第三〇六話、攻撃位置へ
「基本的に城というのは、攻略に準備と兵力が必要で、攻める側は守る側の三倍以上の兵力が必要です」
ティシアは穏やかだが、しっかりとした口調で言った。彼女が言うのは、いわゆる攻撃三倍の法則というやつだろう。
その法則曰く、士気や練度、装備が同じレベルの部隊同士がぶつかった場合、攻撃側は防御側の三倍以上兵力が必要であるという。
今回の場合、古城に駐屯する魔人軍はは一個中隊、およそ百五〇人ほど。総数では、百と少しの慧太たちウェントゥス団を上回っている。
戦いは数だよ、という話も聞く。だが戦いにおいて、必ずしもそれは当てはまらない。士気や練度、装備が、彼ら魔人軍とシェイプシフターは果たして同等だろうか? 慧太はそうは思わない。
縦横無尽に姿形を変え、どのような隙間からでも浸透できる、シェイプシフター。その能力は、本来防御機能として働く城門や城壁を無力なものに変える。
慧太が口を開きかけた時、アウロラが言った。
「今度こそ魔鎧機が必要じゃないか? 言ってくれれば、門をぶち壊してやってもいいぜ。……あ、団長殿は魔鎧機を温存するんでしたね、失礼しました」
こいつ――慧太はもちろん、あまりに露骨な言いようにキアハも怖い顔でアウロラを睨んだ。
「ねえ、慧太」
サターナが周囲の空気を無視するように声をあげた。
「村の制圧から一日置くみたいだけれど、ワタシに任せてくれるなら、昼間のうちに古城を落としてみせるわ」
え? ――と周囲が皆、驚いて漆黒のドレスをまとう少女を見た。ガキが何を言ってんだ、とアウロラが奇異の視線を送る中、慧太は言った。
「何か策が?」
「城攻めが難しいのは門が閉まっているから。なら、門が開いているうちに乗り込めばいいのよ」
妖艶に微笑むサターナ。アウロラは我慢できずに言った。
「何言ってんだ、それができれば苦労しないって――」
「いいだろう。任せる」
慧太は何も疑わなかった。
サターナは、かつて魔人軍精鋭七軍のひとつ、第一軍を率いた優れた指揮官だ。その彼女ができるというのなら、現状でもそれが可能ということだ。サターナの言うとおりに事が運ぶなら、こちらは一日早く次の行動に移れる。やって損はない。
驚くティシア。アウロラは呆れを通り越して呆然とする。慧太は問うた。
「何人必要だ?」
「そうねえ……まあ、三〇人もいれば充分でしょ」
「わかった。レーヴァ」
「はい、団長」
頬に傷のある分身体兵は踵を鳴らした。
「サターナの指揮下に入り、古城を制圧しろ」
「承知しました」
たった三〇人で――ティシアは思わずセラに視線をやったが、白銀の戦姫もまたわからずに首を振った。
攻撃三倍の法則? そんなものは無視してやれ――慧太は不敵な笑みを浮かべた。
・ ・ ・
リッケンシルト側に足を踏み入れた慧太たち。すでに潜入を果たしていた分身体と合流した後、闇夜の中、西へ――ハイデン村の方向へと進む。
一気に気温が下がり、吐く息は白い。葉の落ちた森を抜けつつ、途中で一度、部隊は停止した。
「リアナ」
手はずどおり、魔人軍の警戒小隊の陣地へ、リアナと彼女の率いる分隊を送る。狐人の少女は音もなく森を駆け、彼女に随伴する分身体兵たちも遅れることなく後に続いた。
「じゃあ、お父様」
サターナが声をかけてきた。
「ワタシたちは古城を落としてくるわ。明日の昼までには終わらせる」
「期待してる。後でどう落としたか土産話を聞かせてくれ」
「ええ、そちらも気をつけて。……レーヴァ、行くわよ」
『はい、サターナ様』
角付き兜と白い軽甲冑で身を固めたウェントゥス兵が三〇名が漆黒ドレスの少女と共に北東方向へと消えていく。
慧太のもとには、キアハとガーズィ、ダシューと五〇名ほどの兵士が残っている。
「よし、移動再開」
攻撃目標である、ハイデン村へ。
・ ・ ・
ハイド川、そのアルトヴュー王国側の川辺に、数名の人影があった。
あたりはすっかり闇に包まれている中、セラは対岸に、その青い瞳を向けていた。時々吹いてくる冷たい風が、首にかかる銀髪をなびかせる。
姫様――メイドのマルグルナがカップを手にやってきた。
「お寒うございます。ひとまず天幕で休まれては」
「ケイタたちは、いま敵地にいる」
セラは差し出されたカップを受け取った。湯気をたてるのはパース茶という、アルトヴューでは一般的なお茶だ。王都にいた時、さんざんお世話になった。
「何かあった時に備えるのが、予備隊の役目でしょ」
「対岸で動きがあればお知らせします」
マルグルナは事務的な態度を崩さない。
「この寒さで体調を崩されるほうが問題です」
「……そうね。気遣い、ありがとう」
セラは笑みをこぼし、お茶をすすった。温かい。渋みとともに、熱のこもった液体がが五臓六腑に染み渡る。
「でも、このお茶のおかげでしばらくは大丈夫そう。……もう少し、夜風に当たらせて」
「かしこまりました」
マルグルナは一礼して下がった。
入れ代わるように、待機組であるユウラがやってきた。この場にはセラとマルグルナのほか、魔鎧機組であるティシアとアウロラ。数名のウェントゥス兵が警備に残っている。
「あなたも残っているのは意外でした、ユウラさん」
「そうですか?」
青髪の魔術師は、セラの隣に立つと対岸を眺める。
「僕はそれほど夜目も聞きません。暗闇の中で迅速に動くときに、むしろ邪魔になるでしょうから」
「そういう理由だったのですか?」
セラはわずかに驚くと、ユウラは肩をすくめた。
「まあ、初っ端から僕の魔法や魔鎧機に頼るようなら、先が思いやられると言ったところでしょうね」
「……ケイタもそのようなことを言っていました」
「セラさんは、魔人に対抗する勢力の旗印」
ユウラは、ほっ、と息を吐いてかじかむ手を温めた。
「あなたに何かあったら困るんですよ。あなたがいてくれないと、リッケンシルトの残党もアルゲナムの民の力も借りられないでしょうから」
「……」
セラは、なんと応えるべきか考えてしまう。そのあいだに、ユウラは話題を変えた。
「魔鎧機のことですが――スアールカ、でしたか」
「はい」
白銀の鎧の進化形――セラの魔鎧機。
「あれ、使えそうですか?」
「というと?」
「セラさんがあれを動かしたの、カイジュー退治の時だけですよね」
ユウラの目が真剣の色を帯びる。
「いつでも使えるのですか」
「ええ、おそらく――」
そういえば、スアールカを起動させて動かしたのは一回だけだ。今はともかく、今回の作戦が上手く行ったら、念のために試してみようと思う。……もしものことがあって、作戦中に魔鎧機で出るような事態になったら。
――その時は、ぶっつけ本番ね。
セラは心の中で呟くのだった。
次話『ハイデン村攻撃』
影の兵士たちは襲撃する。何の警戒もしていない魔人兵たちは、次々に命を散らしていく――




