第二九八話、王国からの要請
それでオレはここに呼ばれたのか――慧太は半ばうんざりしていた。
アルトヴュー王国軍の王都軍備再建委員会の置かれた天幕の中、その中央の椅子に座る慧太。
国王陛下と騎士たちを正面に、左右にヴェルリング将軍とその幕僚、魔鎧騎士のティシア、いかにも技術者といった風貌のフェールがいた。
――どうしてくれるんだ、この空気……。
冷や汗こそ流れない体質だから、傍目には泰然としているように見えるが、慧太としては何とも微妙な心境だ。
怪獣退治の貢献に引き続き、地下神殿探索と大幹部の遺体引渡しで、フォルトナー王は慧太に対して非常に好意的だ。
対してヴェルリング将軍らの一派は、『またお前か』と言わんばかりに表情が曇っている。ティシアや王の取り巻きの騎士らは中立のようだが……。
「とりあえず、鎧機に乗った感想を言えばいいんですね?」
ぜひ、と頷くフェール技師長。フォルトナー王が期待のまなざしを寄越す。
「貴殿が、我らの鎧機を手足のように扱ったという話をティシア嬢から聞いておる。鎧機部隊による唯一の眷属撃破の功を挙げたのが貴殿だけだということもな」
「陛下のおっしゃるとおり。……出撃した君以外の機体は、ただの一機も生還しなかった」
フェールは、慧太のそばまでやってきた。
「私も君が、初めて乗る機体を走らせる様をみて驚いたくらいだ。君は鎧機の性能を十二分に引き出した。……訓練したはずの我が軍の操者にできなかったことを何故できたのか、話を聞かせてくれ」
「我々は、魔人の侵攻を前に、軍備を再構築しなくてはならない」
フォルトナー王は強い口調で言った。
「その任に鎧機が耐えうるのか、ぜひ実機を動かした貴殿の意見を聞かせてもらいたい」
つまるところ、オレの言葉ひとつで、鎧機が今後使われるかどうかが決まるわけか。……何とも面白くない話だ。
「きちんと動くなら、鎧機は凄い武器になりますよ」
慧太は正直に言った。トリアシや恐竜モドキといった機械兵器にも充分に対抗できた。生身でぶつかれば、もう少し手間取っていただろう。
「ただ問題は、きちんと動かない、いや動かせないということ」
動かせない? きょとんとするフェールに、慧太はズバリ言った。
「重過ぎるんです。あんなものを着て動け、というのはフルプレートアーマーを着た人間に走れと言っているようなものです」
「機体の関節部分には重量を補助する機構を盛り込んである」
フェール技師は首を横に振った。
「その機構があればこそ、人間があの鋼鉄の塊を動かせるのだ」
「いや、きちんと動かせていないから問題になっているのでは?」
初めて、鎧機が走るのをみた、などという言葉が本当なら、精々歩くのが精一杯という体たらくだったのではないか。
「操者には体力と筋力自慢のものが選抜されておる……」
「それでも走れなかったんでしょう?」
慧太は言い返した。フェールはポンと手を叩いた。
「そうなのだ。だが君は走らせた」
……そうだった。彼らの見ている前に鎧機を走らせたのだ。当然、どうやったか、それを聞いてくるだろう。慧太は墓穴を掘っている気分になった。
・ ・ ・
「それで、どうなったんです?」
ウェントゥス傭兵団野営地。ユウラが慧太の隣を歩きながら聞いてきた。
「鎧機について、助言したんでしょう?」
「足先に隙間があって、踏ん張りが効きにくいから固定したほうがいいのと、もう少し機体を軽くしろと言った」
慧太は首を横に振りながら言った。
「何とも呆れた話だが、技師たちは鎧機の基本となるフレーム部分は自分たちで動かしてみてテストしたが、実際の装甲や装備をつけた状態は試さなかったというんだ」
「というと?」
「技師たちは、実機がどれくらい重いかまったく理解していなかった。いや、重いのはわかってる。……あれだ、フルプレートメイルがクソ重いことは知っているが、実際に着たことがないってやつ。それと同じだ」
あぁ、と理解したようにユウラが頷いた。
だから本来走れるはずの鎧機が、フル装備担った途端、動作が鈍くなり、走ることができなかったというわけである。
慧太は続ける。
「魔鎧機同様、操者に重量の負担がかからないシステムを作れないのなら、装甲や装備を軽くして、せめて中の人間が軽鎧を着た程度で動けるようにするべきだって」
