第二八九話、粛清
くそっ……。
思わず悪態が出て、はて、今のにデジャヴを感じる慧太。
背中からジンジンと痛みのようなものを感じる。正確には痛覚とは違うのだが、これは激しく何かにぶつかった時の症状だ。
ズシン、と遠方から地響きと共に巨大な足音が響く。トラハダスが召喚した異世界の機械怪獣。……そうだ、二本足で立ち上がったのだ。
慧太は記憶を辿る。怪獣の背中の甲羅から落ちて、その足元に落下するかと思えたその時、ちょうど真下をよぎった長大なる尻尾にぶつかったのだ。野球のバットがボールを打つように、慧太の身体はそのまま跳ね飛ばされたしまった。
――ホームランされたってか。悪い冗談だ……。
生身にだったら、間違いなく死んでいた。
ここはどこだ? まだ王都だとは思うが、慧太は視線を彷徨わせる。怪獣が見えるということは外かと思ったら、建物の中のようだった。壁の一角に穴が開いているのは、吹っ飛ばされた慧太が砲弾よろしく突っ込んだために開いたのか。
巨大なフロアだ。無事な壁は、やたらと豪奢な模様や飾り――慧太には覚えがある。
「アリシリーニュ城か……!」
やれやれ、随分と飛ばされてしまったようだ。
「おお、生きておるのか!?」
声がした。見ればアルトヴュー王国の騎士や兵が数名、慧太を見ていた。
「貴様は、空を飛んで来たのだぞ。あれだけ派手に壁にぶつかって生きているというのか?」
「飛ばされたんだ。……まあ、死んだかと思ったよ」
立ち上がりながら、慧太は首を振る。いちおう普通の人間のふりはしないと。
「っていうか、あんたらはここで何をしているんだ? こんな目立つ城にいたら、いつ熱線喰らうかわからんぞ」
何せ王都で一番目立つ建物だ。大怪獣が攻撃してきてもおかしくない。セラたちが応戦しているとはいえ、流れ熱線が飛んでくる可能性も捨てきれないのだ。
「そうしたいのは山々だが、下に降りられんのだ」
騎士が言った。彼が指差した先には階段があったが、見事に分断されていた。
下のフロアを覗き込めば、壁に直径十メートル以上の大穴が開いていて、なんとも風通しのよい状態になっていた。おそらく大怪獣の熱線の直撃で開いたのだろう。……当然、大穴の分の階段は蒸発して、存在していない。……ちょっと飛び降りるのを躊躇う高さだ。人間なら。
「うん、まあわかった。だがオレも戻らなきゃいけないんだ」
「戻るって……どこに?」
兵のひとりが問う。慧太は、ん、と大怪獣のほうを指差した。
「仲間が戦っているんだ。あれを何とかしないとな」
「何とかって……」
絶句するその兵士。騎士が口を開いた。
「貴様は、どうやって戦場に向かうつもりだ?」
「ここを降りる」
慧太は下のフロアを覗き込んだ。それで周囲の者たちは悟った。飛び降りるつもりだと。
「おいおい、待て待て……」
「正気か、貴様!?」
慌てる周囲に慧太は肩をすくめ、しかし時間を浪費するわけにもいかないので、さっさと飛び降りようとする。
だがその時だった。
「待たれよ!」
騎士――というには豪華な意匠のほどこされた甲冑をまとっている中年男が声をかけてきた。周囲を圧する声に、皆が口を閉じた。
「貴殿、ウェントゥス傭兵団の団長殿では?」
返事をするのも億劫だったので、頷きだけで答えた。すると騎士は「やはり」と口走った。
「貴殿は天守閣から飛び降りる技を持っているだろう? ひとつ頼めないだろうか?」
どうやらツヴィクルークが出現した際に、慧太が城から飛び降りるのを見ていたようだ。あの場にいたということは、王の近衛か身分の高い騎士ではないか。
「……急いでいるんだが?」
手短に頼む――慧太が眉をひそめれば、その騎士は言った。
「国王陛下を下の、友軍のもとまでお連れしていただけないだろうか? いや、ぜひ頼む!」
