第二九五話、後始末
慧の分身体である黒猫の案内で、慧太とリアナ、アルフォンソは奥へと進んだ。ガーズィらには周辺探索を命じてある。
たどり着いた先は、幹部用に作られた特等席のある部屋。天井に大きな穴が開いており、地下の屋根を構成していた岩盤が崩れ去った今、夜空を見上げることができた。……もっとも、生憎の曇り空で星を眺めることはできなかったが。
「もう少し早く来ていれば、君らも残党退治のおこぼれに与れたかもしれない」
金髪美少年――元トラハダスの特司祭であるキャハルは、そんなことを言った。
静かにたたずむ彼の前には、顔に布を被せた死体が六つ並んでいた。身なりからすると、相当の身分を感じさせる。
大幹部だろうか。慧太は見当をつけた。
「ケイが神殿内にいた抵抗要素は排除した。死人に口なし」
謳うように言うキャハル少年の背後には、銀髪ショートカットの少女戦士――シェイプシフターである慧が壁に寄りかかって立っていた。
慧太は皮肉げに口もとを歪める。
「ご丁寧に仕事を済ませておいてありがとう、と言っておく」
それで――視線は、床に横たわる死体へと落ちる。
「こいつらは?」
「トラハダスの大幹部たち……そのなれの果てだ」
キャハルは、まるでティータイムを嗜む紳士のような、気楽な調子で言った。かつての上司に当たるような相手を敬う様子もなく、かといって嘲るでもない。
「ケイが始末をつけた。ただ、ボクらで密かに葬っては生きていると勘ぐられても困るからね。君らが来るまでそのままにしておいた」
「……またまたご丁寧にどうも」
「なに、大したことはない。その遺体の処置は君に任せるよ。燃やすも、取り込むも好きにすればいい」
分身体を増やす意味でも、死体処理はありがたい話だ。それにトラハダス側大幹部の情報も得られる……と思ったのだが、死んでからどれくらい経ったかによって獲得できる知識や情報が異なる。死体、とくに頭脳は損傷が少なく、また死んで間もないものが一番獲得できるのだ。
いやまて――
キャハルがそうしたように、トラハダス大幹部の遺体はアルトヴュー側に報告を兼ねて引き渡すべきではないか。
慧太は考える。ここで始末してしまっては、アルトヴュー側に対するトラハダス幹部たちの死について、慧太の証言のみということになる。嘘をついていると疑われたら、彼らはすでに存在しない虚像を追い続けることになるかもしれないのだ。……物的証拠として、大幹部たちは王国に引き渡そう。
慧太が黙り込んだのをみて、キャハルは口を開いた。
「トラハダス神の退治はお見事と言わざるを得ない」
顔をあげ、星の見えない空へと碧眼を向ける。
「セラの……あの神々しいまでの姿は、とても、美しかった」
まるで、そこに天使の如きセラの姿を見ているかのように。
「彼女の呼びかけに天は応え、異界の怪物を消し去った」
この少年には、あの一連の怪獣を倒した攻撃がそう映ったようだった。天は応え――神罰の類だと。邪神教団にいただけあって、物事を天の神の御業と解釈したわけか。
「それで、キャハルよ」
慧太は淡々と問うた。
「お前は、トラハダスを見限った。そしてここのトラハダスは壊滅した。これからお前はどうするんだ?」
「本来なら、故郷に帰る――と言いたいところだが」
キャハルは、視線を慧太に向けた。その透き通るような碧眼は、しかし無感動だった。
「一線を越えたトラハダスを、天はお許しにならないだろう。おそらく残党狩りの任を仰せつかる」
仰せつかる? 誰から――慧太は思った。昼間、トラハダスに潜り込む、だの、観察者だのといっていたが、ますます別の組織から送り込まれた存在のような口ぶりである。
――ひょっとしたら、聖教会の関係者か……?
