第二九九話、眠り姫
トラハダスの大怪獣を倒して以来、セラは眠り続けていた。
ウェントゥス傭兵団は王都の復興作業に協力しつつ、彼女の覚醒を待っていた。慧太はアルトヴュー王国側からの要請で、鎧機に関しての助言者役を引き受けていた。
本来、王国軍の極秘事項である鎧機研究の場に立ち入ることを許されるのは、おそらく傭兵では慧太がこの世界で唯一だろう。それだけでも異例のことであるが、自分がいかに国王陛下から買われているかわかるというものだ。
もちろん、ただでやってやるわけではない。鎧機の構造などから、シェイプシフター体での再現もできるようになっていた。つまり、変身の中に鎧機『ティグレ』をそのレパートリーに加えたのだ。……もっとも外観だけは、であるが。
昼間は開発に立会い、夜になれば野営地へ戻る。セラのもとへ。
彼女の眠る天幕は、常に仲間の誰かがそばにいた。主にマルグルナやサターナ、リアナ、キアハが交代で看ている。そして夜になると慧太が、彼女らと代わるのだ。
その日も慧太が行くと、サターナがセラのベッドの傍らにいた。その細い指を、眠れる銀髪姫の髪にからませ、優しく呟く。
「早く目覚めるといいわね。セラ……」
かつて魔人――人類と敵対していた彼女が、人間の姫に慈愛の表情を見せる。種族的なことを言わなければ、この二人は仲のよい友人と言える。何とも不思議なものだ。
「よう。相変わらずのようだな」
「ええ、お姫様はまだ目を覚まさないの」
サターナはセラを見つめたまま、動かなかった。
「このまま彼女が目覚めなかったら……その時のこと、考えてる?」
「……」
考えたくない。思わず出かかった言葉を、慧太は呑み込んだ。サターナは言った。
「もし、彼女が旅を続けられないようになったら、ワタシたちで彼女の『代わり』を演じる――彼女の願い、目的を果たせばいいと」
考えておくべきじゃないかしら、と黒髪の少女は紅玉色の瞳を慧太に向ける。
慧太は視線をベッドの上のセラへと逸らした。まるで人形のように動かない彼女――ぴくり、とその長いまつげが揺れた。
「……!」
動いた。閉じられていたまぶたがそっと開き、その清んだ水面のような青い瞳をしばたかせることしばし。
「セラ!」
思わず声に出ていた。慧太はベッドの駆け寄り、サターナもまたセラのそばで彼女を見下ろした。
「……ケイ……タ……」
か細い声が唇から漏れる。
「ここ、は……?」
「天幕の中だ。君はもう三日も眠っていたんだぞ」
「……三日……?」
「おはよう、セラ」
サターナが優しく声をかけた。セラの視線は漆黒のドレスをまとう少女へと移り、はっと息を呑んだ。
「サターナ!」
突然、セラが上半身を起こすと、サターナの腕をつかんだ。
「あなた、生きて――!?」
「あら、死んだと思ってた?」
くすくす、とサターナは笑みを浮かべると、セラの肩に手を置いて、ゆっくりとベッドへと戻した。
「心配しないで。ワタシは生きているわよ」
「そう……生きて……」
すん、と鼻をならしたセラ。その青い瞳に涙が溢れてくる。
「私、あなたが死んでしまったんじゃないかって……思って……」
泣き出してしまったセラに、慧太はわけがわからずサターナを見やる。サターナは小さく肩をすくめた。
「怪獣の熱線を浴びて、ワタシが蒸発したんじゃないかって思ったのかしらね。あの時、ワタシは羽根と片足飛ばされて落ちたから」
「それ、掠めたってレベルじゃないぞ」
初めて聞かされたことに慧太も驚いてしまう。サターナは小首をかしげた。
「当たってるからね。でもあの直後、ワタシはセラの方こそ熱線に溶けてしまったように見えたわ。ちょうどワタシたちの間を熱線が通過したからだけど、それでお互いに相手の姿が見えなくなって、やられたように見えてしまったのだと思う」
「なるほど。……だってさ、セラ」
慧太は手を伸ばし、セラの目元の涙をぬぐってやる。
「みんな無事だ。君のおかげで、怪獣は倒されたし、王都はひどいありさまだけど、全滅は免れて、助かった人も大勢いる」
「カイジュー……」
セラは額に手の甲を当てながら、天井を見上げる。
