第二九〇話、鎧機ティグレ
慧太と、フォルトナー王を乗せた小型竜は地上を走り、アリシリーニュ城から東にある広場、アルトヴュー軍の野戦陣地に到着した。
兵らは風変わりな来訪者に驚くも、彼らの王の姿を見たために武器は構えなかった。本部天幕のもとに付く頃には、警備隊司令のヴェルリング将軍がやってきた。
「陛下、ご無事で!」
「よい、戦況はどうか?」
フォルトナー王は小型竜の背中から降りる。分身体は王が折りやすいようにその場に膝を折ってしゃがんだ。
「芳しくありません」
ヴェルリング将軍の表情は険しかった。
「偵察員の報告では、魔鎧中隊、鎧機部隊ともに、敵大魔獣の眷属と交戦しておりますが、すでに半数以上がやられております」
「なんと、魔鎧機でも駄目なのか……!」
王の表情が驚きに変わる。思いがけずショックだったようだ。ヴェルリングは続けた。
「一般の兵どもは、前線に近づくこともできないありさまです。すでに死傷者多数。あの大魔獣に近づくことすらできません」
将軍の視線は、大魔獣――慧太たちが怪獣と呼ぶそれに向いた。口から吐く熱線は王都ではなく宙を割く。セラとサターナ、そしてユウラが空中で戦っているのだ。
「……セラフィナ姫」
フォルトナー王は、空を舞う白銀のヴァルキリーの姿を追う。距離があって点のように小さいが、何とか見える。
――セラ……。
慧太もまた、奮闘する彼女を想い、胸を詰まらせた。いまだに有効な手が打てずにいる。あの化け物を倒す方法はないのか。わからない。わからない、くそっ……!
ここで見ているわけにもいかない。慧太は眦を決する。仲間たちはまだ戦っているのだ。考えるのは、移動しながらでもできる。
「将軍閣下!」
アルトヴュー兵の一人が駆け込んでくる。
「防衛線突破されました! 一部の敵眷属がこちらへ向かっております!」
「いかん! なんとしてでも防ぐのだ! ……陛下、ここは危のうございます! お下がりくださいませ!」
彼らの眷属というのが、いまいちわからないが、おそらくトリアシか恐竜モドキのどちらか、あるいは両方だろう。……確かに一般兵ではきつい相手だ。
慧太は陣地内に視線を走らせる。何か使える武器はないかと。
「ん……?」
ふと、目が留まる。
陣地の端に、濃緑色の機械の兵――魔鎧だろうか? それが膝を付き、前面が開くと中に乗っていた兵士が出てきた。
そこに技師だろうか。灰色のローブをまとった初老の男が駆け寄り兵士に怒鳴っていた。
「ばか者! 敵が来ているのに、何故、ティグレから降りる!?」
「冗談じゃないぞ、ドクトル!」
兵士は怒鳴り返した。
「こんなトロ臭い棺桶で戦えるか! やつらは魔法の弾を撃ってくるんだ! こいつじゃ蜂の巣だ!」
兵士はそう吐き捨てると走り去ってしまった。ドクトルと呼ばれた初老の男――白髪だらけの頭だが額はかなり後退していた――は、両手を振り回しわめいた。
「貴様! 敵前逃亡する気か! 戻って来い!」
「なあ、あんた――」
慧太は声をかけていた。ドクトルは、目の前にやってきた黒髪の少年傭兵を見やる。
「こいつは、魔鎧か?」
「魔鎧? いや、鎧機だ。我々アルトヴュー王国技術陣が作り上げた機械鎧。フェール式三型ティグレだ!」
やたら力を込めて言った。彼が相当、これに入れ込んでいるのがわかる。
「鎧機?」
「個人の魔力の才能に頼る魔鎧機と異なり、魔力の少ない一般人でも扱えるように作られた人工的な魔鎧機、と言ったところだ」
「一般人でも使える……オレでも乗れるか?」
「理論上は」
ドクトルは言った。だがすぐに怪訝な顔になった。この若者はいったい……。
慧太はティグレという鎧機から降りた兵とは逆に乗り込んでみる。……えーと、背中を向けて、手の部分にはレバーのようなものがあり、足を鎧機の脚部に――なんだかSFもののパワードスーツみたいだ。
「お、おい! 貴様はいったい誰だ? 勝手に鎧機に――」
背中をピタリと合わせ、手足もそれぞれの部位に位置を合わせると、開いていた前部がそれぞれ閉じていき、慧太の身体は鎧機の中に入った。
外の音を拾っているのか、耳もとでドクトルの声が聞こえた。目の位置がちょうどゴーグル上に透明板になっていて、外の視界が確保されている。……やや視野が狭いのは止むを得ないか。わめくドクトルの姿が見える。
身体全体がゴムのような物体に覆われている感触。さて、どう動かしたものか。とりあえず慧太は鎧機の腕の中に通した手でレバーを掴んでみる。……腕が動いた。
――足は……。
ちょっと歩く感じで右足を前に出す。
――うっは、くそ重てぇ!