「国王……フォルトナー陛下がいらっしゃるのか!」
それはさすがに無視できない。
せっかくセラが、フォルトナー王との間に輸送隊の通行許可を取り付けたのだ。ここでその王を失うようなことになれば、それらが立ち消えになるかもしれない。……なんとも打算的思考が先に浮かんだ。まあ、頼まれてしまえば無視するわけにもいかない。
「わかった。だが陛下おひとりのみだ。こっちも都合があるからな」
慧太の答えに、騎士は頷くとフォルトナー王のもとへと駆けていった。……さて、どうやって王様抱えて降りようか。シェイプシフター能力を使うにしても、大っぴらにバラすわけにもいかない。
かといって、お姫様抱っこは御免被る。
「おお、ハヅチ団長」
フォルトナー陛下が、先の騎士と共にやってきた。……まあ、しょうがない。魔法ということでご容赦願おう。
慧太は片膝をつき、魔法陣を描く――フリをする。そこから一匹の小型竜を召喚……したように見えたと思う。現れた漆黒の竜は、全長二メートルほどで、ひと一人を背中に乗せるのが精一杯という大きさだ。……竜というより翼の生えたトカゲといったほうが合うかもしれない。
周囲がどよめいた。フォルトナー王も目を見開く。
「これは……」
「ま、ちょっとした魔法です」
説明する気はないし、それらしく振る舞って魔法といえば深く追求はされないだろう。 お急ぎを――慧太が急かせば、王は少しためらいつつ、小型竜の背中に乗った。
「では、行きますよ!」
慧太が下の階へと飛び降りれば、兵たちの驚きの声の中、フォルトナー王を乗せた小型竜も翼を広げて、滑空するように飛んだ。
・ ・ ・
素晴らしい。
トラハダス大幹部である、メンテリオは、王都に破壊をもたらす機械の大怪獣――否、トラハダス神に見惚れていた。
何と言う力強さ!
口から吐き出す熱線は建物を砕く。その逞しい足はすべてを踏み潰し、振り回した尻尾は地上の建造物をなぎ払う。
圧倒的な力! これを神の力といわず何と言うか!
メンテリオは笑いが止まらなかった。
アルトヴュー王国は、トラハダス神の前に滅ぶ。次の行き先はライガネンか、あるいは魔人はびこるリッケンシルトか。
行き先は、まさに神のみぞ知る。どこへ行こうとも、大陸上のすべての国がトラハダス神の前に灰となるだろう。
世界の終焉。
なんと甘美な響きか。
メンテリオ同様、教団幹部たちは、邪神の比類なき力によって粛清されていく愚かな人間たちの慌てふためく姿を見守った。どの顔にも、喜びの感情が浮かんでいる。
ああ、素晴らしきトラハダス神!
彼らは、自らが信仰する神がもたらす奇跡の虜となっていた。
だから……気づかなかった。
背後に忍び寄る影に。
すっと音もなく、白刃が大幹部の喉を撫でた。気づいた時には声を上げる間もなく、倒れる。
「――これが、あなたの望んだ景色ですか?」
それは少年の声だった。メンテリオは振り返る。
飛び込んできたのは、つい先ほどまで自分の背後にいた大幹部たちが、血の海に沈み絶命している様と、静かにたたずむ金髪碧眼の美少年特司祭の姿。
「キャハルか……」
メンテリオは表情こそ変えなかったが問うた。
「これは、君がやったのかね?」
「いえ」
十代前半の外見の少年特司祭は冷徹に、メンテリオを凝視した。
「僕は観察者ですから」
メンテリオの背後に音もなく浮かぶのは、銀色の髪の少女。
鮮血が舞い、床に飛び散った。
「……あなた方は、道を誤った」
キャハルは静かに呟く。
「天の神になりかわり、地上を粛清しようなどと……」
物言わぬ骸と化した大幹部を、氷のように冷たい碧眼が見下ろした。
「思い上がるなよ、人間……!」
次話、『鎧機ティグレ』
人型の機械鎧。それは力強さは、人の心を掴んで放さない。慧太はアルトヴュー軍の機械兵器に乗り込む――