「まだ頭の中がぼんやりしてる。……何があったのか、教えて。お願い」
・ ・ ・
セラが白き魔鎧機をまとい、怪獣に挑んだこと。
天から差し込んだ一筋の光線が怪獣を引き裂き倒したこと。
直後に意識を失い、今に至るまで昏睡状態だったこと。
彼女に関することは、おおよそそれだ。慧太とサターナが説明すれば、意識がはっきりしてくると共に、セラも思い出してきたようだった。
「あの魔鎧機は『スアールカ』。アルゲナムの魔鎧機、白銀の鎧の真の姿」
セラはベッドの上で半身を起こした状態で、静かに語った。
「時々……本当にめったにないのだけど、声が語りかけてくることがある」
白銀のペンダント――セラが肌身離さず身に付けているそれ。
「本当に駄目な時、『力』を使えと囁くの。それがあの姿」
翼を持った魔鎧機。
「あと、あの天空からの光だけれど……たしか、オーエスエル、と言ったかしら。たぶんそれだと思う」
オーエスエル? 何のことだろう――慧太はサターナと顔を見合わせた。
「ただ、それを使えるのは一回だけと言っていた」
スアールカがそう言っていたから――そういうセラは、あまり実感がわかないような顔をしている。
「つまり、もうあの光の攻撃は使えない?」
「たぶん、そうだと思う。無数のエラーとか、そんなことを言っていたから」
エラー。……まるで機械のようなことを言う、と慧太は思った。
空高くにいる、それともある、だろうか。そのオーエスエルが放った光の一撃で怪獣を倒した。
古代文明時代の衛星兵器、などと思っていたが、もしかしたら当たりだったかもしれない。
オーエスエルは、遙かな過去から現代まで存在していたが、寿命か、もしくは劣化によって正常に機能するギリギリ最後の一回を撃った――そんなところだろうか。
「まあ、最後の一発だったにしろ、怪獣を倒せたからよかった」
慧太は安堵感をにじませる。
「もしあれがまた使えたなら、レリエンディールとの戦いでも切り札になったかもしれないが――」
「いえ、むしろ使えなくなったほうがよかったわ」
サターナがそんなことを言った。
「あの人知を超えた技は、個人が使えないほうがいい。……たとえ戦争に勝っても、今度は味方があの力を恐れて――」
紅玉色の瞳が、セラを見つめた。
「あなたの身を危うくするわ。力を持ちすぎる者を、周囲は恐れゆえに排除しようとするから」
「……」
セラは押し黙る。味方から狙われる――その言葉に、少なからずショックを受けたようだった。かくいう慧太自身もまた、サターナの言葉に自らの短慮を悔いる思いだった。
「……あれは『神の御業』ということにしたほうがいいかもな」
たまたま神が救いの手を差し伸べた、と。
セラの魔鎧機の力だと言えば、人間たちはその力の秘密を知ろうとするだろう。我が物にするか、手に入らなければ消そうとするに違いない。
慧太は確信する。ここ数日のアルトヴュー王国の鎧機開発の手伝いをしている身を考えれば、特に。
サターナは、きっぱりとした口調で告げた。
「怪獣をやった一撃は神の仕業で、セラの力ではないということにしましょう。オーエスエルのことも、ワタシたち三人だけの秘密。仲間にも、他の誰にも」
「誰にも?」
セラが顔を上げれば、サターナは頷いた。
「ええ、ユウラにも、アスモディアにもね」
何故、と慧太が視線を向ければ、サターナはいつもの調子で言った。
「秘密というのはどこから漏れるかわからないわ。秘密にすると決めたら身内であっても絶対に言わないつもりでないと、必ずバレてしまうわよ」
「……まあ、知る知らないで言えば、知ったところでどうにかなるものでもないし」
慧太は一度考え、そして言った。
「漏れた際の周囲へのを考えるなら、言わないほうがいいだろうな」
その時に一番面倒なのは、ほかでもなくセラだから。慧太は、彼女の負担になるようなことは極力避けたいと思っている。
それでなくても、余計な気苦労が絶えないお姫様なのだから。
次話、『救国の英雄』
目覚めた戦姫を待っていたのは、『英雄』という名の重み――




