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第二十九話、グノームの戦士グレゴ

 

 道案内として同行することになったのは、グレゴというグノーム男性だった。

 グノーム人の年齢についてはよくわからないが、人間でいえば中年枠だろうと慧太けいたは思った。

 なめし革の鎧のベースにグノーム鋼で補強された鎧をまとい、爆発物と思しき角ばったものが複数ついたベルトを鎧の上から二枚巻きつけ、背中には円形のラウンドシールドと武器にも使えそうなツルハシを背負っていた。

 身長は他のグノーム人に比べ若干高め。だが慧太よりは低い。横幅はあるので頑強で、見るからにタフな外見だ。その腕も丸太のように太かった。

 慧太のいた世界における伝説のドワーフに近い風貌だが、彼らとは決定的に違うところは、『髭が生えていない』ことだ。

 その顔はごつく、顎はほぼ四角。だが、たっぷりあごひげを蓄えているドワーフと違い、グノーム人は髭を蓄えるという習慣がない。例外は集落のおさだけだが、グレゴが言うには。


「あの髭は地上人向けに生やしているンダ。あれで長だとひと目でわかるから、連中には評判がいいンダ」


 ただグノーム人的には不評だがな、とグレゴは声を上げて笑うのである。

 水浴びを終えてすっきりしてきたセラが戻ってくるのを待ち、慧太らは集落を出た。お土産兼食料に『ムリ』といわれる土入りのクッキーをもらった。それともうひとつ、鉄兜も。


『坑道を歩く時は、頭を守るものは被っとけ』


 ということらしい。グノーム鋼製の兜は頭全体と首後ろを守る構造になっていて、その内側には動物の皮をなめしたものが厚く張られていた。頭部がじかに金属に触れるのを防ぎ、長時間被っていても痛くないようになっているのだ。

 そのグレゴが鉄兜を一度脱ぎ、汗を拭く。見事なスキンヘッドである。比較的暑い坑道内において、すぐに手入れできるという点は髭なし髪なしは都合がいいのかもしれない。


「何故、グノーム人には髭が不評なんだい?」


 話の種に聞いてみれば、鉄兜を被りながらグレゴはニヤリとする。


「髭がないほうが、削った岩肌みたいで綺麗ダロぅ?」


 見た目の問題か――慧太は納得しておくことにした。

 北方へ抜ける地下通路を、グレゴを先頭に歩く。慧太とセラはその後に続きながら、グレゴのお喋りに付き合う。


「ワシはグノーム女からはモテモテなンダ。若い頃は嫁候補がわんさかいてな、ワシを取り合ったもンダよ」

「今は?」

「妻がおるからな。それでも祭りの時はよく女に誘われるンダ」


 結婚してたのか――慧太はセラを顔を見合わせる。彼女も微苦笑。


「グレゴさんは――」

「グレゴでいいぞ。気持ち悪い」

「ああ、悪い……グレゴ、の旦那。あんたの奥さんは美人なのかい?」

「もちろンダ。顎もしっかりしてるし、何よりがっちりしているからな」

「あんたみたいに?」

「そう、ワシみたいに!」


 がっはっはっ、とグレゴは笑った。冗談のつもりだったのに。


「……すると旦那。グノームの女性は、顎が四角くて、肩幅広いとモテる?」

「ああ、美人とはそういうもンダ。それに加えて力持ちなら言うことない」


 一般的な人間とグノームでは美人の定義が違うらしい。そういえば日本でも昔はふくよかな女性が美女だって言われたとか何とか。

 グレゴは振り返った。


「地上じゃ、細いほうが好みらしいな。地上人と交流する時に会うグノーム女は、細いやつが多かったろう?」

「そういえば――」


 宴の場でセラに料理を勧めていた女性は、グノーム人としては痩せていた。……人間から見れば標準か、ちょっと太めだったが。


「言い方悪いが美人ではないわな。ただ地上人からはそう見えないらしい。そのまま地上人に嫁いだりすることもあるンダ」

「へえ……」


 慧太は感心も露に頷くと、ちらと銀髪のお姫様を見やる。


「グレゴの旦那。地上人から見ればセラは美女の範疇に入るんだが」

「ケ、ケイタ!?」


 吃驚するセラを無視し、慧太は続けた。


「グノーム人から見たら、どうなのかな?」

「……うーン」


 グレゴは正面を見やり――つまりこちらの背を向け――小首を傾げた。


「残念ながら、結婚は諦めたほうがいいな。第一、細すぎる」

「細いって」


 人間の女性は細いって言われると嬉しいだろうと思えば、セラは恨めしげに睨んできた。デリケートな話題だったようだ。


「ンー……?」


 グレゴが立ち止まった。通路の向こうから、何者かが駆けてくるのが見えたのだ。グノーム人に、しては身長は一ミータ(メートル)ほど。子供、だろうか……?


「グレゴ!」


 そのグノームは、グレゴに真っ直ぐ駆け寄ると声を張り上げた。


「地下神殿! 神殿で一大事!」

「なンダ!? ゴバードの襲撃か!?」


 怒鳴るような勢いで返すグレゴだが、低身長のグノームは負けじと返した。


「化け物! 化け物が神殿で暴レテルッ! 助けがイル!」


 ひどい訛りだと思いつつ、緊急事態らしいのは慧太も察する。グレゴはツルハシを手に持ち駆け出そうとしたが、ぴたりと止まり振り返った。


「駄目ダ。ワシはいま道案内の最中なンダ!」

「グレゴ!」


 グノームが顔をくしゃくしゃにして叫ぶ。どうやらかなり厄介な事態になっているようだ。セラはおずおずと口を開いた。


「グレゴ、さん……助けが必要なら行くべきではないでしょうか?」


 お姫様はどうしても呼び捨てにできなかったようだ。真剣な眼差しを向け続ける。


「私たちなら構いません。いえ、集落でお世話になりましたから、私たちでよければお手伝いさせてください!」


 私たち? ――慧太は思ったが口には出さなかった。

 グレゴは、迷ったように視線をさまよわせる。助けに行きたいのは山々だが、ガイドを放り出して行っていいものかどうか。彼の目が慧太に向く。セラは手伝いを申し出たが、慧太自身は黙っているからだろう。


「……まあ、お姫様がそう言うならオレは何も言わねえよ」


 若干皮肉込みになってしまったのは、内心気乗りしなかったからか。グノーム人が直接助けを求めたのならともかく、やってきたグノーム人はグレゴに助けを求めた。言ってみれば、余計な介入ではないかと思ったのだ。

 グレゴは、慧太の微妙な心境を察したのか押し黙る。だがそれも数秒のことで、すぐに険しい顔のまま言った。


「すまン。仲間の危機なンダ。ワシは神殿に行く。いったん集落に戻るもよし、協力するもよし。好きにしてくれ」


 小さく頷くとグレゴは駆け出した。その背中を見送り――セラはすぐに後を追った。


 ――セラも結構お節介というか、お人よしだよな……。


 そういうのは嫌いではない。

 慧太も後を追うのだった。

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