先ほどからやたら『天』という言葉を使っているのが気になった。
「お前は誰の命令で動いているんだ?」
「……その質問には、答えないと駄目か?」
淡々と、しかしがんと拒むような視線だった。
「ボクは、その必要がまったくないと思っているのだが……。仮に君らに教えても、そもそも君たちが理解するとも思えない」
「……つまるところ、オレらの全く知らない組織の手下、ということか」
「そうなるな」
キャハルは言葉少なだった。本当に話す気がないらしい。慧太は肩をすくめた。
「ひとつだけ。その組織はオレたちの敵となりえるか?」
「敵ではない、といえば見逃してくれるような口ぶりだな。あまり上手い質問とは言えない。仮にボクが君の望む答えを言ったところで、信用できるか?」
「……できんな。ヘタな質問だった」
慧太は自嘲した。キャハルは笑う。
「まあ、ひとつボクも君に頼みたいことがあるから、君の質問に対してヒントをやろう。『今は敵ではないが、君らの行動如何によっては敵になる可能性がある』」
「今は」
「ああ、今は」
キャハルは頷いた。
「まあ、おそらく正道を行く限りは大丈夫だろう。ただ、トラハダスのような、道を踏み外す者があらわれた場合、巻き添えを食らう形で敵となる可能性はある」
「今は、その言葉を信じるしかないな」
完全に信用はしていない。今回、情報を提供してくれたし、敵対はしなかった。だが簡単に水に流せるものでもない。こと、セラが絡んでいる限りにおいて。
「正しい見方だ。……それで、ボクのわがままをひとつ聞いてくれるか、ケイタ」
「……聞くだけきいてやる。なんだ?」
「なに、大して難しい話ではない。ボクはトラハダス討伐に当たるだろうが、ケイを貸してもらいたい」
「慧を?」
視線は、腕を組んで壁にもたられている銀髪の分身体に向く。中性的なその顔立ちの少女の表情はぴくりとも動かない。どうやら先にキャハルからその話を聞いていたようだった。特に文句がなさそうに見えるが。
「……慧は? どうする?」
「殲滅派の多くがここで死んだとはいえ、ここ以外にもトラハダスは残ってる」
少女は真面目な調子で答えた。
「アタシの役目はトラハダス退治……そうだろ、慧太?」
もとよりそのために生み出された慧太の分身体だ。どの道、その任務を続けるのなら、目的が一致しているキャハルを手伝わせてもいいか、と思う。行動を共にすれば、金髪少年の背後組織を知る手がかりなりをつかめる可能性もある。
なにより、いまはセラの――アルゲナム奪回を優先したい。トラハダス絡みの案件にこれ以上巻き込まれるのは御免被りたい。
「わかった。慧を貸してやる。だが――」
睨むような視線を慧へとずらし、そしてを指を差した。
「この変態の特司祭の『女』にはなるなよ」
「ば、馬鹿野郎! いきなり何いいやがる!」
ふざけんな、とばかりに慧が声を荒げた。……そういう反応が困るんだ。虚を突かれたから動揺した、と思いたい。本気で恋愛関係になったら、本来男である自分の分身体が、怪しいガキと付き合うとか、気持ち悪くてたまらないのだ。
一方でキャハルは肩をすくめる。
「それでは、ボクたちは失礼するよ。……せいぜい、セラを守ってくれよ。彼女はボクにとっても大事な人だから――痛っ」
余裕かますキャハルの頭を慧が小突いた。慧太のぶん殴ってやりたい衝動を察して、慧が代わりに手を出したのだ。ありがとよ、と心の中で慧に呟いておく。
去っていくふたり。その背中を見送り、慧太は思った。
「……やっぱり、あのガキのことは好きになれないな」
ああ、面白くない。まったく。
「撃とうか?」
沈黙を守っていたリアナが弓を掲げた。……ここにも慧太の心情を察してくれる相棒がひとり。
「今回は見逃すさ。……それより、この幹部たちの死体を運び出さないとな。手伝ってくれ」
アルフォンソ! ――控えていた分身体に、トラハダス大幹部たちの遺体を担がせる。
「とりあえず、もうしばらく探索するか。敵はいないって話だが、いちおう偵察任務だしな」
それに何か拾えるかもしれない――手ぶらで帰るつもりは毛頭ない。
次回、『暗躍する者たち』
ユウラは、トラハダスの資料を目にする。アスモディアは黙して主を見つめた――




