正面の開けた場所へと到達した。

 森で材木集めに出かけようとしていた数名の魔人兵が、城門の外、跳ね橋近くにいた。彼らは森から突然現れた狼の群れに驚いた。そしてそれが一目散に城門前――自分達のほうへ駆けてくるのを目の当たりにし、思わず身構える。


 狼の集団が向かってくる。明らかに、こちらに襲い掛かる動き。たかが狼、されど狼。波のように押し寄せる姿にはさすがにビビる。

 魔人兵の脳裏に一瞬、跳ね橋をあげて門を閉めるよう合図すべきという考えがよぎった。


 が、すぐに思い直す。

 狼が襲うとしたら、それは城の前にいる我々であり、それを無視して城に入るわけがない。そうであるなら、先に跳ね橋を上げれば、外に孤立する我々が多数の狼に囲まれ噛み殺されてしまう――!


 一度、城の中に逃げて、狼どもが追ってくるなら、そこで反撃しよう。城には百数十名の兵士がいて、少なくとも半分以上の兵士が起きている。それらで掛かれば、狼の群れも、ごちそうに早変わりだ。狼焼きとスープ!


『城に引けっ! 引けェ!』


 魔人兵らは素早く跳ね橋の上を駆けて、城の中へ。走る狼たちの足は、魔人兵らよりも遙かに速い。城に入る前に喰いつかれたらかなわない。

 狼の群れは先頭の黒い個体に続き、跳ね橋を躊躇ちゅうちょなく駆けた。建物にも物怖じしない。後続の狼たちも、迷いがなかった。


『狼が来たぞー! お前ら、狼だーッ!』


 城内中庭へ駆け込んだ兵士が叫べば、中庭にいた兵士たちもギョッとした顔になる。狼の群れが殺到してきたのだ。


『狼だぞ!?』

『追い出せ!』

『いや、逃がすな! こいつらを朝飯にするんだ!』


 飛び交う声は、とても統率がとれているとは言い難い。声は張り上げど、緊急事態の雰囲気はなかった。確かにイレギュラーではあるのだが、群れといっても狼。武器を手に複数人ががりで掛かればどうにでもなる――そう思っていた。


 突然、先頭を行く黒い狼が形を変え、人型に――漆黒ドレスをまとう少女の姿になるまでは。


「ごきげんよう、下級魔人の諸君……!」


 長い黒髪も艶やかな少女。その手には螺旋を描く槍剣。そして後続の狼たちは、角がついた鬼のような兜を被った人型の一団に化ける。


『そして、おやすみなさい。永遠にね――!』


 始まったのは、殺戮さつりく劇。中に敵が踏み込んでは、城門も城壁も意味を成さない。半ば混乱していた場は、混沌へと発展し、統制など皆無だった。

 敵兵は、すでにふところ深く潜り込んでいたのだから。

次話、『死体処理』


戦場での死体は疫病の元なので、放置せずに処理をするべきである。

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