第二九三話、戦い終わって
大怪獣の王都襲撃は、ツヴィクルーク出現時とは比べ物にならないほどの被害を与えた。
王都全体の三分の二ほどが戦災に見舞われ、とくに出現地点である東側は無事な建物はほぼ皆無のありさまだった。……果たしてどれだけの被害と犠牲者が出たのか想像できな……いや、したくなかった。
紅蓮に染まる夕焼け空。依然として眠っているセラ。ユウラやリアナ、サターナといた慧太のもとに、キアハとガーズィらが合流した。
ぐったりと横たわるセラの姿に、キアハは動揺したが眠っているだけだと慧太が告げれば、心底ホッとしたような表情を浮かべた。……腕などにかすり傷が見えるが、キアハも大きな怪我はなさそうだ。
慧太は横に立ったガーズィを見ることなく言った。
「みな、無事か?」
「……二名、消滅です。トリアシのビーム弾で」
ガーズィは事務的に報告した。
「恐竜モドキに身体を半分にされた奴はいましたが……まあ、自分らはその程度ならすぐに復帰できます。でも、どうにもならないこともあります」
「……補充は、無理だろうな」
「さすがに機械は取り込めませんからな」
ガーズィは控えめに笑った。相手が魔獣や生き物であるなら、その死体を取り込むことで分身体は自らの身体を大きくしたり、増やすことができる。
「それで……これからどうしますか、団長」
「ユウラ」
慧太は、青髪の魔術師を呼ぶ。いつも余裕な態度を見せる彼も、心なしか疲労の色が見て取れる。副団長を交え、慧太はガーズィに言った。
「どうしたものか。フォルトナー陛下を警備隊の野戦陣地まで案内したが、今もそこにいるとは限らないし、他に顔見知りもいないからな。……セラを早くベッドで休ませてやりたい」
「僕も休みたいですね」
ユウラは言ったが、誰も笑わなかった。
「宿泊所は無事かどうか怪しい。あの怪獣の攻撃の余波を食らってたら面倒だ」
「無事ならいいですが、そうでなかった場合――」
ガーズィは生真面目に言った。
「休めるところを探す必要があります。ですが自分らにはツテがありません」
「一度、野戦陣地に行くべきでしょう」
ユウラは断言した。
「たとえ、フォルトナー陛下がいらっしゃらなかったとしても、ウェントゥス傭兵団の名前を出せば、誰かが何か反応してくれるでしょう」
「誰かが何か、か」
慧太は苦笑した。ユウラは諧謔に満ちた笑みで応えた。
「何せ、祝賀会に招待されていますからね。……まあ、その祝賀会自体は、この騒動で流れたことでしょうが」
「そいつは今日一番の朗報だな」
慧太は容赦なかった。さすがにガーズィも苦笑いを浮かべた。
ふと、ガーズィが視線をはずした。慧太もそちらへと向く。
近づいてくる者――絹のように長く美しい髪を持つ女性騎士だ。アルトヴュー王国の騎士で、確かティシアという名前だった。
「ウェントゥスの方々。ハヅチ団長」
小さく目礼する彼女。その金髪も汗をかいたせいか肌にへばりついている。怪我の様子はないが疲れは隠せず、おそらく王都防衛戦に参加していたのだろうと思う。
慧太は小さく頷きを返した。
「ご無事で何よりでした。あの巨大な化け物を退治したのと、その眷属撃退に尽力いただき、感謝の念に堪えません――」
ティシアは自身の胸に手を当てながら、そう言ったが、ふとセラが横になっている姿を見やり、眉をひそめた。
「セラフィナ姫殿下は……? まさかお怪我を――」
「あー、ちょっと怪獣退治に力を使いすぎてな、ちょっと休んでいるんだ」
たぶんそう――だと思う。
以前、白銀の鎧を一段階覚醒した直後に、消耗のあまり歩くのも難儀していた。今回は、おそらくそれ以上の消耗があったのは想像に難くない。
慧太の答えに、ティシアもまた安堵した。
「そうでしたか。あの空を飛ぶ魔鎧機――あれはセラフィナ姫殿下だったのですね。あの化け物――カイジュー、ですか? あれを倒したのです、無理もありません。もしよろしければ、我々の陣地でお休みになりますか? 天幕を用意しますが」
「それはありがたい」
思いのほか、早く休む場所の問題が解決した。ティシアはアルトヴュー王国でも有力貴族の娘と名乗っていたから、ある程度融通が利くだろうと思う。
・ ・ ・
アルトヴュー王都、東広場の警備隊陣地は、さながら野戦病院のようだった。
