第二九二話、審判の光
まただ。
自分の力が足りなかったから、仲間を失った。
セラは悔いる。
何より、サターナはセラを庇った。あの熱線で本当に焼かれ溶けていたのは、彼女ではなく自分だったはずだ。
――また助けられた。またそのために誰かを死なせてしまった……!
こみ上げてきたのは怒り。
灼熱の如き感情。王都に破壊をもたらす大怪獣への憤怒。そして、何より非力な自分への憎悪、自己嫌悪。
――何が白銀の勇者の血だ! 私は何も、変わってない……!
強くなりたいと願った。でも、届かなくて。大切な友すら守れなくて。また失って。
無力。非力。落ちていく。
重い。身体が、とても、重い――
(……『力』を求めるか?)
聞こえてきたのは、いつか聞こえた女の声。
(我の力を使え――セラフィナ・アルゲナム。いまなら、我が白銀の真の力をも使えるだろう)
白銀のペンダントの声。それが語りかけてくる。
(強く願え。白銀の鎧の真なる姿――その名は)
スアールカ。
光が、弾けた。
地表へと落下するセラの身体が光に包まれた。
その光は神々しくもあり、王都にいて光を浴びた全ての者が目撃した。
光から現れたのは戦乙女ではなく、白銀の人型の大鎧――鋭角的で洗練された白銀の意匠と装甲。
一方で女性を思わす曲線を描く胴体に、細い腕と脚が伸びていて、腰部には左右に一本ずつの短い槍状の突起。
天使の翼を模した飾りが耳部に、二つの青眼を有した頭部。背部には四枚の硬質な機械の翼を有し、それは天界の騎士を思わす。
アルゲナムに伝わる白銀の鎧の真の姿。
魔鎧機『スアールカ』
善を意味する白銀の魔鎧機は、四枚の翼の先から青白い炎を噴いて落下速度を落とすと、王都に降り立った。
トリアシが二機、ビームを矢継ぎ早に放った。それは白銀の魔鎧機に吸い込まれ――
ふっと、スアールカが左腕を前に出した。すると青白い光の壁が発生し、飛来した光弾を弾いた。
光障壁。その光は迫る攻撃を防ぐ。
スアールカの左右腰部にある突起が前方九十度方向――つまり、真正面に向いた。その短い槍の先のような突起から黄色い光が灯ると、次の瞬間、光弾となってトリアシへと放たれた。
光弾はそれぞれ一発ずつ、トリアシの胴を穿ち、貫いた。
爆発四散。金属片を撒き散らすそれらを見届けると、白銀の魔鎧機は、背中の翼の噴射口から光の粒子とともに青白い噴射炎を吐き出し、空へと飛び上がった。
飛翔する白銀の魔鎧機、その姿を遠くからとはいえ目撃したアルトヴューの魔鎧機乗り、ティシアとアウロラは驚いた。
『魔鎧機が、空を……?』
『そんな話、聞いたことない!』
驚愕する魔鎧機操者たちの心境を他所に、魔鎧機スアールカは大怪獣へと向かう。
竜頭のひとつが、白銀の機体に気づく。吐き出される熱線。だがスアールカは渦を巻くように機動し、攻撃を回避する。
セラは魔鎧機スアールカの中にいた。
全身鎧に包まれた。何故自分がそうなっているのかわからなかった。サターナを目の前で失ったショックが、彼女の思考におぼろげな霞をかける。……どうでもいい。あの化け物を倒せるなら、それで――
腰部の光槍砲を向け、撃ち込む。光弾は、青い竜頭の顔面をえぐり、小さな爆発を起こした。装甲を傷つけたのだが、致命傷にはほど遠い。まだ火力が足りないらしい。
右手の銀魔剣――魔鎧機サイズに拡大したそれが青白い光の剣を形成する。被弾した竜頭の下顎を抜け、その首へ一撃。それまで弾かれていたものが、腕に手ごたえ。
切断から爆発。三つあるうちのひとつが苦悶の声を上げつつ、その目の輝きを失った。だがそれだけだ。この巨大な怪物を止められない。
――もっと……もっと強力な武器はないの……?
