第三〇四話、アルトヴュー西部国境線
翌日、つまり王都を出て四日目、慧太たちウェントゥス傭兵団は、アルトヴュー王国とリッケンシルト国の国境線に到達した。
ダンザ砦――国境近くのアルトヴュー軍拠点だった砦は、魔人軍の襲撃を受けて守備隊は全滅した。砦自体も、利用できないように破壊されたため、廃墟と化している。
うっすらと雪が積もる平地を進み、砦跡へ。崩れた城壁、焼けて黒ずんでいる石づくりのそれらを眺め、慧太たちは馬車を降りた。
無人だった砦はしかし、二本の角付き兜に軽甲冑をまとう分身体兵の先遣隊がいた。
王都ドロウシェンを訪れる前に、パルプ亭で別れたダシュー、レーヴァらだ。慧太やセラの姿を認め、二人の隊長は兜を小脇に抱えて、出迎えた。
「よくぞ、ご無事で。王都では大変でしたね」
開口一番、ダシューは言った。分身体兵らの中でも一番の長身、がっちりした体躯ながら、人好きする笑みを浮かべている。
トラハダスの怪獣騒動は、鷹型分身体によるやりとりで彼らも耳にしていた。頷く慧太は、半壊状態の砦を見回した。
「ここはどんな感じだ?」
「使える部屋は少ないですね。基本的に炎で焼けた後、手入れをする者がいませんでしたから」
「馬車をまとめて停めておく分には問題ないですよ」
頬に傷跡をつけているレーヴァが言った。
「物資置き場の拠点くらいには」
ダシューが、へへっと笑い、慧太もつられて笑みをこぼした。分身体人に慣れていないセラは、興味深げにやりとりを見ている。
「緊急の要件がなければ、今日はここで休むが、何か問題は?」
「ありません」
ダシューはきっぱりと首肯した。
「お姫様方が休めるよう、部屋をいくつか掃除しておきました。部下に案内させます」
視線を受け、セラは背筋を伸ばして頷いた。
「ありがとう。感謝します」
「いえいえ。……ラエル!」
温和な表情から一変、ダシューは中庭全体に響く大声を発した。セラは思わず首をすくめ、皆もその音量に注目した。呼ばれた兵が雑談する仲間たちから離れて小走りでやってくる。ダシューは普段の声に戻すと告げた。
「お姫様方をお部屋にご案内しろ」
『承知しました』
ラエルと呼ばれた兵は敬礼すると、『こちらへどうぞ』とセラや、その後ろにいたティシアら魔鎧騎士に声をかけた。
慧太はダシューらとそれを見送る。ユウラとサターナ、ガーズィが入れ代わるようにやってきた。
「では、さっそく、状況を聞こうか」
・ ・ ・
砦の中庭。破壊されたゴレムの残骸が置かれたままの壁のそばに、木製のテーブルを置くと、慧太、ユウラ、サターナ、ガーズィは、ダシューとレーヴァと状況確認の作業に入った。
「現在の状況です」
ダシューが机に広げられた地図のうちの一枚を指差した。先遣隊として乗り込んでいた彼らは、慧太たちが来る前に可能な限りの地形調査と敵情偵察を行っている。
「ここダンザ砦から西に五ギラータ。国境に沿ってハイド川が南北に流れています。川の向こうがリッケンシルト。魔人軍の国境警備軍はおよそ二個連隊規模。ダンザ砦の正面地区には一個歩兵中隊が警戒をしております」
ダシューの指が地図上を移動する。国境からリッケンシルト国に入り、奥に拠点を示す丸が北にひとつ、西側にひとつある。
「北の丸は魔人軍が利用しているミューレの古城、西の丸はハイデンという村です。それぞれ魔人軍の駐屯部隊がいます」
古城には一個中隊、およそ一五〇名。ハイデン村には砲兵を含めた二百名ほどの増強中隊がいる、とダシューは告げた。川に沿って展開している正面の一個警戒中隊に含めて五百名ほどの魔人兵が、この地区にいることになる。
対してウェントゥス側の戦力は、先遣隊であるダシューらが八〇名ほど。ガーズィ隊が十八名。そして慧太たちと、ティシア、アウロラの魔鎧機が二機。……セラのスアールカも魔鎧機として数えるべきか。
総数を見ると、劣勢ではあるが、幸いにも敵は分散しているので各個撃破が可能だ。こちらは魔鎧機や分身体、個々の戦闘能力――ユウラやキアハ、リアナは一般的な魔人兵を遙かに凌駕しているので、同数よりやや多い程度では負ける気がしない。
