第二九一話、光に消えて
大怪獣が二本足で歩く。
前足だと思っていたものが実は腕だった、というのも半ば驚きである。
二足歩行になって何より厄介なのは――漆黒竜の背中から、魔法で攻撃を繰り返していたユウラは思う。
――セラさんとサターナさんにとって、警戒すべき攻撃が熱線と首の二種から、腕二本が加わったことで三種に増えたことか。
青髪の魔術師は、最大級の電撃弾を怪獣の二本の足をぶつける。ズィルバードラッケ、その親玉の強固な鱗を紙のように撃ち抜いた一撃も、この機械の怪物には有効打となり得なかった。
――完全に電撃に耐性があるようだ……。
アルフォンソの分身体である漆黒竜は低空を飛び、大怪獣を周回する。この位置だと、首と腕の攻撃はない。注意すべきは熱線のみとなるが、そちらはもっぱら空に放たれている。
「普通に考えたら、二本足になったことで、前より倒しやすくなっているはずなんですがねぇ……」
思わずぼやきが漏れた。
電撃が効かない以上、物理で殴るという手が考えられる。が、大怪獣の巨体からすれば、人間サイズの巨岩では石ころ程度。あのサイズの化け物が怯むような大岩をぶつけようとするなら、城くらいの大きさでもないと無理であろう。
だがそれは現実的ではない。物体が大きくなればなるほど、それを支えるための魔力の量が跳ね上がるし、制御するのにも手間だ。実際のところ、城サイズのものを浮遊させ、飛ばし、ぶつけられるか、という根本的な問題がある。……何の準備もなしに、それは無理な相談だ。
「やれやれ……どうしたものか。……おっと!」
怪獣の背部へ抜けようとしたところに、やつの尻尾がうねってきた。正面だったから、漆黒竜は上昇してかわした。……油断大敵。
・ ・ ・
空の苦戦。そして地上でも。
ティシア・フェルラントの白い魔鎧機ネメジアルマは、左手の十字盾で恐竜モドキの突進を弾くと、次いで右手の長剣――高温に熱せられたヒートブレードで、その首を刎ね飛ばした。
『ちくしょう! まだいるのかよ!』
アウロラ・カパンゾノが駆る魔鎧機グラスラファルの氷槍が恐竜モドキの開いた口を貫く。そのまま頭の上半分を吹き飛ばすが、恐竜モドキはまだ動く。
『しつけえよ!』
彼女の怒りの声が拡声器から漏れる。氷槍の向きを変え、今度は上から叩きつけ、ようやく仕留める。
『焦らないで、アウロラ。敵は確実に減ってきているわ!』
ティシアのネメジアルマのそばで戦う魔鎧機は、もはやアウロラ機のみとなっていた。鎧機部隊もやられたのか、その姿を見ない。
だが味方は、各所で頑張っている。圧倒的劣勢にも関わらず、歩兵たちもおそらく防戦を展開している。……そうでなかれば、ティシアらはとっくの昔に包囲されてやられているだろうから。
『やばッ……!』
アウロラの声。
『魔法撃ってくるやつだ……!』
グラスラファルは肩部の氷状の突起から氷弾を放とうとする。いつもならすぐに発射されるそれが、すぐにはでなかった。魔力の収束に手間取っているのだ。それはアウロラの消耗の激しさを物語っている。
トリアシが身体を向け、光弾砲を連射した。アウロラは舌打ちした。かわせない――
ティシアの白い魔鎧機が間に入った。十字盾に魔力を凝縮、魔法の盾は、敵の光弾を弾く。
『アウロラ、下がりなさい! ここまでよくやってくれました』
『そんな……! まだ戦えます!』
アウロラは声を荒らげた。
『いまアタシが下がったら、ティシア嬢さま、おひとりになってしまいます……!』
『でも、貴女はもう限界でしょう! 下がりなさい、動けなくなる前に!』
『だけど――がっ!?』
背後からの衝撃にグラスラファルが揺さぶられ、膝をつく。
後ろ――そちらにさらに二機のトリアシが立っていた。囲まれた――
だが後ろのトリアシ、そのさらに背後に、濃緑色の機体が見えた。鎧機――友軍!
