第三〇〇話、救国の英雄
セラが目覚めたことは、仲間たちの耳にも入った。
キアハやリアナ、ユウラ、アスモディアが代わる代わるやってきて、セラの覚醒を喜んだ。セラ当人は、心配をかけたことを詫び、みなが無事であることに笑顔を浮かべた。
セラの意識が戻ったことは、アルトヴュー側にも報せが行き、フォルトナー国王自ら、天幕を訪れた。
元々、野営地が隣接していたというのもあるが、セラはまだベッドの上。国の危機を救った一番の功労者を呼びつける真似はせず、自らの足でやってきたのだった
「我が国の危機だった。セラフィナ姫、あなたの力なくば、王都は灰となり、今頃我々は屍となっていたであろう。アルトヴューの恩人だ。ありがとう」
フォルトナー王は頭を下げた。
「我が国は、あなたに恩を返す用意がある。望みがあれば申し出てもらいたい。可能ならすぐに、もしすぐに実現が困難な場合でも可能な限り善処させてもらう」
救国の英雄である。
一国の王が頭を下げるだけのことを、セラはしたのだ。
だが当のセラは、王が頭を下げるという行為、そのめったにない出来事を目の当たりにして少なからず動揺した。生真面目というか、あまり経験のないことにどう応じたらいいかとっさにわからなかったのだろう。
同席していた慧太は、セラの見せる初々しい反応に苦笑する。……王陛下と交渉事では頼もしい面と思ったが、実は外交関連の経験は思ったよりないのかもしれない。
恩賞のことは、セラがまだ現状を把握していないのを理由に少し待ってもらうことになった。……彼女としては、アルゲナム奪回のための支援なりを取り付けたいのだろうが、どこまでそれを引き出せるかについて即決を避けたのだった。
話はトラハダスの機械怪獣と戦った時のことへと流れた。
アルトヴュー軍の将軍ヴェルリングは言った。
「そもそも、魔鎧機が空を飛ぶ、というのはこれまで聞いたことがありません。半ば常識だったそれを覆したわけですから、姫殿下の魔鎧機は特別なもの――」
将軍の目がキラリと光った。
「あの、カイジューを倒した光の一撃は、姫殿下の魔鎧機の力なのですな?」
サターナが危惧したとおりだった。ヴェルリングの言葉は、怪獣を倒した『天からの光』におよび、他のアルトヴューの重臣らも注視していた。
「いいえ」
セラは、迷いや考えるそぶりは微塵も見せなかった。
「カイジューを倒した光は、神の奇跡によるもの。……あの戦いの最中、私は神の声を聞いたのです」
神の声――ざわっ、と周囲が揺れた。
「一度だけ『力を貸そう』と。私は、その一度を王都を蹂躙する魔を滅ぼすよう願い、神はそれを聞き届けてくださった……」
セラは祈るように胸の前で手を組んだ。慧太は、しん、と静まった天幕を見やる。ここまでは事前に話し合ったとおりである。
「神の奇跡……」
ヴェルリング将軍は、驚きつつも少し拍子抜けしたような表情を浮かべている。魔鎧機の力ではなかったことが意外だったのかもしれない。フォルトナー王の後ろに控える重臣らの何人かは、天に祈る仕草をとり、偉大な神への祈りの言葉を呟いていた。
――神様の仕業なんて、オレの世界じゃ多分信じる人なんてほとんどいないんだろうな。
慧太は思う。魔法が息づき、神への信仰の厚い時代だからこそ、通用するのかもしれない。
フォルトナー王は感極まったような表情になった。
「セラフィナ姫よ。あなたは神の力を、故国を救うために使うことができたはずだ……」
ヴェルリング将軍らが、すっと王へと視線を向けた。
「その力ならば魔人の大軍とて一掃できた。……だがそれを我らアルトヴュー王国のために使うとは……何と言う……」
目頭を押さえるフォルトナー王。重臣たちは半分が驚き、残り半分は同じように涙ぐんでいた。
「何たる清廉で、気高い心の持ち主だ。まさしく聖女の所業」
「あ、え……っと」
セラはまたも戸惑う。見守っていた慧太も、予想外の方向へ流れる雰囲気に意外な面持ちになる。
てっきり、神の奇跡を持ち出すことで、セラへの感謝の気持ちが薄くなると思ったのだが。むしろ逆で、こちらの思ったものとは少々違った反応だった。
