第三〇二話、リッケンシルトへ
空は、よく晴れていた。
王都西門周辺は、怪獣による破壊の跡が生々しく残っていた。王都を囲む外壁も一部崩れ、大きな瓦礫が柱のようにそびえている。
ウェントゥス傭兵団は、王都西門前に集まっていた。
降り注ぐ太陽はじんわりとした熱を肌に感じさせたが、寒さは厳しかった。ひとたび日陰に入ろうものなら、震えが止まらなくなるほどだ。だから自然と、皆こぞって日差しを浴びる場所に移動していた。
アルフォンソの化ける馬車を先頭に、後ろには傭兵団の馬車が二台。さらにその後方にアルトヴュー軍の馬車が二台、止まっている。遠征に備え、食糧その他荷物を積み込みに余念がない。
先頭の馬車に慧太たち、後ろ二台はガーズィら分身体兵。アルトヴュー軍に二台には、派遣されてきた魔鎧騎士二名とその従者、そして食糧や物資などが載る。
慧太とセラは、その魔鎧騎士と顔をあわせていた。
ひとりは顔見知り――絹のように清らかな金髪を持つ女騎士ティシア。もうひとりは、褐色の肌に、銀髪をショートカットにした女騎士。
「アウロラ・カパンゾノです! お会いできて光栄です、セラフィナ姫殿下!」
声を弾ませ、銀髪女は頭を下げた。
「カイジューとの戦い、セラフィナ姫殿下の気高く神々しい魔鎧機のお姿、遠目から拝見させていただきました! あ、あの、失礼を承知でお伺いしますが、あの魔鎧機はなんという名前なのでしょうか?」
「あ、えと、スアールカ……」
だったかな――と、セラは少し落ち着かないようだった。若い魔鎧騎士は、王都住民らと同様、セラを女神の如く崇拝するような目を向けていた。
ごほん、とティシアがわざとらしい咳払いをした。
「アウロラ。セラフィナ様に無礼ですよ」
「あ……も、申し訳ありません、姫殿下!」
ばっ、と頭を下げるアウロラ。セラは、やや戸惑いながらも、手を差し出した。
「よろしく、アウロラ」
「はっ、よ、よろしくお願いしたします、姫殿下!」
「名前でいいですよ」
「はい、セラフィナ様!」
彼女は両手で、アルゲナムの姫の手を握った。ティシアは紹介を続けた。
「そしてこちらの方が、ウェントゥス傭兵団の団長、ハヅチ・ケイタ殿」
「ああ、噂は聞いてる。人より鎧機を上手く扱えるとか」
よろしく――アウロラの態度が、セラとのそれとはまるで違った。傭兵だから、途端に扱いが変わるのだろうか。なにせ、この褐色肌の女性は『騎士様』であらせられるわけだから。
ティシアが困ったような表情を浮かべた。
「申し訳ありません、ハヅチ殿。アウロラは少々粗野な言動が目に付くこともありますが、腕は確かですので――」
それはフォローになっていないような気がするが――慧太はアウロラを観察する。
見つめ返す彼女は、なるほど随分と気が強そうで、どこか挑発的だ。セラに対する態度よりも、こちらのほうが地のようである。身分や能力で足元を見るタイプだろうか。だとしたら、少々面倒ではある。
「まあ、よろしく」
慧太は挨拶を済ませると、すたすたと仲間たちのいる先頭馬車へ。
ユウラが地図を持ったガーズィと打ち合わせ。アスモディアはマルグルナと何かしら話し込んでいて、サターナはすでに馬車に客車に乗り、王都の町並みを眺めている。
そして、リアナとキアハは――
「あ、ケイタさん!」
黒髪短髪の大柄少女は、弾むような声で声をかけてきた。その姿は、いつものレザーアーマー姿ではなかった。
「どうですか、これ?」
雪のように白い軽甲冑だった。銀竜の鱗を加工して作られた鎧だ。鋼より硬いともっぱらの竜の鱗は、革鎧はもちろん金属製の鎧よりも頑丈だ。
ドロウス商会経由で武具職人に依頼して作られた鱗の鎧――昨夜、カルヴァンが持ち帰った土産である。