鎧機ティグレが鉄斧を力任せに振り下ろした。背後からの強打を受けたトリアシが前のめりになって地面に激突する。
もう一機のトリアシが新たな敵に振り向く。だがそこにティグレの盾付きの左腕が激突した。頭部はないが、それはさながら頭を叩くような感じだ。胴体が下を向き、機体側面のビーム砲が石畳を撃ち抜いた。
再度、トリアシが胴体を上に向けた時、ティグレの鉄斧が炸裂した。一発、二発。鉄斧の刃がトリアシの胴体にめり込む。ショートのプラズマを出しながら、トリアシはその場に倒れこんだ。
まだ味方機が残っていた――それを喜ぶ間もなく、二機のトリアシを撃破したティグレは、ティシアらのほうへと走る。……最初見た時の鈍重さが嘘のように。まるで魔鎧機の走りだ。
『ちょいと失礼――!』
若い男の声と共にティグレが駆け抜けていく。
ティシアはその声に何故か覚えがあった。つい最近聞いたことがある声。だが名前と顔が出てこなかった。
まるで風だった。跳ねるように光弾をかわしながら、そのティグレは敵機に肉薄し、破壊していく。
いったい誰? あの操者は――ティシアとアウロラ、それぞれの魔鎧機が顔を見合わせたが答えはでなかった。
・ ・ ・
一方、大怪獣の竜頭のまわりでは、白銀のヴァルキリーと漆黒の死神が飛んでいた。
「セラ! あまり突っ込まないで! かわせなくなるわよ!」
サターナの警告。先ほどから、セラは果敢に怪獣の頭部分への攻撃を繰り返していた。
主に光の槍による牽制。それで竜頭の口や目などを撃つ。魔法は弾かれてほとんど効いていないが、鬱陶しいのか敵の注意は充分に引けていた。
「でも、こいつの目を上に向かせないと!」
下を向かせてはいけない。放たれた熱線が王都に着弾すれば、そこにいるだろう王都住民に犠牲が出るのだ。だが上を向かせている間は民に被害は出ない。
右の青い竜頭が飛び込んでくるセラに大口を開けた。こぼれる光――放たれた熱線は、しかしすでに回避機動をとっていたセラを捉えられない。
サターナが氷の柱を形成、それを左の竜頭にぶつける。氷は砕け、やはりダメージを与えられない。巨人族でさえ貫く巨大氷柱でも、この大怪獣の装甲は破れない。
――何か有効な攻撃手段を見つけないと……!
セラは銀魔剣に魔力を集める。
今日だけですでに何度、聖天を放ったか。十は超えているのでは、と思う。もちろん一日でそれほど連続して撃ったことはない。
寒さを軽減しているとはいえ、ずっと飛びっぱなしというのは過酷だ。疲労は隠せなかった。体力も気力も低下している。ほぼ休みなしで戦い続けているのだ。思考もどこか霞がかったように、気を抜けば今何をしているのか忘れてしまいそうだった。
「これで……いい加減に――!」
セラが、大怪獣の腹を狙って銀魔剣を振り上げる。背中は甲羅があり硬いのは百も承知。だが立ち上がった今、その腹部はどうだ?
「セラっ――!」
サターナの声。思いがけないほど近くから来たそれに、ビクリとして目が自然とそちらへ向く。
漆黒の甲冑――セラの白銀の鎧に似たそれをまとう女魔人がこちらに突っ込んできていた。その手を伸ばし、セラを力強く押した。
何かを訴えかけるような表情。突然の横合いからの押し出しに、セラの身体は流れた。
次の瞬間、サターナの後ろの空に熱線が横切った。
それでセラは察した。自分は敵の腹を注視するばかりに、竜頭への注意を怠ったのだ。危うく熱線の直撃コースにいたのを、サターナが身を挺して押し出してくれたのだ。
だが――サターナの漆黒の翼が熱線に触れたのか溶けた。さらにその左足も。
セラは彼女の名前を叫んだ。だがまるで音を奪われたように聞こえなかった。時間がゆっくりと流れているようだった。手を伸ばしても、サターナとの距離が少しずつ開いていくのを感じる。
届かない。
彼女の口もとが動いた。
声は聞こえない。だが、サターナは穏やかな表情で笑っていた。心配しないで、とその唇が動いたように見えた。
その刹那、セラとサターナの間にもう一本の熱線がよぎった。
セラは言葉を失った。青い熱線は、サターナの姿を視界から打ち消してしまった。熱線に飲み込まれた? そんな――
落ちていく。
白銀の戦乙女は天にその手を伸ばしたまま。届かなかった仲間――友の手を求めたまま、落ちる。
「……ああああああぁぁぁ!」
視界に闇に包まれた。
次話、『審判の光』
また守れなかった――少女の思いに、いにしえの鎧は答える。
アルゲナムの白銀の翼が、真の力を見せる――