慣れていないせいなのか、そういう仕様なのかわからないが、一応動く。腕を振ってみて、次に歩いてみれば、ぎこちなくだが鎧機ティグレは歩行した。
――なるほど。この重たさは、確かにトロ臭いわ……。
とはいえもう乗ってしまったから、行けるところまでこれで行こう。トリアシや恐竜モドキとやりあうなら、機械兵器で、と思ったが当てがはずれたかもしれない。
「まあ、なるようになれだな」
慧太は開き直ると、鎧機を歩かせ、いや走らせた。
一歩一歩が重い。だがこちとら人間とは違う。シェイプシフターだ。身体の動かし方や力の入り具合も変化させていけば。
グン、と少し挙動が軽くなったような。――おう、強引に力技で持っていってやらぁ!
また少し軽くなり、同時に走る速度が上がった。棺桶? いや、これはひょっとしたら使えるかもしれない。
何かの戦争映画で見た。軍の装備を一丁前に選ぶな、自分を装備に合わせろ、と。
慧太の操るティグレはさらに速度を上げ、王都を駆ける。
そんな小さくなる鎧機の後ろ姿を見やり、ドクトル・フェールは口をあんぐりと開けた。
「なんだ、あの小僧……! わしのティグレが魔鎧機のように走っておるぞ!」
理論上は、魔鎧機同様走れるはずだった。だがドクトル・フェールは、操者がティグレを走らせたところを、いまだかつて一度も見たことがなかった。
そんなこととは露知らず、慧太は倒壊した建物だらけの王都を疾走した。
すると正面から逃げるアルトヴュー兵の姿が見えた。その後ろからはトリアシが、ビーム弾を立て続けに撃ちながら、のしのしと前進する。ビームは地面をえぐり、あおりを食らった兵が宙を舞った。
このまま行けば、慧太は兵らとすれ違って、そのままトリアシの真正面だ。
――確か……。
記憶を辿る。ティグレというこの鎧機、腰部に柄の短い鉄斧を下げていた。
さらに左腕にバックラー型の盾がついていた。防御範囲についてはお察しだし、はたしてトリアシのビームを防ぐ強度があるかどうか不安だ。
頭部のバイザーごしに一瞥すれば、盾の裏に折りたたまれた剣のようなものが収まっていた。……メイン武器はこっちか?
盾を機体正面に出しつつ、慧太のティグレは走る。逃げる兵が慌てて道の左右に分かれ、追手であるトリアシが、向かってくる鎧機にビーム砲のある胴体を向けた。
――跳べ……!
地面を力強く踏むと、石畳が砕けた。充分にスピードの乗ったティグレの、重量あるボディが跳んだ。
トリアシの光弾がティグレが走っていただろう道に着弾する。空中でとび蹴り――は距離が離れているので届かない。
だがその姿勢のまま落下したティグレは道をスライディングの要領で滑る。
めきめきと石畳を剥がし、砕く。
そのままトリアシの足元横を抜け――る寸前、腰部の鉄斧を取り、すれ違いざまにその二脚の片方に叩き込んだ。
機械の腕は、常人離れした力を発揮し、トリアシの脚を砕いた。バランスを崩し、その場に倒れる二脚機械。腕がないために立ち上がることができない。
こいつはもういい――慧太は次へと向かった。
目指す、大怪獣のもとへ。
次話、『光に消えて』
彼女は勇敢で、優しかった。
友情すら感じていた。
だが彼女は、光に消えた――