「似合ってるぞ、キアハ」
慧太は素直に褒める。視線を傍らのリアナに向ける。彼女もまた頷いた。
「サイズも問題なさそう」
「はい、とても身体にフィットしてます!」
キアハは上機嫌だ。ちらと、リアナが碧眼を向けてきたので、慧太はすっと目を逸らした。……キアハのサイズに合わせるために、彼女に化けた上に胸を揉まれたのを思い出したのだ。
「まあ、その、よかったな」
「はい! ありがとうございます!」
そのお礼に対し、慧太は指をリアナのほうへ向けた。
鎧は、銀竜を倒した際、リアナが仲間たちとは別に回収していたそれで作られたものだ。そして誕生日のないキアハにサプライズでプレゼントしようと発案したのも彼女である。お礼を言う相手は、慧太よりもむしろリアナである。
「ありがとうございます、リアナ」
「うん……」
無表情が基本のリアナが、珍しく顔をそむけた。心なしか照れているようにも見える。貴重な表情に、思わず慧太が顔をほころばせれば、「なに?」といわんばかりの彼女に睨まれた。
そういえば、キアハってリアナのことを呼び捨てにしていたっけ――慧太はふと思った。歳は近いし、仲がよさそうだから何も問題はないが。
そこへユウラがやってきた。
「そろそろ、出発しますか?」
「そうだな」
頷く慧太。キアハとリアナがアルフォンソの馬車へ乗り込む。ガーズィは慧太の背後を抜け、後ろの馬車のほうへ歩き、分身体兵に乗車を命じる。
セラが、兵たちの様子を眺めながら、慧太のもとへやってきた。
「……ジパングー兵の数、増えてるよね?」
「ああ。……つい昨日、合流した」
王都ドロウシェンに到着時は、ガーズィ含めて十一名と馬車からなっていた分身体。怪獣戦と、結局行方不明のロングポルトを入れて三名が欠員となったが、引き続きトラハダス討伐任務に就いた慧から身体の余剰分から一個分隊と馬車一台分をもらったのだ。結果、馬車二台、分身体兵は十八名となっている。
……怪獣が機械でなければ、慧太も分身体兵をもっと増やせたのだが。あの大きさだ、一挙に百人以上くらいは――いや、さすがにあの巨体を取り込むのは目立ちすぎるか。
「これからもっと人数増えるから、楽しみにしてろ」
慧太は深い追求を避けるために気さくな調子でセラに告げると馬車へ乗り込んだ。うん、と頷く銀髪の姫を馬車へと引き上げる。
「さあ、行こう。西へ――」
リッケンシルトへ。
御者台のマルグルナが頷く。セラ、ユウラ、リアナ、キアハ、アスモディア、サターナ――仲間たちを見回し、慧太は西門とその先を見た。
それぞれの馬車に全員の乗車を確認したあと、ウェントゥス傭兵団を先頭に一行は出発した。
見送りの王都住民や兵士たちが『万歳』の声を上げる。
『セラフィナ姫殿下、万歳!』
『ウェントゥス傭兵団、万歳!』
そんな民の声に、セラは手を振って応える。王族の習性だろうか。その動作は、さまになっていて半ば慣れているようでもある。さすがお姫様。
一方で、サターナは皮肉げに微笑した。
「……あの住民たちが、いま手を振っている集団の中に、魔人がいるとわかったら、どんな顔をするのかしらね」
「よしなさいよ、サターナ」
アスモディアがたしなめた。
「せっかくいい気分で出たんだから、変なこと言わない」
サターナは肩をすくめた。そんな彼女を見やり、ユウラが慧太の肩を軽く叩いた。
「彼女、慧太くんに似てきたんじゃないですか?」
「オレに?」
きょとんとする慧太に、青髪の魔術師は言った。
「ええ、意地の悪い皮肉を発するところとか、とくに」
次話、『慧太の思い、セラの思い』
戦場に近づくにつれ、緊張を高める団員たち。自分が力を発揮しなければ、と意気込むセラに慧太は――