どうしよう、といわんばかりのセラ。困った彼女の顔も珍しく、慧太は内心ほっこりする。
だが、セラの困惑は、これ以後も続くのである。
日にちにすればわずか三日。寝たきりだった身体は、そのわずか三日でも鈍っているようにセラは感じていた。翌日からはリハビリを兼ねて歩いたり、軽い運動をするようになったが、アルトヴュー王都を救った彼女のもとを、様々な人間が押しかけるようになる。
騎士だったり、貴族だったり、商人だったり。散歩がてら歩けば、避難している王都住民らから尊敬と感謝を向けられた。
姫殿下、聖女、騎士姫、戦乙女――呼び方はさまざまだったが、セラは戸惑いつつも、自然に笑みを帰すようになった。それで被災した人々が少しでも救われるのであれば。民の声に応じ、時に話しかけ、手を握る。
慧太は、民に優しいお姫様といったセラの言動をそばで見守った。だが、しばらく見ているうちに、彼女の表情に違和感を抱く。……どこか、無理して笑顔を向けているような、そんな違和感だ。
慧太には覚えがあった。捕手として投手やチームメイトを見ている時、調子が悪いのや痛みを隠しているぎこちなさ。
王都住民は入れ代わり立ち代りにやってくるので、全てに応じていればきりがなかった。
「……あー、申し訳ないが皆さん」
慧太は、アイドルとそのファンの間に割ってはいるガードマンよろしく住民らに言った。
「これから王国側と重要な会談があるので、ここまでで」
周囲から「え?」と声が上がる。セラも困惑するが、慧太は有無を言わさず「行くぞ」と小さく言うと、彼女を民衆の輪から救い出した。
ウェントゥスの野営地まで移動すると、歩哨に立っていた分身体兵らが慧太とセラの後についてこようとした者たちを押しとめた。……セラの人気はここにきてとんでもないものになったものだ。
「大丈夫か?」
慧太が問うと、セラは苦笑したようだった。
「うん、少し……意外だった」
うなじにかかる銀髪を撫でながら、セラは柔らかい声で続けた。
「私、あのカイジュー退治には、それほど働いたとは思っていないの。オーエスエル、だっけ。その光が倒したのであって、私じゃないわ」
「君は、アルトヴュー王国を救った」
英雄、という言葉は敢えて飲み込んだ。いまさら慧太の口から言わなくても、周囲の声でセラは耳にしている。
「セラがいなければ、あの怪獣は倒せなかった。直接手を下そうが何だろうが、君がいたからこそ、倒せた。……オレたちも命拾いした。ありがとう」
「……! や、そんな……やめて、せっかく落ち着いてきたのに」
何が? とセラを見やれば、彼女の顔はりんごのように真っ赤に染まっていた。周囲から英雄と奉られた時も顔を赤くしていたが、今回は文字通り、耳たぶまで真っ赤である。
それを見やり、慧太は顔がほころんだ。
「本当に、正直どう倒したものか考えあぐねていたんだ。……オレたちだって命を落としていたかもしれない」
「そんな! ……ケイタなら、私がいなくても何か思いついて、あのカイジューを倒していたと思う」
「それは過大評価じゃないかな」
あの時は、本当に何も確信めいた作戦はなかった。だがそんな慧太に、セラは言うのだ。
「あなたはいつも突飛なことを思いついて、だけど成功させるの。ツヴィクルークの時も、ゲドゥート街道の時も……や、山で遭難した時も――」
まるで告白する生娘のような朱に染まった顔のセラ。慧太もむず痒くなってきた。
「だ、だから! 私は、あなたが一緒にいてくれるのが、とても頼もしいし……いてくれないと困る」
銀髪のお姫様は俯く。その表情は何かを考えているようで。
「ケイタ、あなたは――」
「……? なんだ?」
「……ううん、何でもない」
セラはかぶりを振った。顔をあげた彼女は、その青い瞳を瞬かせる。
「まだ、一緒に戦ってくれる?」
「当然だろ」
それが約束だから。慧太に迷いはない。
「アルゲナムを取り戻す。必ず君を送り届けてやる」
そのためにも――
まずは、リッケンシルト国の魔人軍を撃退する必要がある。
次話、『出発に向けて』
いよいよアルトヴュー王国の王都を出ようと準備にかかる慧太たち。だがそこへフェール技師長がすがりつく――