セラは呟く。
化け物、大怪獣。トラハダスが別世界から呼び出した機械の邪神。世界を焦土に変えようとする魔の存在を倒せる武器は。
『操者へ提言』
唐突に女の声がセラの耳朶を打った。すぐそばからする声だが相手の姿は見えないしわからない。先ほどの白銀のペンダントの声とはまた別のものだ。
『標的は現在、スアールカ保有の兵器では撃破は困難。OSLによる射撃を提言。――申請』
オーエスエルが何のかセラにはわからない。だが武器らしいことはわかる。
――申請。あのカイジューを倒せるなら。
『申請確認。交信中――』
女の声はまるで作られたような声で、感情は欠片も感じさせない。黙り込んでしまう間にも、大怪獣の無事な竜頭が口を開き、熱線を吐く構えを見せる。
ちっ――再び光槍砲を、今度はその開いた口に叩き込んでやる。竜頭は攻撃寸前を潰され、放射を取りやめた。
『OSL申請認可。標的を捕捉――カウントダウン』
無機的な女の声が再び聞こえた。
『システムに無数のエラーを確認。OSL使用は、一回のみ』
先ほどから聞き慣れない言葉ばかりが、セラを苛立たせる。だがどうやらこれから行う攻撃は最初で最後の一回となることはわかった。
秒読み。それは儀式か。オーエスエルとやらが発動するために必要な呪文のようでもあった。
『2……1……0』
それは遙か空の彼方から飛来した。
きらりと一瞬の輝きのあと、空に浮かぶ雲を吹き飛ばし、雷、いや膨大な光源とともに光の一閃が大地――大怪獣を直撃した。中央の竜頭を貫き、溶かし、光の筋は怪獣の胴体を抉り、真っ二つに裂いてなお、威力を失わず、その足元の地表をも達した。
それは神の光だったのか。
圧倒的で、力強い一筋の光が、巨大怪獣を引き裂き、その身体を王都へと倒した。
機械の邪神は死に、トラハダス破滅派の野望は潰えたのである。
・ ・ ・
怪獣が機能を停止した。上下に割られ、それぞれが王都の建物の残骸を押し潰す様は最後の悪あがきのようでもあった。
トリアシや恐竜モドキをあらかた潰した慧太の鎧機ティグレは、白銀の魔鎧機が怪獣を撃破したのをしかと見届けた。
――……あんな魔鎧機は初めてだが、セラ……だよな?
白い翼、ヴァルキリーを思わす意匠が垣間見れるその姿。その力は、他を寄せ付けない。それに――
――あの空からの光……。
大出力のレーザー。……アニメやゲームなどで見た衛星軌道からのレーザー攻撃、それを思わせる。いや、そんなまさか――
この世界には、機械を発達させた古代文明があったという。その遺物と考えるなら、もしかしたら……。
その時、宙に浮かぶ白銀の魔鎧機が揺らぎ、それが消えるとともに、白銀の鎧をまとったセラが現れ、そのまま重力に従って落下した。まるで人形のように。すべての力を失ったように――
「セラ!」
慧太はティグレを全力で駆けさせていた。すでに戦闘で酷使していた脚部が悲鳴を上げるが、慧太は無視していた。ここで彼女を失うわけには――
だが……間に合わない!
どうあっても。慧太は落下地点へと駆けつける。怪獣を倒したのに、直後に落下してつぶれて死などという最悪の展開に胸が押し潰されそうになった。
だが、セラは無事だった。眠ったように動かないセラを膝枕しているのはサターナだった。
そのまわりには仲間たち――ユウラがいて、リアナがいて、アルフォンソがいた。……どうやら皆、セラの落下をみて、慧太同様駆けつけたらしい。
皆が、慧太――鎧機に奇妙な視線を寄越す。確かに外から見たら誰かわからない。慧太はティグレの前部着脱部をはずし、その身を機体から出した。
「無事そうでよかった。お前も――」
「危うく死に掛けたわよ」
サターナが膝の上のセラの、その短めの銀髪を撫でながら言った。
「翼と片足吹っ飛ばされた時は、シェイプシフターでなければ終わってたわ」
「そうか……」
慧太は一瞬言葉が見つからず、視線をさまよわせた。
「ま、生きてたよかったよ。本当に――」
太陽が西に傾きつつある。空はオレンジ色に染まりだしている。そろそろ夕焼けが拝める時間帯。
邪神召喚騒動は、ひとまず終わりを告げた。
次話、『戦い終わって』
怪獣を撃退したウェントゥス傭兵団につかの間の休息――
※サターナについて:前話の最後のあたりをよく見てみると、サターナは翼と片足を失っただけで、本体が吹き飛んだわけではないのがわかる(セラの勘違い)。