「それで、フェール技師長、でしたか? 彼は何か言いましたか?」
「鎧機の売りである装甲を犠牲にすることに眉をひそめていたよ。ただ現状、高火力の攻撃に対して的にしかならないのでは、装甲を減らしての軽量化もやむなしと言っていた」
慧太は、視線を彷徨わせた。
「オレは機械のことはよくわからないが、物事はシンプルであるべきだって思ってる。鎧機をどういう風に使いたいのか、その原点に立ち返るべきだとフェール技師長に進言した」
例えば、歩兵部隊の前面に立ち、装甲で敵の攻撃を弾きつつ進むというなら、大型の盾を持たせて、機体装甲を補うとか、近接戦を捨て、大型の投射兵器を携帯させて、動きの鈍さを補うとか――
機体の改善というより戦術論になったが、それを話したらティシアら騎士らが感心したように頷き、フォルトナー王やフェール技師長が目を輝かせて、鎧機の可能性について熱くなっていた。
魔鎧機を参考にして作られた鎧機であるが、魔力による重量アシストのない鎧機に、魔鎧機と同じような使い方はそもそも無理があるのだ。
「あと、あまり魔鎧機に似せようとしなくてもいいのではないかとも言った」
慧太は、天幕の向こう、機械音を響かせながら歩くゴレム――二脚型移動砲台を見やる。
「一応、あれも見せてもらったんだが、操縦がシンプルなんだ。操縦桿は向きを変えて、前進とブレーキは足元のペダルで操作する。構造自体も簡単なもので、複雑なコンピューターとか――」
コンピューターといったら、ユウラが理解できないとばかりに怪訝な顔をしたので、慧太は言い直す。
「複雑な制御装置がなくても動かせるんだ。だから言ってやったんだ。せっかく機械式で動く脚があるんだから、鎧機の足回りも操者が動かすのでなく、ゴレムと同じくペダル式にしたらどうだって」
個人の能力差がでにくくなるが現状より動けるはずだし、何より足並みが揃いやすくなる。
「なるほど、魔鎧機に似せようとしなくても、というのはそういう意味ですか」
ユウラは小さく頷いた。
「しかし、あなたも大変ですね。祝賀会はうやむやになりましたが、あなたは充分アルトヴュー王国に売り込むことに成功した」
「そういうつもりはなかったんだがね」
「フォルトナー陛下には気に入られてる」
「みたいだな」
慧太は複雑な表情を浮かべた。
「オレの気のせいだといいんだが、どうも色々と飴玉つけてこちらを引留めようとしているような」
「そりゃあ、カイジュー騒動からこっち、アルトヴュー軍を尻目に色々やりましたからね」
青髪の魔術師は、からかうように言った。慧太は口もとを引きつらせた。
「まあ、そうだとしても、オレは留まるつもりはないぞ。セラがアルゲナム国を取り戻すのを手伝う仕事がある」
「アルトヴュー軍が戦力として使えるなら、多少の引き留めも構わないんですが、王都の状況を見ると、あまり期待できないんですよね。……それなら、季節が冬のうちにリッケンシルトに乗り込みたいのですが」
軍隊の動きが不活発な冬のうちに進撃する。従来の軍に比べて、遙かに兵站線が軽いシェイプシフター軍は季節の影響を受けない。
慧太はしかし、首を横に振った。
「同意だが、それにはまずセラが目覚めないと」
「……あれからまだ眠り続けていますからね」
ユウラはため息をついた。
「翼を持った魔鎧機――あれがアルゲナムに伝わる魔鎧だったんですね。ですが、そこでセラ姫は大量の魔力を使って弱っている……」
「このまま目覚めないなんてことは――」
慧太の心配に、ユウラは微笑を浮かべる。
「身体の魔力は回復しているのです。いずれ、目を覚ますとは思いますよ」
「……それを聞いてひと安心だな」
ユウラが言うなら、まず間違いはないだろう。たとえ気休めでも、いまはそれがありがたかった。
「目覚めてくれないことには、オレたちも動けないからな」
まあ、目覚めてもしばらくは大変だろうが。
トラハダスの怪獣を倒し、王都とアルトヴュー王国を救った戦乙女。その白き翼を持つ魔鎧機のことも含め、英雄視と共にその力についての詮索が押し寄せることになるだろうから。
次話、『眠り姫』
トラハダスの怪獣を倒して以来、眠り続けるセラ――