とはいえ――
「敵に、国境越えを知られるのを極力遅くしたい」
慧太は机の上の地図を見つめる。
「まず優先すべきは、こちらの数を増やすことだ。数さえ増えれば、ある程度まとまった敵が来ても対抗できる。それまではこちらが常に先手を取り、守りを固めている魔人軍拠点を各個に撃破、制圧していく」
ユウラは頷いた。
「敵が国境越えを知れば、すぐに反撃部隊を編成して差し向けてきますからね」
「一方向からだけなら何とかなるが、複数方向から同時に攻められた場合、如何ともしがたい」
慧太が肩をすくめると、サターナは同意した。
「ただでさえ少ない戦力をより分散することは、敵に各個撃破の機会を与えるようなもの。そういう戦いでモノをいうのは、物量よね」
「攻撃は最大の防御」
慧太は一同を見回した。
「攻撃側というのは戦いの主導権を握りやすい。相手に攻撃させるな。守ることを考えると途端に敵に主導権を持っていかれる。こちらが常に攻撃目標を選んでいられるようにするのが理想だ」
そのためには――
「まず、このダンザ砦正面の地区を押さえる。リッケンシルト国の魔人軍を撃退するための足がかりを築く。前線を突破し、ハイデン村――」
慧太は地図上の拠点の指先で結んでいく。
「この古城をウェントゥスが制圧する」
「そうなると――」
ユウラは川をなぞった。
「まずはこの川を越えて、前面に展開する敵警戒部隊を潰さなくてはなりませんね」
サターナは顔を上げた。
「このハイド川というのは、どの程度のものかしら? 渡るのに舟が必要?」
国境線に沿って流れる川を渡河しなければならない。が、冬で冷え切った川の水は、陸の生き物を死に導くほど無慈悲なものがある。
「ダシュー」
慧太がサターナの問いに答えるよう指名する。
「川といっても、いまはほとんど水はありません」
ダシューは即答した。
「幅はあるのですが、せいぜい十センチ程度の浅さで、徒歩でも余裕で渡れます」
舟は必要ないようだ。慧太はサターナを顔を見合わせ頷いた。歩いて渡れるのはありがたい。何せ敵が待ち構えている場所に、身を隠す場所がない舟で向かうというのは的になるようなものである。
だがダシューの顔は優れなかった。
「水こそありませんが、川幅が広いのは問題です。ハイド川の向こう、リッケンシルト側は小高い土手となっており、川を渡ったあとはこれを登る形になります」
ダシューは棒で、川の両側をせわしなく往復させた。
「正面の魔人軍は土手の裏手に陣を張っているため、集団で渡河するならすぐさま反撃してくるでしょう。川には哨兵が立てられており、こちらが近づけば阻止に動きます」
「敵の配置は?」
「正面に一個小隊――やや北寄り、川幅が広くなっている部分は土手が低くなっておりますが、この近くに二個小隊が配置されています」
指し示された位置関係を見るに、北よりの二個小隊の後方数キロに古城。正面の一個小隊の西側数キロにハイデン村があった。両者のあいだは離れているため、いざ事が起きたとき、警戒部隊同士では相互支援がしにくい配置になっていた。
「そうなると」
慧太は、川沿いに配置されている警戒部隊の配置、その中間地点を分断するようにに指を這わせた。
「オレたちの渡河地点はここだな」
警戒小隊同士の中間点。それぞれの担当地区の狭間となる部分だ。ここなら発見されたも敵部隊とぶつかるのは渡河を終えた後になるだろう。ユウラが口を開いた。
「しかし、敵の哨兵がいますよね。まずこれを黙らせないと」
「それならご心配なく」
レーヴァが直立不動の姿勢で言った。
「すでに敵の哨兵の配置は把握済みです。合図があり次第、潜伏している分身体が哨兵を始末します。我々が渡河しても通報されません」
さすが――青髪の魔術師は顔をほころばせた。
「頼もしいですね」
「だろう?」
慧太は笑みを浮かべた。
「さて、この地区に配置されている魔人軍をいかに制圧するか話し合おうじゃないか」
次話『国境線を越えて』
いよいよ、敵地へと乗り込むウェントゥス傭兵団。対する魔人軍は――