防衛戦での戦闘による負傷者が広場に横たわり、手当てを受けていた。すでに事切れている者たちは布に包まれ、並べられている。……ひと段落したら、埋葬されるだろう。いまはそこまで余裕がない。……誰にも。
ティシアの案内で、ウェントゥス傭兵団が広場に到着すると、兵がひとりやってきた。彼はティシアに声をかけると、慧太たちを見ながら何事か言っている。……嫌な予感。
「国王陛下とヴェルリング将軍閣下が、ハヅチ団長とセラフィナ姫殿下にお会いしたいと」
ティシアが兵からの伝言を告げると、慧太は振り返り、疲労を隠せない団員たちを見回すと、アルトヴューの女性騎士に向き直った。
「オレが行こう。ただセラや仲間たちは休める場所が先だ」
どの道、セラはアルフォンソ――いまは黒馬と小型の荷馬車の姿だ――に横になったままだ。話ができる状態ではない。
かくて、ティシアは団員たちを案内し、慧太は声をかけてきた兵士に言って彼について行った。
天幕のあいだを兵士や住民らが行き来する中、慧太と兵士は進み、やがて周囲を騎士らが囲む野戦陣地本部へと到着する。
「ウェントゥス団団長、ハヅチ・ケイタ様をお連れしました!」
「ご苦労」
五十代半ば。灰色髪の人物――先ほど名前を聞いたヴェルリングという将軍だろう。フォルトナー王を送り届けた際、彼が話しているのを見ている。
天幕の中には、ヴェルリング将軍とフォルトナー王、そして近衛の騎士たちがいた。真っ先に口を開いたのは国王陛下だった。
「よく来てくれたハヅチ団長! ……貴殿らの働きで、王都は全滅を免れた!」
力強い声でフォルトナー王は言いながら、慧太に近づくと軽い抱擁を受ける。一国の王から、傭兵ごときがそのような歓迎を受けるのは異例だろう。他国の王族や有力貴族なら、挨拶代わりにあるかもしれないが。
「あ、どうも……」
どうにも慣れないので淡白な反応になってしまう。王は笑顔をやや曇らせた。
「それで、セラフィナ姫は、一緒ではないのか?」
そっちか――と思いながら、仕方ないとも思う。なにせ怪獣を倒した光、あれを呼び込んだのは、遠目からみればセラがやったように見えたはずだ。
つまり今回大殊勲を挙げたのはセラであり、取り巻きを倒した慧太たちの功は、おまけみたいなものだろう。
――あまり失礼にならないといいんだが……。
慧太は、セラの状態を説明する。椅子が用意され、机を挟んで慧太はフォルトナー王とヴェルリング将軍相手に、飲み物を交えながら、一連の事件について分かる限りで話をした。
地下のトラハダスの神殿。そこで行われた五百人の信者を使った召喚――
「トラハダス神……」
フォルトナー王は眉間にしわを寄せた。
「あの化け物、いやカイジューを別世界から呼び出すとは……なんと恐ろしい所業よ」
「駆けつけた時には、すでに儀式は始まっており……残念ながら召喚を止めることはできませんでした」
「貴殿らが間に合わなかったのだ。他の誰も間に合わなかっただろう。実際、よく少数で敵陣に乗り込んだものだ。その勇気と行動力はむしろ賞賛すべきだ」
「……ありがとうございます」
思うところがないわけではない。だがそんな慧太を、王は責めなかった。
「しかし、トラハダスの地下神殿がまだ残っておる」
王は、ヴェルリング将軍へと視線を向けた。
「はい。地下神殿への攻撃に集めた部隊をそのままカイジュー迎撃に投入しました。部隊の再編成を急がせておりますが、犠牲者の収容や王都警備などでおそらく手一杯の状態でありましょう」
「……」
フォルトナー王は不満げな表情を浮かべた。今回の災厄の根源がまだ残っているのに、手出しできないことに苛立っているのだろうか。
それだけ、怪獣のもたらした被害が大きかったのだ。王都警備隊も魔鎧機や鎧機などを含め、大打撃を被った。
「あー、それなんですが」
慧太は控えめに言った。
「オレたちで地下神殿の様子を偵察してきましょうか?」
「まことか! いや、しかしウェントゥス団にも被害はあったのだろう?」
「まあ、偵察ぐらいなら」
慧太は、なんとも落ち着かない。敵との戦いは平気だが、王族の機嫌を損ねるような態度をとらないか、そちらで神経を使っている自分に、少々嫌気が差している。
「実際、あの怪獣出現で、地下神殿もかなり被害を受けていると思われますし、トラハダスの連中もそれほど残っていないかもしれません」
次話、『夜間偵察』
怪獣なき後のトラハダスの地下神殿。荒れ果てた地下遺跡に待つものは――




